映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ライオン・キング

2019年08月13日 | 映画(ら行)

面白くないわけがない!

 

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今更ストーリーは説明無用のような気もしますが・・・。
でもそういえば私、「ライオン・キング」は劇団四季のミュージカルを見ただけで、
肝心のディズニー・アニメの方を見ていないのです。
これでは「ライオン・キング」ファンとは言い難いですけれど・・・。

アフリカのサバンナ。
動物たちの王、ライオンの王ムファサに男児シンバが誕生。
シンバは皆に祝福され、自身もいつか父のように立派な王になることを夢見ています。
ところが、王位を狙う叔父スカーの策略により、
父王の命は奪われ、シンバもサバンナを追われてしまいます。
そんなシンバがたどり着いたのは緑豊かなジャングル。
イボイノシシのプンバァ、ミーアキャットのティモンと出会い、
穏やかな暮らしを始めて時が過ぎます・・・。
そんな頃、スカーの支配するサバンナは
配下のハイエナ達のために荒れ果てており・・・。

冒頭、「サークル・オブ・ライフ」の曲とともに、サバンナの広大な風景が映し出されます。
象やキリン、ミーアキャットの群れ、サバンナの植物、鳥や虫たち。
豊かな自然の情景に心打たれ、知らず、涙が溢れてしまいました。
こんなところで泣く人は他にいないかもしれないのですけれど・・・。
(そういえば、ミュージカルの冒頭でも私は泣いてたなあ・・・。)



そんなサバンナを丘の岩の上から見渡す雄々しいライオン。
なんとも威厳がありますねえ、ムサファ。

そして子ライオンのシンバがもう、かっわいい~♡♡ 
スリスリしたい~♡♡
何しろ王とその息子。王位を狙う叔父。
王子の苦難。友情と友愛。
成長。勇気。大自然と時の流れ・・・。
物語の要素がてんこ盛り、これで面白くないはずがない。
明らかに人が演じるミュージカルであれ、アニメであれ、
そして本作のようなリアルな動物の形であれ、
とにかく面白いです。



私くらいの年齢だと「少年ケニア」とか「ジャングル大帝」の
TVアニメがアフリカの物語の原型。
「好き」が刷り込まれているのかもしれません。

<シネマフロンティアにて>
「ライオン・キング」(字幕版)
2019年/アメリカ/119分
監督:ジョン・ファブロー
出演(声):ドナルド・グローバー、ビヨンセ、セス・ローゲン、キウェテル・イジョフォー
アフリカ度★★★★★
満足度★★★★★


「身近な雑草の愉快な生き方」稲垣栄洋

2019年08月12日 | 本(解説)

植物たちの生き残り戦略

身近な雑草の愉快な生きかた(ちくま文庫)
稲垣 栄洋,三上 修
筑摩書房

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「名もなき草」の姿を愛情とユーモアに満ちた視線で観察した植物エッセイ。
本来か弱い生き物であるはずの雑草は、
さまざまな工夫により逆境をプラスに転換して、したたかに生きのびてきた。
彼らの個性的な暮らしぶりを知れば知るほど、
その人間くさい仕振りに驚愕し、共感する。
全50種の雑草に付けられた繊細なペン画イラストも魅力。

* * * * * * * * * *

野山の草花が好きな私、この本にも興味を持って開いてみました。
50種類の草花が取り上げられています。
これらは「雑草」と呼ばれ、実際は私のカメラの被写体にも
なかなかならないものばかりなのですが、
そんな普段気にもとめない草花一つ一つが、
それぞれに生き残るための綿密な戦略が組まれている、
ということで、なんとも驚いてしまう本なのでした。


例えば表紙絵にあるシロツメクサ。
シロツメクサは小さな花が下から順番に咲いていって、
全体としては一つの大きな花が咲き続けているように見える。
こうして花を目立たせて蜜蜂を呼び寄せるのだけれど、
蜜蜂が花の蜜を得るためにはちょっとした力と知恵が必要。
シロツメクサはハードルを高くすることによって、より優れたパートナーを得る。
この蜜を得る秘密を知った蜜蜂は気を良くして、
他の花ではなく、同じシロツメクサを飛び回るので、受粉に有利ということなのですね。
ちなみに、四つ葉のクローバーは、成長点が傷つけられて発生することが多いので、
道端や運動場などよく踏まれるところで見つかりやすいのだとか。
「本当の幸せとは踏まれて育つことをシロツメクサは語りかけている。」
なるほど~。

「オオブタクサ」は大量の花粉をあたりに撒き散らす、ということから、
アニメ「紅の豚」には「飛ばねえ豚はただの豚だ」という名セリフがあるが、
オオブタクサは完全に飛んでいる豚である、と。

「ツユクサ」のところでは、
ツユクサの花の青色と雄しべの黄色のコントラストは
あたかもサッカー日本代表チームの青いユニフォームと黄色い胸のエンブレムを連想させる
として、雄しべのサッカー選手顔負けの連携プレーの解説に入ります。

そして「ホテイアオイ」のところでは、
ホテイアオイは生活排水などの窒素やリンを吸収し、水質浄化の働きがあるというところから
「風の谷のナウシカ」の腐海の植物が大地の毒素を吸収するという連想へ。
ホテイアオイの花の中央部の模様は、ナウシカのまとう伝説の青い衣に描かれた模様に似ている
と、私はそこまで確認できてませんが・・・。

というようなわけで、本作の面白さはもちろん植物たちの生き残り戦略の面白さではありますが、
著者の語り口に負うところも大きいのであります。

「身近な雑草の愉快な生き方」稲垣栄洋 三上修 画 ちくま文庫
満足度★★★★☆


MEG ザ・モンスター

2019年08月10日 | 映画(あ行)

暑さを忘れて

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あまりの暑さに、小難しい映画を見る気力がなくて、本作をチョイス。
ただ過激映像に身を任せ、ゾッとしていればよい。
こういうときにはうってつけではあります。

沖合に海洋研究所を構える海底探索チーム。
最新の潜水艇で調査に向かいます。
そこへ巨大な「何か」が襲いかかり、潜水艇は運行不能に。
そこで、かつてその「何か」に遭遇した経験があると思われる
ジョナス・テイラー(ジェイソン・ステイサム)が、呼び出され、
深海の潜水艇救出へ向かいます。
そこでやはり襲ってきたのは、未知の深海で生き延びた太古の巨大ザメ「メガロドン」でした。

ひ~、こんな海に近寄りたくもないワ・・・。
なんて勇敢な人たち、そして、ジョナスでありましょう・・・!
潜水艇で真っ先に犠牲になった気の良さそうな方は、日本人でしたね・・・。
合掌。
一難去ってまた一難、全く油断ならない作品です。



そしてこういう作品ではお定まりなのですが、
お金持ちのスポンサーが、お金惜しさと保身のために
結局チームを危険に晒したりする。
・・・まさに社会の縮図。
たまにはこういう作品もいいものです。




MEG ザ・モンスター [AmazonDVDコレクション]
ジェイソン・ステイサム
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

<WOWOW視聴にて>
「MEG ザ・モンスター」
2018年/アメリカ/113分
監督:ジョン・タートルトーブ
出演:ジェイソン・ステイサム、リー・ビンビン、レイン・ウィルソン、ルビー・ローズ、ウィンストン・チャオ

スリル度★★★★☆
満足度★★★.5


Girl ガール

2019年08月09日 | 映画(か行)

何者にも侵されない「自分」

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2009年、ベルギーの新聞に掲載された
トランスジェンダーの少女の実話を映画化したものです。



男性の体に生まれてしまったトランスジェンダーのララ(ビクトール・ポルスター)15歳。
バレリーナになることが夢で、
難関とされるバレエ学校の入学を認められるところからストーリーは始まります。
定期的に男性としての二次性徴を抑制する投薬療法をしていますが、
更に女性化を目指してホルモン療法を始めるところです。
成長とともに変わっていく体に焦りを感じ、
そしてまた体も思うようには動きません。
足の指を血だらけにしながらも必死に練習を続けるララ。
そんなララに対して偏見なのか嫉妬なのか、嫌がらせをするクラスメイトもいて・・・。

ララ役のビクトール・ポルスターはトランスジェンダーではなくて
れっきとした男子なんですね。
女性として全く不自然ではないこの顔。
驚きです・・・。



ララがバレエダンサーを目指すのでなければ、
ここまでことは面倒でないのかもしれません。
スカートを身につければ完璧女性に見えるし、
通常の学校生活なら女子にも男子にもモテてしまいそう。
ところがです、バレエの練習衣装というのがイヤというほど体にピッタリで、
体の線がもろにわかってしまうのです。
ララは胸にパッドを入れ、股間はテーピングでびっしり押さえつけて止めてあります。
これではトイレに行くのも大変。
そのため水分を取らないようにしているようで、
練習後に洗面所で一人、水を貪るように飲む・・・。
なんとも過酷な日常。
そんなにしてまでなぜ・・・?



周りの女子たちは、ただそのままで「女」。
それをまるで誇るかのような彼女たちが、とても傲慢のように思えてしまいます。
そしてその彼女たちがララに対してみせる態度が極めて残酷。
何か異物を見るような・・・。
せめて誰か一人でも親しく話せる友人がいればよかったのですけれど。



ララの一番の理解者はララの父だと思うのです。
母親はいなくて父子家庭。
本作中ではララの体と思いのことについては父親が一番良くわかっている。
実はこの時以前には父にも相当の葛藤があったと思うのですよ。
息子のはずの子どもが、どうしても自分は女だと主張して、体も女になりたいといったときに、
それを受け入れるまでにどれだけのゴタゴタがあったことか・・・。
しかしそうしたことを乗り越えたところからこのドラマは始まっています。
だから父親は真摯に彼の体のことや学校のことなど心配し、
何でも相談するようにとララに言うのですが、
しかしただでさえ思春期のララ、そうかんたんに本音を親に話したりはできません。

ララが追い求めるのは男らしさとか女らしさというようなことではなくて、
あくまでも自分らしさなのでしょう。
美しく完璧なバレエダンサーであるために、美しい体がほしい・・・と、
そのように思いつめた結果のような気もします。
何者にも侵されない『自分』。
そういう姿こそが美しいですね。


<シアターキノにて>
「Girl ガール」
2018年/ベルギー/105分
監督:ルーカス・ドン
出演:ビクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアリテ、オリバー・ボタル、テイヒメン・フーファールツ、ケイトリン・ダーメン

バレエの美しさ★★★★☆
トランスジェンダーを考える度★★★★★
満足度★★★★☆

 


「さがしもの」角田光代

2019年08月08日 | 本(その他)

本は不思議なタイムマシン

さがしもの(新潮文庫)
角田 光代
新潮社

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「その本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ」、
病床のおばあちゃんに頼まれた一冊を求め奔走した少女の日を描く「さがしもの」。
初めて売った古本と思わぬ再会を果たす「旅する本」。
持ち主不明の詩集に挟まれた別れの言葉「手紙」など九つの本の物語。
無限に広がる書物の宇宙で偶然出会った
ことばの魔法はあなたの人生も動かし始める。

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角田光代さんの、「本」をテーマとした短編集。


「旅する本」では、18歳の<私>が、ある本を古本屋に売るのですが、
その数年後、一人旅のネパールでたまたま入った古本屋でその本を見つける。
空白のページに自分が書いたある頭文字と小さな花の絵。
間違いなく自分が売った、その本。
まさかこんなところでまた出会うなんて!! 
私はそれを購入して読むと、なぜか以前に読んだときと全く印象が違う・・・。
そしてまた幾年かの後に・・・。
魔法のように、奇跡的に出会い、その都度違った内容に思える本。
本は全く変わらないのに、自分が変わっていくのですよね。
本というのは不思議なタイムマシン・・・。

 

表題の「さがしもの」は、病床のおばあちゃんにある本を探してほしいと頼まれた少女が、
できる限り古書店を回ったり、書店に問い合わせたりしたもののついに見つからず、
おばあちゃんは亡くなってしまいます。
それからまた数年後、ついに彼女は復刻本として出たその本を見つける。
そこにはおばあちゃんが見たかった「過去」が・・・。
ここでもまた本が不思議なタイムマシンのような役割を果たします。


その活字の奥から流れ出す過去の時間・・・。
やっぱり本っていいですね!

「さがしもの」角田光代 新潮文庫
満足度★★★★.5

 


デビル

2019年08月07日 | 映画(た行)

運命の対決

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IRA特殊工作員のフランキー(ブラッド・ピット)は、
大規模なテロ計画を控えて、武器調達のためローリーと名を変えてニューヨークに潜伏します。
ローリーはアイリッシュ系の実直な警官・トム(ハリソン・フォード)の家へ下宿しますが、
トムと家族のあたたかさに触れ、信頼関係を築いていきます。
しかしやがて、トムがローリーの秘密に気づいてしまいます。

20年前のブラッド・ピット。
いいですよねえ・・・。
しかも本作はハリソン・フォードとの共演。
なんとも美味しい作品なのでした。



北アイルランドの紛争が背景に在り、
フランキーは子供の頃に父親を目の前で銃殺されているのです。
そのため長じてはIRAの腕利き工作員となり、
これまでにも何人もの人を殺害してきた。
そんな彼がアメリカの平和な家庭で平和な時間を過ごす。
静かな夜。
彼は自分には別の生き方もあったのかもしれない・・・と、
そんな感慨を持ったかもしれません。
そんな想像を呼び起こす情景描写もステキです。


一方トムは警官でありながら、これまで銃で人を死なせてしまったことはない。
紛争のための武器の密輸などというのは、彼が最も受けいれられないことなのです。


良き信頼関係で結ばれた二人が、けれども互いの立場を知り、意識したことで生まれる葛藤。
この配役でエンタテイメント作品かと思いきや、
なかなかじっくり見せる作品なのでした。

本作の監督アラン・J・パクラ氏は98年に事故死していまして、本作が遺作なのだそうです。
あ、この間見た「ペリカン文書」もこの方の監督作品。
あれま、ファンになるには遅すぎですかね・・・。

デビル [DVD]
ハリソン・フォード,ブラッド・ピット,ルーベン・ブレイデス,トリート・ウィリアムズ,マーガレット・コリン
Happinet(SB)(D)

<WOWOW視聴にて>
「デビル(1997)」
1997年/アメリカ/111分
監督:アラン・J・パクラ
出演:ブラッド・ピット、ハリソン・フォード、マーガレット・コリン、ルーベン・ブラデス、トリート・ウィリアムズ
心の交流度★★★★★
サスペンス度★★★★☆
満足度★★★★☆


僕はイエス様が嫌い

2019年08月06日 | 映画(は行)

少年時代に見た光

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祖母と一緒に暮らすために、東京から地方の町へ越してきた一家。
一人息子ユラはそこの小学校に転校します。

この学校はミッション系のようで、同級生たちと行う礼拝に、ユラは戸惑ってしまいます。
そんなある時、ユラの目の前にとても小さなイエス様が現れる。
そして友だちが欲しいこと、お金がほしいことなどユラの願いがかなったので、
ユラはちょっぴりイエス様を信じ始めます。
お金と言ってもおじいさんが隠していたヘソクリ1000円。
イエス様のサイズに準じてとてもささやかなのですが・・・。

新しい学校にも慣れ、親友もできて毎日が充実していたユラですが、
そんなときに予期せぬ出来事が起こる・・・。

子どもの世界の話だから・・・などと思っていると、足元を救われます。
別れの時は残酷にも不意にやってくる。

表面的には、神様なんか嫌いだ、神様なんかいるわけがない、
という少年の心の叫びの作品のように見えるのですが、
もう少し普遍的な意味もあるような気がしてきました。
小さなイエス様がユラに実際見えていたのか否かはあまり問題ではありません。
それは、彼が少年時代に垣間見た、
ほんの束の間の「光」とか「幸福」の姿だったのかもしれません。

けれども、いつかそんな「時」に少年は別れを告げなければならい。
苦い思いを経て彼は大人になる・・・。

ユラが友だちになった和馬くんは、ジャニーズにいそうなイケメン少年で、
サッカーがうまくて誰からも人気があるのです。
親しくなりながらも、和馬に嫉妬するユラ・・・。
そんな僅かな仄暗い気持ちが神を遠ざけ、魔を呼ぶのか・・・?
たとえ物事の事象に意味などないのだとしても、
人はそこに何らかの因果関係を見出そうとしてしまうものなのかもしれません。

本作の監督・脚本を務めたのはなんと22歳という若手、奥山大史さん。
この先頼もしいですね!


<シアターキノにて>
「僕はイエス様が嫌い」
2019年/日本/78分
監督・脚本:奥山大史
出演:佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、佐伯日菜子
斬新度★★★★☆
満足度★★★★☆


「砂漠で溺れるわけにはいかない」ドン・ウィンズロウ

2019年08月04日 | 本(ミステリ)

父性を求めるニールの旅

砂漠で溺れるわけにはいかない (創元推理文庫)
Don Winslow,東江 一紀
東京創元社

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無性に子どもを欲しがるカレンに戸惑う、結婚間近のニールに、またも仕事が!
ラスヴェガスから帰ろうとしない八十六歳の爺さんを連れ戻せという。
しかし、このご老体、なかなか手強く、まんまとニールの手をすり抜けてしまう。
そして事態は奇妙な展開を見せた。
爺さんが乗って逃げた車が空になって発見されたのだ。
砂漠でニールを待ち受けていたものは何か?
シリーズ最終巻。

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ドン・ウィンズロウ、探偵ニールのシリーズ5作目、最終巻です。
間を置きながらもついにここまでたどり着きましたが、
本巻はちょっと拍子抜けするくらいのページ数の少なさで、
あっという間に読んでしまいました。


ニールはまもなくカレンとの結婚を控えています。
そんなときにまた、やって来た仕事。
一人の老人をラスヴェガスから自宅へ送り届けてほしいと、なんとも簡単そうな仕事。
しかし、今までいつもこんな調子で始まる仕事が簡単だった試しがない。
老人は、昔かなりの売れっ子のコメディアンで、実際人の良さそうな気のいい老人。
だがしかし、なぜか家には帰りたくないようで、
ニールのもとをなんとか逃げ出そうと、姿をくらますこと数度。
簡単なことのはずなのに随分手こずってしまいます。
そもそも、老人が家に帰りたがらない理由とは・・・!
そちらの方にもある事件が絡んでいるわけなのですが、
そのことを明かすために、ある保険会社の職員と弁護士の書簡のやり取りが乗っていて、
その中でラブロマンスが進展していくなど、実にユニークな展開となっています。
これまでのシリーズ中では最もコミカルで、サスペンス味には欠けるのですが、
すごく楽しめました。


そして本作の肝となっているのは、巻末の解説で西上心太氏が述べていますが、
「父性を求め続けたニールの旅」なんですね。
本巻ではカレンがすぐにでも子どもを欲しがっているのに、
ニールが難色を示すのです。
というのも、彼自身は父親を知らない。
どこの誰が父親なのかも、父親とはどんな存在なのかも。
だから自分自身が父親となることに自信が持てないのです。
そんな彼が、本話では非力ながらも婚約者を含めた幾人かを守り、救わなければならなくなる。
まさにニールが体を張って父性を取り戻す話なわけですね。
納得の最終巻です。


さてそれにしてもこのシリーズ、原書は一作目の「ストリート・キッズ」が出たのが1993年、
その後1年おきくらいに続刊が出ていって、
トントンと5作目までが刊行されたそうなのですが、
日本で東江一紀さんの翻訳版は、なんと1巻から5巻目までに13年を要しているという!! 
そのことの言い訳についても巻末にご本人が「あとがき」として述べていまして、
まあとにかく、多くの仕事を抱えつ必死だった東江氏の状況も
よく分かるので、大変ご苦労さまなことでした。
もっとも今頃になって全巻を読んでいる私にとっては何の問題もありませんしね。


図書館蔵書にて
「砂漠で溺れるわけにはいかない」ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 創元推理文庫
満足度★★★★★


バリー・シール アメリカをはめた男

2019年08月03日 | 映画(は行)

CIAやホワイトハウスをはめたのか、利用されたのか・・・?

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民間の航空機パイロットがCIA偵察機のパイロットとして転身、
更には麻薬の運び屋も兼ねるようになったという、
実在の人物、バリー・シールの物語です。

1978年、バリー・シール(トム・クルーズ)は
偵察機のパイロットとしてCIA極秘作戦に参加するようになります。
主に中南米の国々を回るのです。
そんなことで、麻薬王パブロ・エスコバルらと接触。
運び屋としても天才的な才能を見せるように・・・。
CIAやホワイトハウスの司令に従いつつ、同時に麻薬密輸ビジネス。
それは数十億の荒稼ぎとなり、家の中で現金を隠す場所にも困るようになる。
彼の住むアーカンソーの小さな田舎町ミーナは、
そのおこぼれで異常な経済発展を遂げる・・・。

社会派でありつつも、笑ってしまうしかないコメディです。
バリー自身も相当抜け目がない奴ではありますが、
政府側、CIAやらホワイトハウスの陰謀もかなりあくどい。
クーデターや内乱に揺れる諸国を少しでもアメリカ有利に傾けるよう武器を送り込んだり、
兵士を連れてきて訓練したりまでする。
表題で「アメリカをはめた男」とあるのですが、
何のことはない、体よく利用されただけ、という気もします。

使いみちに困る程のお金を得ても、そう幸せそうではない。
(実のところ闇の仕事で得た現金なので、おおっぴらには使えないのです。)
妻の弟(未成年)に倉庫の清掃の仕事を与えたのですが、
彼は家のお金を盗んで高級車を買ってしまう。
しまいきれずにはみ出ている現金を、盗むなという方が無理がある・・・。
バリーや妻は未成年に大金を持たせるようなことは良くないと、
ごく普通の良識を持ってもいて、なんとも皮肉なエピソードなのでした。

絶対に金持ちになりたいとか、アメリカ政府の方針に心酔しているとかではなくて、
ただひたすら運命のなすがまま、
その時々で「できる」ことをして、流されているだけのようにも見えるバリー。

でも本当に大事なのは家族、という根っこだけは持っている。
そして、パイロットとしての腕は一流。
こんなユニークな人物、まさにトム・クルーズにうってつけ。
非常に面白く拝見しました!

バリー・シール アメリカをはめた男[AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
トム・クルーズ,ドーナル・グリーソン,サラ・ライト・オルセン,E・ロジャー・ミッチェル,ジェシー・プレモンス
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

<WOWOW視聴にて>
「バリー・シール アメリカをはめた男」
2017年/アメリカ/115分
監督:ダグ・リーマン
出演:トム・クルーズ、ドーナル・グリーソン、サラ・ライト、E・ロジャー・ミッチェル、ジェシー・プレモンス
荒稼ぎ度★★★★☆
満足度★★★★☆

 


アルキメデスの大戦

2019年08月02日 | 映画(あ行)

天才数学者と戦艦

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昭和8年。
日本帝国海軍上層部で、巨大戦艦の建造計画が持ち上がります。
しかし、海軍少将・山本五十六(舘ひろし)は、今は空母こそが必要、と異議を唱えます。
それでも大勢は戦艦建造に傾きかけている。
山本は、戦艦建造費の算出に疑問をいだき、
天才数学者・櫂直(菅田将暉)を海軍へ招き入れます。
ろくな資料もない中、改めて巨大戦艦の見積もりを始める櫂でしたが、
いかにも猶予期間が短く・・・。

冒頭から、戦艦大和の撃沈というスペクタクルシーン。
そのリアルな大迫力に圧倒されてしまいました。
これが今の日本のVFXの威力。
すごいです・・・。
しかし、冒頭にこんな一番すごいシーンを持ってきてしまって、あとが心配・・・
などと下世話なことまで考えてしまったのですが、
しかしそれこそ、杞憂というものでした。



櫂の変人ぶりと作業のタイムリミットのおかげで、興味も湧くしスリルもある。
ストーリー展開にもグイグイと惹きつけられました。
見積もり方法が積算ではなくて別のやり方があるのではないか・・・というところが、
いよいよ数学の天才の腕の見せ所。
その詳細などもちろん私にわかるわけもありませんが、
物理学の天才・湯川が突如書き始める数式にも似た、快感がありました!!
この役、菅田将暉さんにぴったりでしたね



さてしかし、櫂は「数学で戦争を止める」などと言ってはいたのですが、
彼が「軍艦は美しいなあ・・・」といい、
自分で艦船の設計図を書き始めたあたりから、少し危ういものを感じさせます。
結局、そういうことがラストに結びついて行くわけなのですよね。
戦艦大和が建造されるのは歴史上の事実なので、仕方ありません・・・。



冒頭のシーンがあるからこそ、これからの戦争は戦艦よりも空母だという
山本五十六の言葉に説得力が出ます。
にもかかわらず、結局作っちゃうんですね。
日本中のお寺の鐘やら家庭の鍋釜まで供出して造り、
その後、撃沈して3000名が犠牲になる鉄の塊を・・・。

冒頭のスペクタクルシーンの中に、
撃墜され、パラシュートで脱出した米航空兵が海上に着水、
そこへすぐに米軍の水上艇が飛んできて、遭難者を回収する
というシーンがあるのです。
日本兵がそれを驚いたように艦上から見ている。
日本軍ならたった一人のためにそんなことはしない・・・と、彼らは知っているから。
こんな細かな技まで隠されている冒頭シーン。
そこだけでももう一度見たいです。

<シネマフロンティアにて>
「アルキメデスの大戦」
2019年/日本/130分
監督・脚本:山崎貴
原作:三田紀房
出演:菅田将暉、柄本佑、浜辺美波、舘ひろし、笑福亭鶴瓶

スペクタクル度★★★★★
満足度★★★★☆

 


「いまさら翼といわれても」米澤穂信

2019年08月01日 | 本(ミステリ)

ホータローの過去の出来事

いまさら翼といわれても (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA

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「ちーちゃんの行きそうなところ、知らない?」
夏休み初日、折木奉太郎にかかってきた"古典部"部員・伊原摩耶花からの電話。
合唱祭の本番を前に、ソロパートを任されている千反田えるが姿を消したと言う。
千反田はいま、どんな思いでどこにいるのか―
会場に駆けつけた奉太郎は推理を開始する。
千反田の知られざる苦悩が垣間見える表題作ほか、
謎解きを通し"古典部"メンバーの新たな一面に出会う全6編。
シリーズ第6弾!

* * * * * * * * * *

米澤穂信さんの「古典部」シリーズ。
短編集ですが、それぞれが古典部のメンバーそれぞれの視点で描かれていて、
とても興味深い。

「鏡には映らない」では、
伊原摩耶花がホータローの中学時代のある事件を語ります。
それは、事件というほどのことではないかもしれないのですが、
学校の中でホータローが孤立していくことになってしまったある出来事。
「省エネ男」ではあるけれど、無責任なことはしないはずのホータロー、
摩耶花はその出来事にはなにか違う裏がある、と思うのです。
本人に聞くのが一番ですが、まともに答えるとは思えない。
そこで彼女は独自にその時の出来事を調べ始めます。
真相はいかにもホータローらしい。
それで周りの皆の不評を買ったとしても、自分がすべきと思うことにはためらわないホータロー。
ナイスな真相なのでした。

「長い休日」は、千反田えるがズバリ、ホータローに、
いつもの口癖「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」を
どうして言うようになったのかを聞きます。
今度は話がホータローの小学校のときにまで遡る。
それまでの彼は、人に何か頼まれたら決してイヤとはいわず、聞き入れる子だったのですよ。
それも人によく思われたくて、ということではなくて、単に素直だったんですね。
しかしその生き方にさすがに自分でも疑問を抱かざるを得ない出来事があった・・・。
いわばトラウマのようなことがあって、それで彼は主義を変えたわけなのですね。
でも実のところ省エネ男を自称しながらも、
そもそもこのストーリーが次々とホータローが身の回りに起こる面倒事に首を突っ込んで
解決していくというものなので、
結局人のために動いてばかりいる、そんなホータローが大好きです!

そして巻末が表題作「いまさら翼といわれても」
合唱祭の本番前、ソロパートを受け持っている千反田が、突如姿を消してしまうのです。
一体彼女に何があったのか・・・。
ホータローは推理します。
しかし本作、肝心の結論なしに終わってしまう。
ひや~、それはない。
でも、それがまたすごい効果ですよね。
続きを首を長くして待つことにします。


「いまさら翼といわれても」米澤穂信 角川文庫
満足度★★★★★