Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

5月18日殉教者、聖ヴェナンツィオ 三級祝日 赤

2019年05月18日 | カトリックとは

殉教者、聖ヴェナンツィオ 三級祝日 赤
アンコナ付近のカメリーノ(イタリア)の少年であった聖ヴェナンツイオは、十五才のとき、信仰を守って殉教した。(二百五十年頃)
ミサ聖祭

SANCTI VENANTII 聖ヴェナンツィオ
Martyris 殉教者
III classis  三級祝日
Ant. ad Introitum. Ps. 63, 3. 入祭文  詩篇、63ノ3
Protexísti me, Deus, a convéntu malignántium, allelúia : a multitúdine operántium iniquitátem, allelúia, allelúia. 天主よ、御身は私を悪人らの集いから守り給うた、アレルヤ、邪悪を行う人々の群れから、アレルヤ、アレルヤ。
Ps. Ibid., 2. 詩篇、63ノ2
Exáudi, Deus, oratiónem meam, cum déprecor : a timóre inimíci éripe ánimam meam. 天主よ、私が祈るとき、私の祈りを聞き入れ給え、私の霊魂を敵の恐怖から救い出し給え。
V/.Glória Patri. V/. 願わくは、聖父と……。(栄誦)
Protexísti me, Deus, a convéntu malignántium, allelúia : a multitúdine operántium iniquitátem, allelúia, allelúia. 天主よ、御身は私を悪人らの集いから守り給うた、アレルヤ、邪悪を行う人々の群れから、アレルヤ、アレルヤ。
Oratio. 集祷文
Deus, qui hunc diem beáti Venántii Martyris tui triúmpho consecrásti : exáudi preces pópuli tui et præsta : ut, qui eius mérita venerámur, fídei constántiam imitémur. Per Dóminum. 天主よ、御身はこの日を、御身の殉教者聖ヴェナンツィオの凱旋によって聖となし給うた。御身の民の祈りをききいれ給え、彼の功徳を崇敬するわれらが、信仰の固さを真似る恵みを与え給え。天主として(…)。
Léctio libri Sapiéntiæ. 智書の朗読
Sap. 5, 1-5. 智書 5ノ1-5
Stabunt iusti in magna constántia advérsus eos, qui se angustiavérunt et qui abstulérunt labóres eórum. Vidéntes turbabúntur timore horríbili, et mirabúntur in subitatióne insperátæ salútis, dicéntes intra se, poeniténtiam agéntes, et præ angústia spíritus geméntes : Hi sunt, quos habúimus aliquándo in derísum et in similitúdinem impropérii. Nos insensáti vitam illórum æstimabámus insániam, et finem illórum sine honóre : ecce, quómodo computáti sunt inter fílios Dei, et inter Sanctos sors illórum est. 義人らは、自分たちを迫害し、あるいは自分たちの労苦を侮っていた人々に対して毅然として立ち、大いなる安全さの中にある。これを見て悪人らは、非常におそれ、思いがけなかったこの突然の救いを見て驚嘆するであろう。 かれらは、呵責を受け、心は思い乱れ、嘆きつつこういうであろう。「われわれがかつて、あざけり、あなどったあの人々を見よ。われわれは、実におろかであった。われわれは、かれらの生活を狂気かのように、かれらの死を恥辱かのように考えていた。それなのに、かれらは天主の子らとして教えられ、聖人らとともに遺産をうけるのだ」と。
Allelúia, allelúia. V/. Ps. 88, 6. Confitebúntur cæli mirabília tua, Dómine : étenim veritátem tuam in ecclésia sanctórum. アレルヤ、アレルヤV/. (詩篇、88ノ6) 主よ、天は主の不思議を語るだろう、実に、聖人らのつどいにおいて、御身の真理を。
Allelúia. V/. Ps. 20, 4. Posuísti, Dómine, super caput eius corónam de lápide pretióso. Allelúia. アレルヤ V/.(詩篇 20ノ4) 主よ、御身は、彼の頭の上に、貴重な宝石の冠を置き給うた、アレルヤ。
   
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Ioánnem. ヨハネによる聖福音の続誦
Ioann. 15, 1-7. ヨハネ 15ノ1-7
In illo témpore : Dixit Iesus discípulis suis : Ego sum vitis vera : et Pater meus agrícola est. Omnem pálmitem in me non feréntem fructum, tollet eum : et omnem, qui fert fructum, purgábit eum, ut fructum plus áfferat. Iam vos mundi estis propter sermónem, quem locútus sum vobis. Mane te in me : et ego in vobis. Sicut palmes non potest ferre fructum a semetípso, nisi mánserit in vite : sic nec vos, nisi in me manséritis. Ego sum vitis, vos pálmites : qui manet in me, et ego in eo, hic fert fructum multum : quia sine me nihil potéstis fácere. Si quis in me non mánserit, mittétur foras sicut palmes, et aréscet, et cólligent eum, et in ignem mittent, et ardet. Si manséritis in me, et verba mea in vobis mánserint : quodcúmque voluéritis, petétis, et fiet vobis. そのとき、イエズスは、弟子らにおおせられた。「私は本当のぶどうの木で、私の父は栽培者である。父は、私にあって実を結ばない枝をすべて切りとり、実を結ぶのをすべて、もっと豊かに結ばせるために刈りこんでくださる。あなたたちは、私の語った言葉を聞いたことによって、もう刈りこまれたものである。私にとどまれ、私があなたたちにとどまっているように。木にとどまっていない枝は自分で実を結べないが、あなたたちも、私にとどまっていないならそれと同じである。私はぶどうの木で、あなたたちは枝である。私にとどまっていて、私もまた彼のうちにいるなら、その人は多くの実を結ぶ。なぜなら、私がいないと、あなたたちにはなに一つできないからである。私にとどまらない人は、枝のように外に投げすてられて、枯れはててしまい、人々にひろい集められて、火に投げいれられ、焼かれてしまう。あなたたちが私にとどまり、私のことばがあなたたちにとどまっているなら、あなたたちは、のぞみのままにすべてを願え。そうすればかなえられるだろう。」
   
Ant. ad Offertorium. Ps. 88, 6. 奉献文 詩篇 88ノ6
Confitebúntur cæli mirabília tua, Dómine : et veritátem tuam in ecclésia sanctórum, allelúia, allelúia. 主よ、天は主の不思議を語るだろう、実に、聖人らのつどいにおいて、御身の真理を、アレルヤ、アレルヤ。
Secreta 密誦
Hanc oblatiónem, omnípotens Deus, beáti Venántii mérita tibi reddant accéptam : ut, ipsíus subsidiis adiuti, glóriæ eius consortes efficiámur. Per Dóminum. 全能の天主よ、この供物を、聖ヴェナンツィオの功徳によって、よみし給わんことを。かれの助けに助けられ、われらをも、彼の光栄を共にする者らとなさしめ給え。天主として(…)。
Præfatio paschalis. 序誦  御復活の序誦
VERE dignum et justum est, æquum et salutáre, te quidem,  Dómine, omni témpore, sed in hoc potíssimum gloriósius prædicáre, cum Pascha nostrum immolátus est Christus. Ipse enim verus est Agnus qui ábstulit peccáta mundi. Qui mortem nostram moriéndo destrúxit et vitam resurgéndo reparávit. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cœléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes: Sanctus... 主よ、われらがいつも、どこにても、主に感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいことであり、われらの義務と救いである。特にこの聖節において、より大いなる光栄を盛大に讃えることは。なぜなら、われらの過ぎ越しなるキリストが、屠られ給うたからである。彼は、世の罪を除き給うたまことの小羊であって、死なれることによってわれらの死を亡ぼし、御復活されることによって、生命を取り戻し給うた。ゆえに、天使ら、大天使らと共に、座天使らと主天使らと共に、また、天の万軍と共に、われらは、御身の光栄の讃歌を終わりなく、こう言いつつ歌う。聖なるかな…
Ant. ad Communionem. Ps. 63, 11. 聖体拝領誦 詩編 63ノ11
Lætábitur iustus in Dómino, et sperábit in eo : et laudabúntur omnes recti corde, allelúia, allelúia. 義人は主において喜び、主に希望するだろう、全ての心正しい人々は讃美するだろう。アレルヤ、アレルヤ。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈
Súmpsimus, Dómine, ætérnæ vitæ sacraménta, te humiliter deprecántes : ut, beáto Venántio Mártyre tuo pro nobis deprecánte, véniam nobis concílient et grátiam. Per Dóminum. 主よ、我らは、御身にひれ伏して願いつつ、永遠の生命の秘蹟をうけ奉った。願わくは、御身の殉教者、聖ヴェナンツイオが我らのために祈ることにより、われらにゆるしと恩寵とを与え給わんことを。天主として(…)。

2019年秋田巡礼 5月1日(初水) サマーズ神父様お説教「童貞聖マリアの浄配、勤労者聖ヨゼフ」

2019年05月18日 | お説教・霊的講話
2019年5月1日(初水)秋田巡礼 証聖者、童貞聖マリアの浄配、勤労者聖ヨゼフのミサ
サマース神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父



聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


神父様、そして親愛なる兄弟の皆さん、今週、また偉大な巡礼を始める御恵みが、特権が与えられました。

皆さんと共に、特に聖ヨゼフの大祝日において巡礼を始める事ができるというのは、とても偉大な名誉です。

聖ヨゼフのみならず、それ以外にも多くの美しい典礼暦の祝日に囲まれています。昨日はシエナの聖カタリナの祝日で、ローマの教皇様を助けた偉大な聖人でした。今日聖ヨゼフは、母なる教会の守護者の聖人でもあります。明日は聖アタナジオの祝日でもあり、信仰の為に戦った人で、そして同僚の聖職者たちからも迫害を受けた方です。

では今日は、短く聖ヨゼフ様の聖徳を見てみます。

私たちの主の養父であり、そしてマリア様の夫であった聖ヨゼフについて、非常に少しの事しか知られていません。聖家族においては、聖寵のレベルに段階においては、一番下の方でした。しかしながら聖家族においては、聖ヨゼフをその頭として選びました。

聖ヨゼフは特別な称号で呼ばれています、「義人である」と。

これは、現在カトリック教会の危機において、私たちに良い、大切な点を思い出させて下さいます。つまり「危機」は、特に男である、男性としての父性の、「父親の危機」でもあるからです。

「男性としての徳」というのは、「義人である事」であって、特につまり「天主に与えなければならない相応しいものを与える」という事です。

また、その「義」という事は「正義」という事は、「天主に自分の務めを果たし、そして家族に対する務めも果たす」という事です。

今日ミサで、この偉大な義人、聖人、聖ヨゼフにお祈り致しましょう。聖ヨゼフ様の徳に倣い、そしてそれを真似する事ができますように、お祈り致しましょう。

また、聖ヨゼフ様がマリア様の近くにいらして、そしてイエズス様を養い、愛されたように、私たちも聖ヨゼフに倣ってそうする事ができますように、お祈り致しましょう。

聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】