萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 暫像act.6―another,side story「陽はまた昇る」

2014-02-05 19:00:00 | 陽はまた昇るanother,side story
In one society. Ah me, that all 真相と真実と



第73話 暫像act.6―another,side story「陽はまた昇る」

白湯ごと飲み下して、ほっと一息に寛がす。
マグカップひとつ掌くるんだまま髪先の雫ひとつ、見つめてすぐ滴る。
まだ髪が濡れている、そんな確認にタオル拭いながら口の中、もう微かな苦みは親しい。

「…くすり、飲み慣れちゃったんだね、」

喘息を抑えこむ、その服用を続けて一ヵ月以上が過ぎてしまう。
この秘密は家族と主治医だけしか知らない、けれどいつまで隠せるのだろう?

―今日だって危なかったよね、あんなところまで探しに来てくれるなんて、

今日、発作の予兆に逃げた非常扉の静謐に伊達は現れた。
それで警戒して、けれど共にしたラーメン屋の時間は優しくて温かい。

伊達は、意図があるのだろうか無いのだろうか?

『湯原、晩飯につきあえ、』

庁舎の廊下、いきなり言われた提案に驚かされた。
この3日間ずっと見ていた伊達の貌はSAT狙撃手で警察官、それは物堅くて謹厳で冷たいほど気詰まりでいる。
けれど今夜、庁舎を出て街中に歩いた精悍な横顔はどこか温かくて、寡黙な優しさが大らかな受容に楽だった。

物堅い男、けれど優しい懐深さが素顔かもしれない?そんなふう想えて今もう信じたい。

―伊達さんのこと信じたいって思うのは今、SATで緊張している所為かもしれないけど…あのひとの影が、

あのひと、あの男。

祖父が遺した小説に記された「警察官の友人」は多分、あの男だろう。
術科センター射場と新宿東口交番と二か所に一度ずつ現れたあの老人、あの顔に記憶が触れる。
14年間ずっと眠らされていた記憶の顔、声、それから言葉たちは数日前に目を醒まして事実を告げた。

『お父さんが喜ぶと思いますよ、同じ道を君が歩いたら、』

ほら、14年前の声が静かに笑いかける。
あの顔と自分は二度も再会した、その顔と14年前の男は同じだと今もう解かる。
14年前の父の通夜、あの芳名帳に端正すぎる薄墨の記名ごと笑顔の仮面はもう忘れられない。

“ 観碕征治 ”

あの名前にだけ肩書が無かった、けれど誰なのかもう知っている。
あの笑顔は祖父も見ていたろう、父も見ていたろう、そして多分きっと曾祖父も見ていた。
あの声に笑いかけられる、その言葉に意志に祖父も父も曾祖父も「利用」された、だから、死んだ。

「…っ、」

めぐらす思案ごとタオル握りしめて呼吸ひとつ深くする。
あの男が自分たち家族に何をしたのか?それが祖父の小説通りなら父の「殉職」すら意図がある。
あの男の意図が自分のパートナーにすらあるようで解らない、だから今日も非常扉の前で自分は嘘を吐いた。

―でも僕は伊達さんを信じたいって思ってる、何も言わないで慰められる人だから…目が綺麗だから、

『旨いトコ連れてってやる、』

そう笑ってくれた顔も声も眼差しも、寡黙だけれど温かい。
確か自分より2歳年上だと聴いた、そんな年齢差と懐深い空気感につい思ってしまう。

「…お兄さんってあんな感じなのかな、」

兄、そう呼べる存在は自分には居ない。

ひとりっこで親戚も知らず育って、家族は両親だけしか居なかった。
それでも今は祖父のことも祖母のことも知っている、二人が遺した論文も著作も読んだ。
なにより祖母の従妹、顕子の存在と英二が母と自分を支えてくれているから母子家庭の孤独も消えた。

けれど幼い頃の憧れの欠片すこし起きかけている、もし「兄」という存在がいたらどんなだろう?

―雅人先生もお兄さんって感じするよね、黒木さんも…でも伊達さんの方がもっと近いっていうか、

自分の主治医と第七機動隊の先輩を想いながら、今日のラーメン屋で見た顔を考えてしまう。
どこまでも謹厳な勤務態度は安定した冷静と高い能力に支えられている、性格も自分とは全く違うだろう。
けれど今夜の並んで歩いた顔と湯気に笑っていた眼差しは温かくて、なぜか信じて良いと想えてしまった。

「まだ話したの今日が最初なのに、ね?」

ひとりごと零れるまま、なんとなく壁を見てしまう。
このワンルーム型の待機寮に伊達も住んでいる、それを1時間ほど前に知った。
同じ部署で独身者同士だから同じ待機寮なのも当然だろう、けれど距離すこし近くなったよう思える。

―でも伊達さんが自炊してるのとか、なんか面白いよね?

ここはワンルーム型だから賄も食堂も無い、そんな事実に笑いたくなる。
いつも職場で見ている貌からは台所姿など遠くて、けれど今夜に見た貌は「男の料理」なんて似合うかもしれない?
こんなふうどこか浮世離れした空気感は懐かしい人と似ているようで、その思案めぐりだしたとき着信音が鳴った。

「あ、…美代さん、」

送信人名に微笑んで携帯電話を開いてみる。
すぐに通話繋げて、朗らかな可愛い声が呼んでくれた。

「こんばんわ湯原くん、今、大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ?こんばんわ、美代さん、」

大好きな友達の名前を呼んで、ほっと緊張ゆるまれる。
けれど少しだけ心配にもなってしまう、もし祖父の小説が真実なら美代も巻き込むだろうか?

―いつも大切な人を人質にするような遣り方なんだ、民間人から選んで…僕の周りでその可能性が高いのは、きっと、

同い年の女性でJA職員を務める民間人、東京大学農学部を目指して受験勉強中。
そんな存在を観碕が見つけたら何に「利用価値」を見出すのだろう?

「あのね、今週末の講義って湯原くん出られる?」

思案の向こう親しい声が楽しげに尋ねてくれる。
この声を傷つけたくない、そう願うまま周太は明るく応えた。

「ん、行くよ?ちゃんと一日休みがもらえる事になってるの、」
「よかった、じゃあ田嶋先生のお手伝いも私の勉強も大丈夫ね、」
「ん、大丈夫だよ…あ、このあいだ言ってた本だけど見つけたんだ、僕が受験で使ってたやつ。良かったら貸してあげるよ、」
「嬉しい、よろしくお願いします、周太先生、」

電話ごし楽しいトーン笑ってくれる、今きっと笑顔が咲いているだろう。
あの本箱に囲まれた可愛い部屋できれいな明るい目きらきら笑っている、そんな想いに思案が止まない。

―僕が民間人でいちばん親しい人は美代さんなんだ、お姉さんもおばあさまも警察関係者で官僚の家族だから…でも女性なら、

英二の祖父は検事だった、英二も警察官でいる、その事歴と係累が英理と顕子を護るだろう。
けれど美代は全くの民間人でバックグラウンドの護りが無い、それでも「女性」だから大丈夫だろうか?
今のところ観碕は女性を直接的に罠へ嵌めたことは無い、そんな事実確認の安堵すこし微笑んだ向こう美代が笑った。

「ね、手塚くんからメールって来てるでしょ?」
「青木先生のお手伝いのことだよね、奥多摩のフィールドワーク、」
「あれね、私の家から近いとこよ?湯原くんも参加できるんなら家に寄ってね、お祖母ちゃん達が会いたがってるの、」

明るいトーン朗らかに誘ってくれる、その声も言葉も嬉しい。
そして今すこし気がついたことに緊張が迫り上げだして、けれど隠して周太は微笑んだ。

「ん、仕事の予定が大丈夫ならそうさせてもらうね、ありがとう美代さん、」
「こちらこそありがとう、またね、」
「ん、またね、おやすみなさい、」

おやすみを言いあって電話を切り、ほっと息を吐く。
こんなふう親しい電話は一日の緊張ほどいてくれる、けれど同時に心配も傷む。
まだ3日、けれど見え始めた現実と「SAT」にある自分の存在が大切な人に何を及ぼすのだろう?

―民間人ばかりなんだ、お父さん以外は、

曾祖父は企業の研究者だった、それは祖父の経歴と顕子の話から知っている。
祖父は東京大学とパリ第3大学の教授だった、そして「巻き込まれた」相手も民間人だった。
唯一の例外は警視庁警察官だった父だけ、それも本来なら国家一種の官僚として警察庁へ入庁する方が自然だろう。
それなのに警視庁へ任官することになったのは「観碕」の価値観が見えるようで、そんな思案に鼓動から溜息こぼれた。

「…賢弥が、」

手塚賢弥、東京大学農学部森林科学専修の学生。
出身は長野県木曽町、家族親族とも林業に携わっている。
そして学内で自分と最も親しい友人、こんな存在を観碕が知れば最もターゲットになりやすい?

―いちばん狙われやすいのは賢弥なんだ、でも…確実に逃げる方法がひとつある、ね?

きっと賢弥なら観碕の標的から外れることが出来る。
それは賢弥自身が話してくれた進路の夢から遠く離れることは無いだろう。
そう考えると安堵も出来て、けれど自分の為に友人の未来を曲げるようで哀しい。

―僕のことに賢弥を巻き込むのは変わりないんだ、でも、その前に終わらせることも出来るかもしれない、

自分は1年後に警察官を辞める、そう決めた。
それは1年間で観碕のことも終らせる意志でいる、それなら大切な人を巻き込まず済むかもしれない。
そんな可能性を最期まで信じていたい、その願い微笑んだ掌のなか着信音が呼んで周太は通話を繋げた。

「周太、今夜は出てくれた、」

ほら、綺麗な低い声が自分を呼ぶ。
この声を昨夜は聴けなかった、そんな今朝の夢に気懸り見つめ微笑んだ。

「こんばんわ、英二…昨夜は遅くまでお疲れさま、」

昨夜、昨日、英二は何があったのだろう?

それが今朝の夢から気になっている、けれど多分きっと話してはもらえない。
もし話してくれるなら英二から言いだすだろう、こちらから訊いても「嘘つきな男」にさせてしまうだけ。
そんな男なのだと休暇中の再会であらためて想った、そんな覚悟を抱いていると解かるから訊けなくて、けれど知りたい。

『もう、始まったんだ、』

英二、何が始まったの?








【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】

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立春の白紗

2014-02-05 18:07:05 | お知らせ他


昨夕から吹雪みたいな降りかたして今朝、積雪でした。
道路の雪は有りませんが凍結箇所が多くて、屋根&土や植物は薄雪に銀色化粧。
歩いているとドコからか小雪が舞ってきました、風花にしては微細な白なんですけどね。

あらためて、雪があるとホント寒いですね、笑




いま第73話「暫像6」校了Ver貼ってあります、待機寮にて思案×推理の周太です。
このあと短編連載かAesculapiusを載せたいんですけど、風邪っぽいので寝るかもしれません、笑
その場合たぶん自動掲載になるので、にほんブログ村の更新反映がされない可能性が高いです。

取り急ぎ、



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Short Scene Talk ふたり暮らしact.22 ―Aesculapius act.32

2014-02-05 07:58:03 | short scene talk
二人生活@birthplace6
Aesculapius第2章act.22の幕間@中学校構内




Short Scene Talk ふたり暮らしact.22 ―Aesculapius act.32

「は…疲微笑(父兄って気疲れするんだな今更だけど奏子さんや明広さんを尊敬したくなる)」
「雅樹さん、オツカレだね?やっぱ囲まれて疲れちゃったかね?(大丈夫かなでも疲れ顔も艶っぽいね萌嬉)」
「あ、うん、ちょっとびっくりしたっていうか(笑顔)(中学生のパワーって凄いな僕これから大丈夫かな)」
「やっぱ雅樹さん中学生女子にもモテるんだね(拗50%笑顔)(コンダケ別嬪だから仕方ないけどさっ拗×ドヤ)」
「え、僕よりも光一の方がって思うけど(なんか泣いてる子とかいたよね光一のこと好きだったんだろな微嫉妬ああ僕って心狭い困)」
「俺は雅樹さん一筋だもんねっ雅樹さんに虫着いたら困るねっ(拗75%)(奥サン宣言したいけどまだダメだし)」
「僕だって光一だけだよ?(照×幸笑顔)(ああ僕のことで嫉妬してくれるんだね嬉しいどうしよう一筋とか言ってくれるし萌無限)」
「だねっ、雅樹さんは俺だけ愛して恋してるねっふふんっ(ドヤ笑顔)(やっぱり俺がいちばんだねっ幸嬉)」
「照、(こんな嬉しそうにしてくれてるのが嬉しいな光一ばかりが可愛い僕ホント幸せ照喜)」
「ね、雅樹さん、このあと吉村のジイさんトコ寄って帰るんでしょ?」
「うん、顔は出して行こうって思ってるよ、(ちゃんと祖父たちのことも気遣ってくれるんだな優しい萌)」
「そしたら休憩する?(笑顔)」
「きゅ…照(休憩って僕そんな誘惑ほんと今もう負けるでも光一R18だしダメだでも大人っぽく見えるし顔も見られないらしいから悶々×期待)」
「昼寝してく方が良いならソウしてね、雅樹さん疲れてると思うし、その間に俺が吉村のジイさんたち手伝うから、ね?」
「あ、照(僕また勝手な妄想してた照)うん、ありがとう光一(笑顔)(ああ光一こんなに優しい君のこと毎度妄想してごめん僕ってほんとすけべだ困るこんなの悶々×照幸)」



Aesculapius第2章act.22の幕間、
光一の中学校から帰路、光一拗ドヤ×雅樹悶々です、笑

「Eventually Comes True May.2012 act.5 清香」読み直し校正したら校了です。
ソレ終わったら第73話続きが日付変わる頃に自動UPされます、が、にほんブログ村の更新履歴への反映は無いかもしれません。

コレも更新履歴に反映されていませんでした、ので貼りなおします。
Eventually Comes True「May.2012 act.5 清香」校了です
第73話「暫像6」冒頭UPしてあります、

取り急ぎ、




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