masque 幕明
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第74話 傍証act.1-side story「陽はまた昇る」
あのとき、君の声を聴いたら少し迷ったろうか?
「…俺が迷うわけ無いか、」
独り笑ってネクタイ締め、きりっと絹絞まる音が鳴る。
窓ガラスの貌が自分を見返す、その眼差しが遠く涯を映す。
いま今日が明けてゆく、そんな空の刻限に英二は笑いかけた。
「きれいだな、」
昏く影の街、けれど太陽の朱色は耀きだす。
あわい金いろ映える天穹は雲をたなびく、その薄墨色が予兆の旗に想える。
それは自分にとって瑞兆だろう?そう信じるまま踵返し鞄とジャケットを携え扉開いた。
かたん、
施錠音ひそやかに起って廊下の静謐へ呑まれゆく。
もう6時すぎる、それでも今ようやく明ける夜に季節が速い。
―周太を見送った時より40分も速いんだな、
心裡に時を数えた向こう、窓ゆれる梢に朝陽が透ける。
その葉ひとつずつ色彩は深くなった、もう秋は冬の気配すら含むのだろう。
―もう奥多摩は紅葉きれいだろうな、
奥多摩の秋、
あの秋と同じ季節が廻ってきた。
あのとき雲取山から見た夜明けの空は澄んでいた、そして眩しかった。
まだ何も知らなくて、それでも幸福だった時間から一年が経つ今、あの秋に隣で笑った人は何を想う?
―周太、去年の秋を憶えてくれてる?俺は忘れられないよ、ずっと、
そっと心に問いかけて俤だけ笑ってくれる。
去年11月の黄金きらめいた山の時、あの場所に今すぐ帰りたい。
だからこそ今日も自分のすべき途がある、そんな想いごと提げた鞄の重みが篤い。
いま鞄の中には救命救急セット一式が入っている、その物理的荷重だけじゃない密度に靴音が響く。
かつん、かつん、
自分の跫が廊下を敲く、その音ごと朱色の暁ゆるやかに輝きだす。
もう今日が始まってしまう、この今日に選択することを大切な人は何と思うだろう?
自分は赦してもらえる?
赦してもらえないのかもしれない、全て知られたら泣かせてしまう。
たとえ赦してくれたとしても信頼は喪うのかもしれない、それでも笑ってくれる人だと知っている。
だからこそ何ひとつ知られることなく護りたい、そんな思案へ近づいてきた気配が背後がばり抱きついた。
「おはよう、み・や・た、」
テノール笑って制服姿の腕が関節技かけようとする。
その間隙さらり躱して英二は綺麗に笑った。
「おはようございます、国村さん。自主トレでも言いましたが、」
「ふうん、敬語モードだなんて気合入ってんね、」
からり笑ってくれる眼差しが底抜けに明るい。
この明るさに少し息つける、そんな想い素直に笑いかけた。
「ああ、ちょっと肩に力入り過ぎてたな。ありがとな、光一、」
いま自分は強張っていた、そんな自覚から余計な力が落される。
すこし楽になったまま歩きだすとザイルパートナーは尋ねてくれた。
「どういたしましてだけどさ、ソンナにおまえが力むほど厄介なワケ?」
「うん、厄介で苦手だな、」
笑って応えながら少し歩調ゆるめて声を低めさす。
その隣さりげなく合わせてくれながら悪戯っ子の目が笑った。
「おまえに厄介で苦手だなんて言わせるなんてさ、余程クセモンな爺さんだね?」
それって俺のことまで「余程クセモン」言ってるだろ?
そんな返答内心にして可笑しくなる。
けれど言われても仕方ない、その納得に英二は笑いかけた。
「曲者なとこが俺の血縁者らしいって言いたいんだろ?」
「だね、」
さらり笑った雪白の顔に朱色の暁映えてゆく。
進んでゆく隊舎は人の気配が動き出す、そんな回廊にテノールが笑ってくれた。
「検事の祖父さんは清廉潔白な人格者だったんだろ、そういうの堅物クンなおまえと似てるけどさ、クセモノ悪魔なとこはソッチ似だね?」
クセモノ悪魔、だなんて随分な言われ様だろう?
こんなふうに言われている相手は今何も気づいてはいない、けれど確かにその通りだろう。
そんな納得を今なら素直に出来る、それは小気味いいよう愉快で可笑しいまま英二は笑った。
「そうだな、性悪なところは似てると思うよ?肚が黒くないと務まらないだろうから、」
肚黒、そうでなければ生きぬけない世界だったろう。
それが今の自分なら解かる、だからこそ今日を決めた想いに大らかな瞳が笑った。
「ふん、確かに肚が透けちまったら務まらないだろね、怖いねえ?」
怖いねえ?
なんて言いながら少しも怖いなど思ってない。
この陽気な眼差しが嬉しくなる、そのままに英二も笑いかけた。
「そういうのが俺、面倒くさくて避けてたんだよ?でも今日それもケリつけてくる、その方が便利だから、」
「ふん、便利ねえ、」
復唱してくれながら歩く制服の脚にも暁の染めてゆく。
今日の空はやけに朱い?そんな陽光を透かすよう怜悧な瞳が笑った。
「アレもおまえ便利に遣ってんだろうけどさ、ココンとこ逆効果になってるトコあるんじゃない?」
アレ、便利、逆効果、
こんな単語たちに図星ずきり軋まされる。
そのまま萎れたくなる本音ごと溜息こぼれた。
「…そんなこと訊くなんて光一、おまえも聴いてるんだろ?晩飯のあたり、」
「そりゃ聞えちゃうよ、メンテナンスチェック必要だしさ。ねえ?」
正直なトーン笑って底抜けに明るい目が見てくる。
この眼差しには誤魔化せない、そんな諦観ごと低めた声で訊いてみた。
「なあ光一、俺さ…周太が俺以外のヤツと毎日ふたりで飯食うって、考えたこと無かったんだよ、」
この1ヵ月ほとんど毎日、周太は特定の相手と二人で食事している。
その様子を周太の護身目的で仕掛けた盗聴器から確かめて、その度ごと沈んでしまう。
男同士で独身同士の同僚なら食事して帰るなど「普通」それなのに打ちのめされている自分はきっと馬鹿だ。
「ワンルーム型の待機寮なら自炊だろ?周太は料理うまいから一人で飯食うのが普通って俺、思いこんで…誰かと帰り一緒に飯食うとか、
周太あんまり新宿署の時していなかったし、だから異動してもずっとそうだって思ってて…周太ほんと楽しそうだろ、俺かなりショックっぽい、」
本音こぼれてしまう声は自分の声、けれど別人のよう萎れている。
こんな自分を見たら周太は何て言うのだろう?そんな想像に悪戯っ子の目が笑ってくれた。
「ざまあみろ、」
え?
「え、…光一?」
いま光一は何て言ったのだろう?
理解が追いつかなくて途惑った額を白い指ふれて、ばちり一発弾かれ笑われた。
「これで周太の気持ちがチットは解かったろ?この色魔エロ別嬪、ショックごと枕抱えてな、」
周太の気持ちが解かったろ?
そんな台詞ごと肚どすんと納得が坐りこむ。
この一年以上ずっと自分が何をしてきたのか、その理解が言葉になった。
「俺が光一といつも一緒なことはザイルパートナーで同僚だから当り前になってたけど、周太には寂しかったよな?」
「当り前だろ、馬鹿だねえ、」
からり笑って応えてくれる解答に、がっくり座りこみたくなる。
それでも「今日」を決めたまま溜息ひとつ吐きだして英二は微笑んだ。
「これで俺と周太、やっとフェアになれたかな?」
特定の相手と毎日ずっと共にすること。
それは男女の恋愛なら同性相手など気になり難いだろう。
けれど男同士の恋愛なら同性こそ同じフィールドに立っている、その距離感こそ同性と異性の相違だろう。
そうした配慮を自分は解かっているようで解かっていなかった、この自責と「いつか」償いたい想いにテノールが笑った。
「おまえと周太じゃね、周太の方がずっと上手だよ?」
「そうだよな、」
素直に認めて笑った掌が無意識から鞄を握り直す。
この中に入っているもの、それが周太に及ぼす現実また考えてしまう。
だからこそ今日も「ケリ」一つ引き換えに「鍵」を掴みに行く、そんな願いにパートナーは笑ってくれた。
「俺は一日オコモリ事務仕事だからさ、帰ってきたら冒険譚で楽しませてよね?リアルRPGのブラック・ナイトさま、」
冒険譚にリアルRPG、
こんな表現に笑ってしまいたくなる。
確かに今日の自分のコースは冒険でRPG的かもしれない、そんな納得に笑いかけた。
「今日もRPGなら俺、いきなりボスキャラに当たりに行く気分なんだけど?」
「ソコで毒気に中てられちまったら蒔田さんに癒されなね、アノひと武闘派の僧侶か賢者ってカンジだしさ、」
愉しげに笑ってくれる台詞にまた笑ってしまう。
いま言われた言葉たちがハマり過ぎて可笑しい、そんな向うから長身の制服姿が怪訝な顔をした。
「おはようございます小隊長、宮田はどうしたんですか?」
どうしたんですか?
なんて質問にまた笑いたくなってしまう、その隣で上司は飄々と答えてくれた。
「おはよ黒木、ブラック・ナイト様は攻略法をお考え中なんだよ、」
「は…ブラック・ナイト?」
復唱して、精悍な顔は怪訝なまま首傾げこむ。
何を言われているのか解らない、その容子が可笑しくて尚更に笑いたくなる。
それでも呼吸ひとつ深くして抑えこみながら英二は背すじ整え、先輩に笑いかけた。
「おはようございます黒木さん、週休なのに制服なんですか?」
「ああ、小隊長のサポートだ、」
いつもの謹直で応えながら鋭利な瞳すこし微笑んでくれる。
こんな親しみは2ヶ月前と違う、それが嬉しいまま英二は素直に笑った。
「小隊長のお守は大変だと思いますが、よろしくお願いします、」
「大丈夫だ、もう人使いの荒さにも慣れたからな、」
さらっと返してくれる言葉も距離の変化が笑っている。
そんな空気と並んで食堂へ入りながら陽気なテノールが笑った。
「ソンナに荒っぽいのご期待くださるんならね、今日は容赦なく遣っちまおうかな、ねえ黒木?」
「御命令なら従いますよ、K2小隊長?」
応える声は淡々と落着いて、けれど精悍な瞳は笑っている。
この距離感がいちばん変化したのだろう、そんな今に微笑んだ向う黒木が振り向いた。
「宮田、ブラック・ナイトの攻略法って何のことだ?」
その話にまた戻るんだ?
そんな質問ひとり肚呑みこんで英二は綺麗に笑った。
「今日の俺の外出先のことですよ、」
(to be continued)
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第74話 傍証act.1-side story「陽はまた昇る」
あのとき、君の声を聴いたら少し迷ったろうか?
「…俺が迷うわけ無いか、」
独り笑ってネクタイ締め、きりっと絹絞まる音が鳴る。
窓ガラスの貌が自分を見返す、その眼差しが遠く涯を映す。
いま今日が明けてゆく、そんな空の刻限に英二は笑いかけた。
「きれいだな、」
昏く影の街、けれど太陽の朱色は耀きだす。
あわい金いろ映える天穹は雲をたなびく、その薄墨色が予兆の旗に想える。
それは自分にとって瑞兆だろう?そう信じるまま踵返し鞄とジャケットを携え扉開いた。
かたん、
施錠音ひそやかに起って廊下の静謐へ呑まれゆく。
もう6時すぎる、それでも今ようやく明ける夜に季節が速い。
―周太を見送った時より40分も速いんだな、
心裡に時を数えた向こう、窓ゆれる梢に朝陽が透ける。
その葉ひとつずつ色彩は深くなった、もう秋は冬の気配すら含むのだろう。
―もう奥多摩は紅葉きれいだろうな、
奥多摩の秋、
あの秋と同じ季節が廻ってきた。
あのとき雲取山から見た夜明けの空は澄んでいた、そして眩しかった。
まだ何も知らなくて、それでも幸福だった時間から一年が経つ今、あの秋に隣で笑った人は何を想う?
―周太、去年の秋を憶えてくれてる?俺は忘れられないよ、ずっと、
そっと心に問いかけて俤だけ笑ってくれる。
去年11月の黄金きらめいた山の時、あの場所に今すぐ帰りたい。
だからこそ今日も自分のすべき途がある、そんな想いごと提げた鞄の重みが篤い。
いま鞄の中には救命救急セット一式が入っている、その物理的荷重だけじゃない密度に靴音が響く。
かつん、かつん、
自分の跫が廊下を敲く、その音ごと朱色の暁ゆるやかに輝きだす。
もう今日が始まってしまう、この今日に選択することを大切な人は何と思うだろう?
自分は赦してもらえる?
赦してもらえないのかもしれない、全て知られたら泣かせてしまう。
たとえ赦してくれたとしても信頼は喪うのかもしれない、それでも笑ってくれる人だと知っている。
だからこそ何ひとつ知られることなく護りたい、そんな思案へ近づいてきた気配が背後がばり抱きついた。
「おはよう、み・や・た、」
テノール笑って制服姿の腕が関節技かけようとする。
その間隙さらり躱して英二は綺麗に笑った。
「おはようございます、国村さん。自主トレでも言いましたが、」
「ふうん、敬語モードだなんて気合入ってんね、」
からり笑ってくれる眼差しが底抜けに明るい。
この明るさに少し息つける、そんな想い素直に笑いかけた。
「ああ、ちょっと肩に力入り過ぎてたな。ありがとな、光一、」
いま自分は強張っていた、そんな自覚から余計な力が落される。
すこし楽になったまま歩きだすとザイルパートナーは尋ねてくれた。
「どういたしましてだけどさ、ソンナにおまえが力むほど厄介なワケ?」
「うん、厄介で苦手だな、」
笑って応えながら少し歩調ゆるめて声を低めさす。
その隣さりげなく合わせてくれながら悪戯っ子の目が笑った。
「おまえに厄介で苦手だなんて言わせるなんてさ、余程クセモンな爺さんだね?」
それって俺のことまで「余程クセモン」言ってるだろ?
そんな返答内心にして可笑しくなる。
けれど言われても仕方ない、その納得に英二は笑いかけた。
「曲者なとこが俺の血縁者らしいって言いたいんだろ?」
「だね、」
さらり笑った雪白の顔に朱色の暁映えてゆく。
進んでゆく隊舎は人の気配が動き出す、そんな回廊にテノールが笑ってくれた。
「検事の祖父さんは清廉潔白な人格者だったんだろ、そういうの堅物クンなおまえと似てるけどさ、クセモノ悪魔なとこはソッチ似だね?」
クセモノ悪魔、だなんて随分な言われ様だろう?
こんなふうに言われている相手は今何も気づいてはいない、けれど確かにその通りだろう。
そんな納得を今なら素直に出来る、それは小気味いいよう愉快で可笑しいまま英二は笑った。
「そうだな、性悪なところは似てると思うよ?肚が黒くないと務まらないだろうから、」
肚黒、そうでなければ生きぬけない世界だったろう。
それが今の自分なら解かる、だからこそ今日を決めた想いに大らかな瞳が笑った。
「ふん、確かに肚が透けちまったら務まらないだろね、怖いねえ?」
怖いねえ?
なんて言いながら少しも怖いなど思ってない。
この陽気な眼差しが嬉しくなる、そのままに英二も笑いかけた。
「そういうのが俺、面倒くさくて避けてたんだよ?でも今日それもケリつけてくる、その方が便利だから、」
「ふん、便利ねえ、」
復唱してくれながら歩く制服の脚にも暁の染めてゆく。
今日の空はやけに朱い?そんな陽光を透かすよう怜悧な瞳が笑った。
「アレもおまえ便利に遣ってんだろうけどさ、ココンとこ逆効果になってるトコあるんじゃない?」
アレ、便利、逆効果、
こんな単語たちに図星ずきり軋まされる。
そのまま萎れたくなる本音ごと溜息こぼれた。
「…そんなこと訊くなんて光一、おまえも聴いてるんだろ?晩飯のあたり、」
「そりゃ聞えちゃうよ、メンテナンスチェック必要だしさ。ねえ?」
正直なトーン笑って底抜けに明るい目が見てくる。
この眼差しには誤魔化せない、そんな諦観ごと低めた声で訊いてみた。
「なあ光一、俺さ…周太が俺以外のヤツと毎日ふたりで飯食うって、考えたこと無かったんだよ、」
この1ヵ月ほとんど毎日、周太は特定の相手と二人で食事している。
その様子を周太の護身目的で仕掛けた盗聴器から確かめて、その度ごと沈んでしまう。
男同士で独身同士の同僚なら食事して帰るなど「普通」それなのに打ちのめされている自分はきっと馬鹿だ。
「ワンルーム型の待機寮なら自炊だろ?周太は料理うまいから一人で飯食うのが普通って俺、思いこんで…誰かと帰り一緒に飯食うとか、
周太あんまり新宿署の時していなかったし、だから異動してもずっとそうだって思ってて…周太ほんと楽しそうだろ、俺かなりショックっぽい、」
本音こぼれてしまう声は自分の声、けれど別人のよう萎れている。
こんな自分を見たら周太は何て言うのだろう?そんな想像に悪戯っ子の目が笑ってくれた。
「ざまあみろ、」
え?
「え、…光一?」
いま光一は何て言ったのだろう?
理解が追いつかなくて途惑った額を白い指ふれて、ばちり一発弾かれ笑われた。
「これで周太の気持ちがチットは解かったろ?この色魔エロ別嬪、ショックごと枕抱えてな、」
周太の気持ちが解かったろ?
そんな台詞ごと肚どすんと納得が坐りこむ。
この一年以上ずっと自分が何をしてきたのか、その理解が言葉になった。
「俺が光一といつも一緒なことはザイルパートナーで同僚だから当り前になってたけど、周太には寂しかったよな?」
「当り前だろ、馬鹿だねえ、」
からり笑って応えてくれる解答に、がっくり座りこみたくなる。
それでも「今日」を決めたまま溜息ひとつ吐きだして英二は微笑んだ。
「これで俺と周太、やっとフェアになれたかな?」
特定の相手と毎日ずっと共にすること。
それは男女の恋愛なら同性相手など気になり難いだろう。
けれど男同士の恋愛なら同性こそ同じフィールドに立っている、その距離感こそ同性と異性の相違だろう。
そうした配慮を自分は解かっているようで解かっていなかった、この自責と「いつか」償いたい想いにテノールが笑った。
「おまえと周太じゃね、周太の方がずっと上手だよ?」
「そうだよな、」
素直に認めて笑った掌が無意識から鞄を握り直す。
この中に入っているもの、それが周太に及ぼす現実また考えてしまう。
だからこそ今日も「ケリ」一つ引き換えに「鍵」を掴みに行く、そんな願いにパートナーは笑ってくれた。
「俺は一日オコモリ事務仕事だからさ、帰ってきたら冒険譚で楽しませてよね?リアルRPGのブラック・ナイトさま、」
冒険譚にリアルRPG、
こんな表現に笑ってしまいたくなる。
確かに今日の自分のコースは冒険でRPG的かもしれない、そんな納得に笑いかけた。
「今日もRPGなら俺、いきなりボスキャラに当たりに行く気分なんだけど?」
「ソコで毒気に中てられちまったら蒔田さんに癒されなね、アノひと武闘派の僧侶か賢者ってカンジだしさ、」
愉しげに笑ってくれる台詞にまた笑ってしまう。
いま言われた言葉たちがハマり過ぎて可笑しい、そんな向うから長身の制服姿が怪訝な顔をした。
「おはようございます小隊長、宮田はどうしたんですか?」
どうしたんですか?
なんて質問にまた笑いたくなってしまう、その隣で上司は飄々と答えてくれた。
「おはよ黒木、ブラック・ナイト様は攻略法をお考え中なんだよ、」
「は…ブラック・ナイト?」
復唱して、精悍な顔は怪訝なまま首傾げこむ。
何を言われているのか解らない、その容子が可笑しくて尚更に笑いたくなる。
それでも呼吸ひとつ深くして抑えこみながら英二は背すじ整え、先輩に笑いかけた。
「おはようございます黒木さん、週休なのに制服なんですか?」
「ああ、小隊長のサポートだ、」
いつもの謹直で応えながら鋭利な瞳すこし微笑んでくれる。
こんな親しみは2ヶ月前と違う、それが嬉しいまま英二は素直に笑った。
「小隊長のお守は大変だと思いますが、よろしくお願いします、」
「大丈夫だ、もう人使いの荒さにも慣れたからな、」
さらっと返してくれる言葉も距離の変化が笑っている。
そんな空気と並んで食堂へ入りながら陽気なテノールが笑った。
「ソンナに荒っぽいのご期待くださるんならね、今日は容赦なく遣っちまおうかな、ねえ黒木?」
「御命令なら従いますよ、K2小隊長?」
応える声は淡々と落着いて、けれど精悍な瞳は笑っている。
この距離感がいちばん変化したのだろう、そんな今に微笑んだ向う黒木が振り向いた。
「宮田、ブラック・ナイトの攻略法って何のことだ?」
その話にまた戻るんだ?
そんな質問ひとり肚呑みこんで英二は綺麗に笑った。
「今日の俺の外出先のことですよ、」
(to be continued)
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