ステージおきたま

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『オシムの言葉』今さらかよ?

2024-12-20 14:53:58 | 本と雑誌
だいたい、オシムって誰や?
知らない人だって少なくないよな。
俄かサッカーファンの俺だって、オシムが監督時代の日本代表を知らないからな。まして、それ以前に弱小チームのジェフ千葉を指導し、奇跡的な快進撃を成し遂げたってことなんて、へぇ、ほだったんか!って具合。
いや、聞くだけは聞いてたさ、当時の名選手たちからは、すごい監督だった、って畏敬の念込めて。

にしても、この本は2005年に出たんだよ。もう20年も前!古っ!でも、この本自体、伝説の名著だった、らしい、サッカー界以外でも。
俺が知ったのだって、、動画配信番組「エアーリボルーション」でだったものな。白井崇と島田雅彦の対談番組、固っ!ドイツ博識の藤原辰史がゲストの回だったと思う。

なんだって、オシムが出て来たんだ?たしかウクライナとか東欧の問題、話題に上げてたときじゃないかな、よく覚えていないが。

その時引っかかたのがこの本『オシムの言葉』三人とも、本についても著者についても敬意を持って語ってたのさ。こりゃ読まなくっちゃ、で、即座にポチ。他にも『分解の哲学』とか『中学生から知りたいウクライナのこと』どちらも藤原辰史著、なども衝動買い。机の積読コーナーで出番を待っている。が、
まずは、『オシムの言葉』副題は、「フィールドの向こうに人生が見える」だ。著:木村元彦



見てくれよ本の写真!スポーツのインタビュー本でこんなに付箋付けるか?!
久しぶりの一気読みだった。

彼の監督としての才腕、あるいは指導理念、それが常に結実した見事な成果等にも大いに惹きつけられた。特に、弱小貧窮チームのジェフ千葉の選手たちを奮い立たせた魔力とか、圧倒されるものがあった。いやいや、世界中の選手たちがこの男に育てられ、一流の道を歩んでいる。

彼のサッカー理論、走れ!走れない者は使わない、とか、攻守の切り替えの早さ、とか、チームへの献身性とか、リスクを冒さなくて成果は得られない、とか、これらって、全部、今の日本代表に受け継がれいるじゃないか!
うーん、たしかに、日本サッカーはオシムによって大変身したってのは本当だったんだ。

が、この本の、ってことはつまりオシムって人間の物語は、有能なサッカー監督の成功物語だけに止まらない。
政治の動乱に、痛めつけられ、悩み、翻弄され、民族の分断をサッカーを通して誠実に生き切ったことなんだ。
そう、ユーゴスラビア紛争。「5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を内包するモザイク国家・・」が血みどろになって戦い憎悪がしばしば虐殺をも生み出した最悪の政治混乱の一つ。その真っただ中で、統一ユーゴスラビアの最後のナショナルチームを率いた男なのだ。

92年欧州選手権に向けてのユーゴの快進撃は、内戦の激化とせめぎ合うように進んで行った。90年9月、対北アイルランド2-0、10月、対オーストリア4-1、11月、対デンマーク2-0、と勝ち進む中、
12月にはセルビアで独裁者ミロシェビッチが大統領に選出され、スロベニアは離独立を宣言、翌年1月、マケドニアも独立を宣言、3月、クロアチアとセルビアの地方警察同士が銃撃戦、5月、対デンマーク1-2、6月、クロアチアが独立、9月クロアチア内戦激化、・・・と、10年以上におよぶ壮絶な憎しみの激突が繰り広げられた。

激しい内戦のさ中でも、サッカーの試合は続く。これも驚く。

対デンマーク戦では、「代表に呼ばないでください」という選手たちも現れる。もはや、セルビア中心のユーゴ代表への参加は名誉ではなく、自国を裏切ることととらえられるような選手たちも現れていた。

すでに90年のW杯の準々決勝では、前回チャンピオン、スペイン相手に退場者を出しつつもPK戦に持ち込みながら、選手9人のうち7人がPKを蹴りたくないとスパイクを脱ぎ、敗退していた。民族間の対立が激しさを増し、選手たちへの罵り合いがプレッシャーとなって、尻込みさせるほどになっていたのだ。

そして、92年オランダとの対戦中ハーフタイムに、故郷ボスニアが戦火に包まれたと知らされる。試合後半は彼はロッカールームからベンチに戻らず抗議の意思を表した。

それでも、国内リーグの監督として、地元チームを率いて強敵を撃破し、カップ戦の優勝を勝ちとったが、もはや戦乱は多くの地域に拡大し、すでに監督辞任、国外避難を決心していたオシムは、市長への報告にも向かうことなく、チームを離れ、以降、オーストリアなど他国のリーグで足跡を残し続けた。それもいずれも無名の弱小チームを率いつつ。

内戦の争乱の中でサッカーボールを武器として戦い続けた男・オシム。母国が幾つもの国に分裂し、ともに戦った選手やスタッフとも引き裂かれつつも、常に公平・平等、リベラルな姿勢を維持し続け、誠実な態度で身を処し続けた男、ほぼ無名の選手たちを引き出し、徹底した指導と巧みな話術で育て上げた世界一とも言うべき監督人生、その半生が感動的でないわけないだろ。

どれほどに世界が邪悪に満ちていたとしても、信念を守り、人々を大切にし、サッカーを愛し続けた男。世界中から畏敬とともに愛され、人々の心に深く刻まれ続けた男。
その見事な生き方に、これまた素晴らしい本を通して浸り切った一時だった。

オシムの姿ばかりでなく、この本では、日本で寄り添った通訳のインタビュー、彼もオシムの言葉で成長しプロチームの監督を目指している、や、
内戦後初の対立国家チーム同士の緊張感あふれる試合の観戦記も、憎み合った者たちが歩み寄る半歩の記録として貴重だ。
その前段、墓地に代ったサッカー場の描写や、セルビア人地区でのいさこざ。イスラムのタクシー運転手を激しく罵る酒場の男たちとの著者の真剣な対決など、本の作者そのものが、確固たる信念と鋭い感性を持って、人々に対面していることも大きな魅力となっている。

いつまでも、この社会から争いや集団殺戮が絶えぬ限り、サッカーというスポーツが埋もれてしまわぬ限り、つまり、いつまでも、この本は多くの人に生きる勇気と正しい方向性を与え続けてくれるだろう。

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