「助産婦の手記」
41章
一部屋だけが、彼らに割り当てられた。その部屋に今、父と母が、二人の子供と祖母と一諸に住んでいる。この夫婦は、若い快活な人たちであって、彼らはアルサスで、中くらいの大きさの農場を手に入れていたが、これを妬(ねた)む人々のいまわしい策略によって、そこから追い払われ、そして改めてこの村に定住するために、いま国家から賠償を与えられるのを待っていたのである。その間、夫婦は、農業の手伝いをした。そこで彼らは、生活上の困難は全くなかった。彼らは、百姓仕事には慣れているから、それは過度の労働とならない。しかし、部屋の狭いことは、特に日中が短くなればなるほど、ますます強く彼らの重荷となった。夏には、それでも、時々互いに夫たり妻たることが可能であった。その頃は、お祖母さんは、子供を連れて漿果(しょうか)【ベリーなどの果実類】や茸(きのこ)を採りに、一日中、森の中へ行ったし、また子供を連れて、知人のもとへ数泊の訪問に出かけたことも、三度あった。今は、しかし、初冬の湿気と寒冷のため、そういう所に行くには道は遠すぎた。よくお祖母さんは、森の中に行きたいと頑張った。しかし、父親のディーツが、年寄りを独りで行かせないことは、明らかであった。
晩秋から初冬へかけての長い、暗い、そして寒い毎日を、その部屋の狭さに、彼らは圧迫された。昼も夜も、一緒にいなければならないということは、堪えられぬ重荷のように、みんなの気持ちの上にのしかかった。彼らは不満足となり、意地悪くなり、そしてとがった言葉や、近寄りにくい態度をとって、互いに傷つけ合い、もはや互いに理解することができず、離ればなれの生活をしはじめた。そして誰もが、一体自分のどこが悪いのか、そして、ほかの者は、なぜそんなに変わって来たのかが判らなかったのである。
彼らに、もっと広い部屋を与えてやることは、たやすく出来たであろうが、誰も、義務もないのに、そうしてやろうと考えるものは、なかった。誰も、ここで燃えくすぶっている困難を、ふり向いて見ようとはしなかった。嘆かわしいことである。お役所から強いられた救済策によっては、真のキリスト的愛の最後の一片も踏みにじられる。進んで救済しようという意思は、すべて麻痺させられる。人々は、役所の命令を行っただけで、人間の人間に対する救助の一切の義務から免かれたものと感じるのである。また、幾分か社会政策的差別をつけられた租税にしても、これを納めることによって、公共に対する自分の負担は、それだけで果されたという感じを起させ、養うのである。いかにして、私たちは、この難点を克服すべきであろうか? 国家が、こう言うのは正しい。「事は迅速に取扱わねばならない。民間人が救助しようとしても、それは遙かに不十分であり、しかも事態は、彼等の良心がゆり動かされ、心の準備がととのえられるまで、待っているわけには行かない。」と。――確かに、その通りである。しかし、それにも拘らず、官僚的な処置は、すべて禍いである。私は、ある人たちが、その宿泊人に対して、自発的に、より広い一室を譲ってやったところ、部屋の取りかえが終ったとたんに、その部屋を役所から再び押収されたことを知っている。
このような例が一地方に、一つだけでも起るというと、救助しようという心構えは、ことごとく打ちくだかれてしまうのである。ところが悲しいことに、私たち人間というものは、良心に対するこのような冷却剤を非常に喜ぶのである。――
私は、家主の若い百姓夫婦にいろいろ説いた揚句、ディーツの家族のために、もっと大きな住み場所を提供する必要のあることを、彼らに認めさすことに成功した。私は、見そこなってはいなかった。その百姓は、何年も長い間、戦争に行って、困難をよく理解していたからである。なお私は、私が、『お得意を飲み廻ること』を目的としているんだという、悪意のない、からかいは、甘んじて我慢した。それも、その百姓の奥さんが、私たちのところへやって来て、春のお産の予定を書き留めさせた時には、ますます喜んで我慢したのであった。
しかし、とにかく自発的に取運ばれるものは、概して良い結果になるものである。その夫婦は、これまで家事の目的のために使用していた隣りの一部屋を明け渡しただけではない。彼らは、さらに、大きな飼料用の台所の一部分を、簡単な壁で仕切った。そこには、食卓、棚、かまどが、一個ずつあったので、一かどの住宅用の台所が出来上った。
この喜びたるや、恐らく、同じ様に絶望的に見える困難の下におかれたことのある人でなければ、理解できないであろう。はじめてディーツ奧さんは、お菓子を焼き、子供たちは喜んでお祖母さんの廻りを踊りまわった。かようにして、今まで慰めのなかった十一月の日々も、きょう、はじめて喜ばしくその一日の終りに近づいて行った。
『お母さん、とうとう僕たちは、また本当に一緒になれたね!』
『あなた、お父さん! そうですわ、とうとう、やっと……』
『お母さん、再会のお祝いをしようじゃないか。僕は、きょうはじめて帰宅したような気がするんだよ。お母さん、お前は僕がいないのが淋しかったかね? 正直に本当のことを言っておくれ。お前は、僕がいなくてもよかったかね、僕が恋しかったかね?』
『そうですとも、あなた、ほんとに心から。昼も夜も、私の心は、あなたを求め、そして私の心臓は、あなたを呼んでいたんです。あなたには、それが聞えませんでしたか?』
『僕は、たびたびお前の声を聞いたよ、お母さん。お前は、たびたび苦しい時に、僕を、支えてくれた。お前の忠実さと思慕(おもい)とが、僕を堕落から守ってくれたんだ。戦場では、誘惑と悪德が、どんなに身近に迫っているかということを、お前、想像できるかね? 死というものが、すぐそばに立っている場合には、どんなに下品な享楽に、誰でも誘われやすいものだということを?』
『わかりますわ、あなた。』
『そして、今はもう僕たちは、お互いに遠慮気兼ねは、いらないんだ。』
『そうです。お父さん。でも今は、困難はいよいよ本格的で、もっと切迫していますわ。私たちは、自分自身のお家がなくて、借りたベッドがあるだけですもの……』
『それでも、お母さん……』
『もし赤ちゃんが生れたら、どこに寝かそうというのでしょう?』
『ああ、それは僕たちの間に寝かせばいいよ。春が近づくと直ぐ、僕たち二人は、稼ぐんだ。もうわずか二三週間だけだ。そして、いつか、もっとよくなるに相違ないよ……』
『ああ、あなた、それまでは……』
『それは何でもないよ、僕たちにとっては、五人でも六人でも、また七人でも大丈夫だ、お母さん。僕たちは、どんなにわずかしか、人間は物いりがしないか、ということを学んだのだっけ……』
『そう、私たち、あなたと私とは、でも子供たちは……』
『僕の子供たちは、まだ飢えてはいないよ、お母さん。さあ。気を小さく持たず、恐れないで。天主様は、まだ生きていらっしゃるんだ。天主様は、全く思いも寄らず、とうとう、あの好奇的な子供たちの眼を恐れることなしに、僕たち二人だけになることが出来るようにして下さったんだ。』
『確かに、あなた!』――
一方、二階では、若い百姓は、妻に言った。『テレーゼ、お前、あの下の部屋を貸してやったことを悲しんでいるかね? しかし、そのことは、大へん急に起ったことだし、また多くのことが、とにかく以前よりは、もっと便利になるね。』
『そう、確かにそれは、ほんとです。それに、あの人たちは、正しい方でもありますから、私たちの子供のためになることでしょう。』と彼女は、喜ばしげに答えた。『私は、ほかの人たちが正しくないことをしているとき、私たちまでが、困っている人を救い出してあげることを考えないという、ただそれだけのために、同情のない人たちと同罪にはどうしてもなりたくないのです……』