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第74話 傍証act.5-side story「陽はまた昇る」
梢の色が、前と違う。
前に来た時は深緑だった、あのときは夏、そして北壁の前だった。
あれから時も季節も移ろうまま自分も変ったのだろう、そのままに仰ぐ梢は黄金ふらす。
今は秋、もう二度目になる季節の記憶を見つめて英二は微笑んだ。
「もうすぐ誕生日だな、周太?」
呼びかけて、けれど応えて何てもらえない。
佇んだ並木道から金色の透ける枝、その向こう聳える摩天楼にあの人はいる?
今いる所在すら隠されてしまう場所へ行ってしまった人、あれから一ヶ月半が過ぎてゆく。
―もう少し待ってて、周太、
想い心呟きながら仰ぐ先、くすんだ建造物の窓を探してしまう。
あのどこかに今いるかもしれない?そんな期待の向こう靴音が近づき微笑んだ。
「宮田くん、ここに居たんですね、」
「お疲れさまです、蒔田部長、」
振り向いて笑いかけ、礼をする。
今は私服のスーツ姿でプライベートに会う、そんな空気ごと気さくに笑ってくれた。
「蒔田さんが良いよ?部長なんて外で言われるのも恥ずかしい、ただの山ヤ同士で居てくれ、」
肩書を「恥ずかしい」と笑ってしまう。
こういう大らかさが蒔田は気持ちいい、その好感に笑いかけた。
「じゃあ蒔田さん、飯いきましょうか?」
「おう、その感じでイイぞ、」
笑いながらネクタイの衿元もう緩めだす。
こんな砕けた所が楽しい上司に英二は笑った。
「本当に蒔田さん、プライベートだと砕けてますよね?業務の時は真面目な雰囲気なのに、」
初対面の印象と今の隣は違う。
そんな違い大らかなまま笑ってくれた。
「ノンキャリアから官僚になんかなると気疲れも多くてな、オンとオフをはっきりさせるとストレス解消に良いんだ、」
言われた言葉に、すこし前の時間が重ならす。
4年ぶりの声から告げられた自分の現実、あの笑顔への想いごと微笑んだ。
「蒔田さんでも、ノンキャリア出身であることは疲れますか?」
「うん?」
言葉に篤実な貌すこし傾げてくれる。
その眼差し穏やかで訊きやすい、そんな先輩に尋ねた。
「蒔田さんは北大の出身ですよね、ノンキャリアと言っても旧帝大です、」
警察官の世界に学歴は関係ない、実力主義だ。
そんな意見もある、確かにそんな側面もあるだろう。
けれど官僚にまでなれば学歴も派閥も否めない?その現実を答えてくれた。
「キャリアは東大出身が主流だ、同じ旧帝大でも東大とそれ以外で大きな差がある。例外をあげるなら検察庁くらいだが、警察庁はな?」
応えてくれる言葉たちに、続く単語が解かる気がする。
この理解のまま英二は声にした。
「内務省系の官庁なら、いろんな要素が派閥になっていますか?警視庁も、」
「お、」
短い声とすこし驚いたような眼差しが自分を映す。
こんな台詞は意外だろうか、それとも納得だろうか?この二択に先輩は笑ってくれた。
「そうだな、内務の三役にからむと色々あるかな、」
内務省に列なる男として知る運命なのかもしれんな。
そう告げた祖父の現実が今、別の男からも聴かされる。
そんな今に微笑んで数ヶ月前と同じ暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ、あ、」
出迎えの仲居が気づいたよう見上げてくれる。
まだ二度め、それでも憶えてくれた空気に蒔田が笑った。
「こんにちは、やっぱりこのツレは憶えやすいかい?」
「はい、一度いらした方は憶えますが、」
微笑んでくれる貌が華やぎだす。
こうした空気感は幼い頃から見慣れて、そのままに英二は微笑んだ。
「すごいですね、一度で顔を憶えるなんて、」
一度で顔を憶えるなら「いつか」役立つかもしれない?
そんな意図と笑いかけた向う、羞んだ笑顔ほころんだ。
「こういう仕事ですから。同じお席でご用意してありますが、よろしかったですか?」
「ありがとう、」
微笑んで靴を脱ぎ、座敷への廊下に上がる。
その二足とも靴箱へしまい鍵かけさす、こんな気遣いに常連たちの姿が見える。
―密会の場だな、
こうした店は「誰か」に教わり常連となる方が多いだろう。
きっと祖父も幾つか場を持っている、それはもう一人の祖父も同じだったかもしれない。
そんなふう考えると祖父ふたり共通の世界にも生きて、けれど周囲の評価は全く別の道だった。
『清廉潔白な検事は美しいな、だが泥の中でも立てる男の方が美しいと私は思っている、だから私もそう生きただけだ』
『宮田君は、おまえの祖父になる男は肚底から美しい男だ。あんな生き方は真似出来ない、おまえにもソックリ真似するなど難しかろう』
祖父自身が、もう一人の祖父との違いを語ってくれた。
今日、初めて聴いた祖父の本音は時間経るごと響いてくる。
だから想ってしまう、いつか自分も我が身の言葉として同じ事を言うのだろうか?
『おまえは私と似て計算高くて狡猾だが宮田君と同じ生真面目がある、英二は仮面を被ることも私とそっくりに巧い』
あんなふうに言われた通り、自分は生きるのだろうか?
そんな問いかけ廻らせながら見覚えある部屋に上がる。
そして床の間に向かい腰下した前、スーツジャケット脱ぎながら蒔田が笑ってくれた。
「やっぱり宮田くんはモテるな、あの仲居サンがあんな貌するなんて珍しいんだぞ?」
「そうなんですか?」
さらり笑い流して自分もジャケットを脱ぐ。
けれど衿元は緩めず敬意を示す向かい、いつものよう腕まくりした笑顔が言ってくれた。
「今日は宮田くんの昇進祝いだ、おまかせで予約してあるが好きなように追加注文してくれ、」
前と同じ、変わらない気さくが笑ってくれる。
この笑顔すら今は利用しなくてはいけない、そんな現実ごと英二は微笑んだ。
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なくオーダーして良いですか?」
「もちろんだ、何かリクエストあるかい?」
愉しげに笑ってくれる眼差しは大らかに温かい。
それが懐かしい笑顔すこし似ていて、その追憶を見つめながら笑いかけた。
「観碕征治さんを、リクエストさせてくれますか?」
観碕征治、
この名前に大らかな瞳かすかに大きくなる。
そのまま吐息ひとつ微笑んで真直ぐ訊いてくれた。
「観碕さんを知ってるのか?」
「七機にいらっしゃいました、先月、」
事実の断片を告げた先、袖捲りした手かるく握りだす。
その拳つけた口許が考えこむよう問いかけた。
「目的は?」
「史料編纂と仰っていました、警備部からの嘱託で書庫の閲覧に来られて、俺がサポートを指名されました、」
あのとき言われた通り答えた前で瞳そっと細くなる。
そんな貌にまた祖父の言葉が重ならす。
『ノンキャリア出身の有能な官僚がいるそうだな』
あの祖父に「有能」と言わせた男の解釈を訊いてみたい。
そして情報と証拠を引き出させたい、そう見つめる拳の口許が動いた。
「指紋照合の通信記録がある、対象は宮田くんのだったが、あれは観碕さんか?」
やっぱり観碕は指紋を調べてくれた。
七機の書庫室、あの場で観碕の前に立たされコピーを手伝わされた。
あのとき指紋を採られるのだと見て、その通りに動いていた事実が可笑しい。
あの男は「指紋」を気づけるのだろうか?
そんな思案に微かな足音が近づかす。
その気配にただ微笑んだ座敷、回廊の雪見障子から声かけられた。
「失礼します、」
落着いた声に戸のからり開いて料理が運び込まれる。
整えられていく食膳は品数多い、そこにある意図と蒔田の言葉に気づいてしまう。
―全部を一度に並べさせてる、出入りを無くすために、
たぶん今日この場は当に「密会」だ?
そんな感想ごと仲居達が戻った席、英二は笑った。
「蒔田さん、今日は俺の事情聴取が目的ですね?」
部下の指紋照合がされたなら、気にならない上司などいない。
今は第七機動隊所属になり指揮系統を辿れば警備部長が上司にあたる。
地域部長である蒔田の指揮下に今は無い、それでも「同じ山ヤ」として今日を誘ってくれた。
そこにある意志を見つめた真中で大らかな眼は困ったよう、けれど愉快そうに笑ってくれた。
「指紋照合なんてサスガに気になるよ、いったい何をしでかして指紋を調べられてるんだろうってな、」
「それで本人を呼びだしたんですか?」
笑って訊き返しながら愉しくなってくる。
こんなにストレートな事情聴取も無いだろう、だから意図が解かる。
―蒔田さんも正直に答えるなんて思ってない、警告だな?
自分が「何か」動いている。
それを蒔田は気づいていると夏、この座敷で言ってくれた。
そして本音を話してくれている、その信頼に困り顔で笑ってくれた。
「たぶん宮田くんの事だから想定内だろう、でも実際の動きも知りたいだろうと思ってな?そしたら予想通りの名前が出たよ、」
やっぱり蒔田は解かっている。
そうでなければ「有能」と言われないだろう、そんな納得と笑いかけた。
「なぜ予想通りでしたか?」
「史料編纂の事は聴いていたからな、あれは実際ある話なんだ、前からな?」
告げてくれる回答に証拠ひとつ現れる。
今言われたのは思った通りなのだろう、その推定に問いかけた。
「史料編纂は50年前か、30年前からの話ですか?」
五十年前、三十年前、この歳月に重ならす存在がある。
それを蒔田は知っているのだろうか?
少なくとも断片は気づいているはず、そんな思案に笑顔ほろ苦く口開いた。
「そうだ、五十年前から始まっている、主任担当は定年後も変わっていない…そういうことか?」
そういうことか?
そう吐息ごと疑問符が投げかけて、前から眼差しが自分を映す。
その瞳は穏やかなまま凪いで、けれど深く、隠した14年の埋み火が熾きてゆく。
ずっと捜していた、悔いていた、そんな歳月を燈す道標ひとつ見つめて英二は微笑んだ。
「観碕征治のこと、知る限り話してくれますか?小さな事も全て、」
(to be continued)
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第74話 傍証act.5-side story「陽はまた昇る」
梢の色が、前と違う。
前に来た時は深緑だった、あのときは夏、そして北壁の前だった。
あれから時も季節も移ろうまま自分も変ったのだろう、そのままに仰ぐ梢は黄金ふらす。
今は秋、もう二度目になる季節の記憶を見つめて英二は微笑んだ。
「もうすぐ誕生日だな、周太?」
呼びかけて、けれど応えて何てもらえない。
佇んだ並木道から金色の透ける枝、その向こう聳える摩天楼にあの人はいる?
今いる所在すら隠されてしまう場所へ行ってしまった人、あれから一ヶ月半が過ぎてゆく。
―もう少し待ってて、周太、
想い心呟きながら仰ぐ先、くすんだ建造物の窓を探してしまう。
あのどこかに今いるかもしれない?そんな期待の向こう靴音が近づき微笑んだ。
「宮田くん、ここに居たんですね、」
「お疲れさまです、蒔田部長、」
振り向いて笑いかけ、礼をする。
今は私服のスーツ姿でプライベートに会う、そんな空気ごと気さくに笑ってくれた。
「蒔田さんが良いよ?部長なんて外で言われるのも恥ずかしい、ただの山ヤ同士で居てくれ、」
肩書を「恥ずかしい」と笑ってしまう。
こういう大らかさが蒔田は気持ちいい、その好感に笑いかけた。
「じゃあ蒔田さん、飯いきましょうか?」
「おう、その感じでイイぞ、」
笑いながらネクタイの衿元もう緩めだす。
こんな砕けた所が楽しい上司に英二は笑った。
「本当に蒔田さん、プライベートだと砕けてますよね?業務の時は真面目な雰囲気なのに、」
初対面の印象と今の隣は違う。
そんな違い大らかなまま笑ってくれた。
「ノンキャリアから官僚になんかなると気疲れも多くてな、オンとオフをはっきりさせるとストレス解消に良いんだ、」
言われた言葉に、すこし前の時間が重ならす。
4年ぶりの声から告げられた自分の現実、あの笑顔への想いごと微笑んだ。
「蒔田さんでも、ノンキャリア出身であることは疲れますか?」
「うん?」
言葉に篤実な貌すこし傾げてくれる。
その眼差し穏やかで訊きやすい、そんな先輩に尋ねた。
「蒔田さんは北大の出身ですよね、ノンキャリアと言っても旧帝大です、」
警察官の世界に学歴は関係ない、実力主義だ。
そんな意見もある、確かにそんな側面もあるだろう。
けれど官僚にまでなれば学歴も派閥も否めない?その現実を答えてくれた。
「キャリアは東大出身が主流だ、同じ旧帝大でも東大とそれ以外で大きな差がある。例外をあげるなら検察庁くらいだが、警察庁はな?」
応えてくれる言葉たちに、続く単語が解かる気がする。
この理解のまま英二は声にした。
「内務省系の官庁なら、いろんな要素が派閥になっていますか?警視庁も、」
「お、」
短い声とすこし驚いたような眼差しが自分を映す。
こんな台詞は意外だろうか、それとも納得だろうか?この二択に先輩は笑ってくれた。
「そうだな、内務の三役にからむと色々あるかな、」
内務省に列なる男として知る運命なのかもしれんな。
そう告げた祖父の現実が今、別の男からも聴かされる。
そんな今に微笑んで数ヶ月前と同じ暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ、あ、」
出迎えの仲居が気づいたよう見上げてくれる。
まだ二度め、それでも憶えてくれた空気に蒔田が笑った。
「こんにちは、やっぱりこのツレは憶えやすいかい?」
「はい、一度いらした方は憶えますが、」
微笑んでくれる貌が華やぎだす。
こうした空気感は幼い頃から見慣れて、そのままに英二は微笑んだ。
「すごいですね、一度で顔を憶えるなんて、」
一度で顔を憶えるなら「いつか」役立つかもしれない?
そんな意図と笑いかけた向う、羞んだ笑顔ほころんだ。
「こういう仕事ですから。同じお席でご用意してありますが、よろしかったですか?」
「ありがとう、」
微笑んで靴を脱ぎ、座敷への廊下に上がる。
その二足とも靴箱へしまい鍵かけさす、こんな気遣いに常連たちの姿が見える。
―密会の場だな、
こうした店は「誰か」に教わり常連となる方が多いだろう。
きっと祖父も幾つか場を持っている、それはもう一人の祖父も同じだったかもしれない。
そんなふう考えると祖父ふたり共通の世界にも生きて、けれど周囲の評価は全く別の道だった。
『清廉潔白な検事は美しいな、だが泥の中でも立てる男の方が美しいと私は思っている、だから私もそう生きただけだ』
『宮田君は、おまえの祖父になる男は肚底から美しい男だ。あんな生き方は真似出来ない、おまえにもソックリ真似するなど難しかろう』
祖父自身が、もう一人の祖父との違いを語ってくれた。
今日、初めて聴いた祖父の本音は時間経るごと響いてくる。
だから想ってしまう、いつか自分も我が身の言葉として同じ事を言うのだろうか?
『おまえは私と似て計算高くて狡猾だが宮田君と同じ生真面目がある、英二は仮面を被ることも私とそっくりに巧い』
あんなふうに言われた通り、自分は生きるのだろうか?
そんな問いかけ廻らせながら見覚えある部屋に上がる。
そして床の間に向かい腰下した前、スーツジャケット脱ぎながら蒔田が笑ってくれた。
「やっぱり宮田くんはモテるな、あの仲居サンがあんな貌するなんて珍しいんだぞ?」
「そうなんですか?」
さらり笑い流して自分もジャケットを脱ぐ。
けれど衿元は緩めず敬意を示す向かい、いつものよう腕まくりした笑顔が言ってくれた。
「今日は宮田くんの昇進祝いだ、おまかせで予約してあるが好きなように追加注文してくれ、」
前と同じ、変わらない気さくが笑ってくれる。
この笑顔すら今は利用しなくてはいけない、そんな現実ごと英二は微笑んだ。
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なくオーダーして良いですか?」
「もちろんだ、何かリクエストあるかい?」
愉しげに笑ってくれる眼差しは大らかに温かい。
それが懐かしい笑顔すこし似ていて、その追憶を見つめながら笑いかけた。
「観碕征治さんを、リクエストさせてくれますか?」
観碕征治、
この名前に大らかな瞳かすかに大きくなる。
そのまま吐息ひとつ微笑んで真直ぐ訊いてくれた。
「観碕さんを知ってるのか?」
「七機にいらっしゃいました、先月、」
事実の断片を告げた先、袖捲りした手かるく握りだす。
その拳つけた口許が考えこむよう問いかけた。
「目的は?」
「史料編纂と仰っていました、警備部からの嘱託で書庫の閲覧に来られて、俺がサポートを指名されました、」
あのとき言われた通り答えた前で瞳そっと細くなる。
そんな貌にまた祖父の言葉が重ならす。
『ノンキャリア出身の有能な官僚がいるそうだな』
あの祖父に「有能」と言わせた男の解釈を訊いてみたい。
そして情報と証拠を引き出させたい、そう見つめる拳の口許が動いた。
「指紋照合の通信記録がある、対象は宮田くんのだったが、あれは観碕さんか?」
やっぱり観碕は指紋を調べてくれた。
七機の書庫室、あの場で観碕の前に立たされコピーを手伝わされた。
あのとき指紋を採られるのだと見て、その通りに動いていた事実が可笑しい。
あの男は「指紋」を気づけるのだろうか?
そんな思案に微かな足音が近づかす。
その気配にただ微笑んだ座敷、回廊の雪見障子から声かけられた。
「失礼します、」
落着いた声に戸のからり開いて料理が運び込まれる。
整えられていく食膳は品数多い、そこにある意図と蒔田の言葉に気づいてしまう。
―全部を一度に並べさせてる、出入りを無くすために、
たぶん今日この場は当に「密会」だ?
そんな感想ごと仲居達が戻った席、英二は笑った。
「蒔田さん、今日は俺の事情聴取が目的ですね?」
部下の指紋照合がされたなら、気にならない上司などいない。
今は第七機動隊所属になり指揮系統を辿れば警備部長が上司にあたる。
地域部長である蒔田の指揮下に今は無い、それでも「同じ山ヤ」として今日を誘ってくれた。
そこにある意志を見つめた真中で大らかな眼は困ったよう、けれど愉快そうに笑ってくれた。
「指紋照合なんてサスガに気になるよ、いったい何をしでかして指紋を調べられてるんだろうってな、」
「それで本人を呼びだしたんですか?」
笑って訊き返しながら愉しくなってくる。
こんなにストレートな事情聴取も無いだろう、だから意図が解かる。
―蒔田さんも正直に答えるなんて思ってない、警告だな?
自分が「何か」動いている。
それを蒔田は気づいていると夏、この座敷で言ってくれた。
そして本音を話してくれている、その信頼に困り顔で笑ってくれた。
「たぶん宮田くんの事だから想定内だろう、でも実際の動きも知りたいだろうと思ってな?そしたら予想通りの名前が出たよ、」
やっぱり蒔田は解かっている。
そうでなければ「有能」と言われないだろう、そんな納得と笑いかけた。
「なぜ予想通りでしたか?」
「史料編纂の事は聴いていたからな、あれは実際ある話なんだ、前からな?」
告げてくれる回答に証拠ひとつ現れる。
今言われたのは思った通りなのだろう、その推定に問いかけた。
「史料編纂は50年前か、30年前からの話ですか?」
五十年前、三十年前、この歳月に重ならす存在がある。
それを蒔田は知っているのだろうか?
少なくとも断片は気づいているはず、そんな思案に笑顔ほろ苦く口開いた。
「そうだ、五十年前から始まっている、主任担当は定年後も変わっていない…そういうことか?」
そういうことか?
そう吐息ごと疑問符が投げかけて、前から眼差しが自分を映す。
その瞳は穏やかなまま凪いで、けれど深く、隠した14年の埋み火が熾きてゆく。
ずっと捜していた、悔いていた、そんな歳月を燈す道標ひとつ見つめて英二は微笑んだ。
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