recollections×temperature
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第79話 交点 act.5-side story「陽はまた昇る」
雪中の焚火は温かい、炎の色から温まる。
ぱちっ、
焚き木の爆ぜて金いろ散る、光ゆらいで燻ぶらす。
雪の竪穴に緋色きらめいて火影が熱い、そんな光と熱に英二は微笑んだ。
「雪の中で焚火って初めてです、国村さんは何度もありそうだけど、」
「あるけどね、敬語の時間は終わりじゃない?」
澄んだテノールが笑う言葉に左手首を覗きこむ。
火影ゆれる文字盤は分針が動く、そして打った刻限に笑いかけた。
「訓練中でも業務時間は定時ですか?」
「ってコトにしときな、ずっと敬語なんざ疲れちまうね、」
雪白の顔が笑って焚き木くべてくれる。
からん、燃え崩れる響きが雪の夜を谺する、この静謐に頷いた。
「じゃあ光一、遠慮なく喋りたいこと話していい?」
「もちろんだね、ほら、」
笑って缶ひとつ手渡してくれる。
そのラベルが去年の秋と同じで笑ってしまった。
「缶ビールなんか持ちこんで良いのかよ?おまえ今は小隊長だろが、」
「ふん、ホントお堅いねえ?」
やっぱりねえ?
そう言いたげなトーン笑ってプルリング引いてしまう。
ネックゲイターの口元もう啜りこんで、そんなザイルパートナに困りかけて言われた。
「去年の訓練を憶えてるだろ?雲取山荘に青梅署救助隊で泊ってさ、皆でビール呑んだケドああいう息抜きも大事な訓練だよ、ほらっ、」
白い手さらり伸ばされてプルリング引かれてしまう。
かつん、乾いた音ひとつアルコール香らせて雪白の笑顔ほころんだ。
「ハイ、かんぱいっ、」
かんっ、
涼やかな音の響いて缶ぶつけてくれる。
そんな上司の態度に笑って質問なげかけた。
「訓練と息抜きの緩急をつけることも精神的な訓練ってこと?」
「そ、だから今きっちり息抜きしなね、」
言いながら缶ビール口つけて笑ってくれる。
もう素直に頷くしかないかな?そう肚決めて啜りこんだ一口すぐ笑った。
「光一、これってノンアルコールビールだろ?」
訊きながら確かめたラベルは似ているけれど違う。
そのパーセント表示へと底抜けに明るい目も笑った。
「アルコール抜きでも飲んだ気分でリラックスの訓練だよ、気の持ちようって俺たちは必要だからね?」
気の持ちよう、そんな言葉に現場たちの記憶が分厚い。
確かに自身がそれだけだ?そう認めるまま笑いかけた。
「そうだな、俺も気持ちが折れてたら死んでたかもしれない、何度も、」
生きること、
その一点に諦めなかったから自分は今もここに居る。
そんな実感に焚火ぱちり爆ぜてザイルパートナーが微笑んだ。
「ホントおまえは悪運が強いよね、最初が富士だったのが良かったんじゃない?」
「そうかもしれないな、」
認めて自分の頬そっと触れてみる。
ふれる指先なめらかに何も無い、けれど体温が上がれば傷痕ひとつ浮びだす。
『最高峰の竜の爪痕だね、山の御守だよ?』
この傷をそんなふう言祝いでくれたのは二人、その一人が火影の向こう口遊んだ。
「富士、鋸尾根、アイガー、で、この間の真名井沢。まだ一年ちっとなのに経験豊富だね、やっぱ富士の竜に護られてんじゃない?」
まだ一年、それでも4度の危険に遭っている。
そして今後も遭わないとは限らない、この現実に笑いかけた。
「そうだと嬉しいよ、」
こんな自分でも神は護ってくれるだろうか?
そんな自問へ底抜けに明るい瞳が笑ってくれた。
「ほら、その笑顔が富士の神もタラシこんでるね?」
からり笑ってくれる声が焚火の夜を明るます。
こんなふうに去年の秋も時を過ごした、その記憶に微笑んだ。
「去年の秋、初めてビバークした時も焚火かこみながら言われたよな、笑顔がどうのって、」
「ソンナことも話したっけね、」
応えながらノンアルコールビールに笑ってくれる。
火影きらめく瞳は去年と同じ底抜けに明るい、けれど深くなった。
この深みだけ重ねた時間と言葉たち見つめて、ただ穏やかに尋ねた。
「光一、いま山だから聴いてくれるか?訓練の合間だけど、」
俺は英二を信じて黙秘と黙認する、でも泣きたいときは俺を山に誘いな?一緒に山登って一緒に泣いてやる、
そう言ってくれた相手に今聴いてほしい。
そんな願い向きあう焚火のほとり、澄んだ眼差しが微笑んだ。
「山だからね、」
ここは山、人間が治められる場所とは違う。
だから話せることに呼吸ひとつ英二は口を開いた。
「俺が司法試験も受かってること、今は光一も知ってるよな?」
警察官になって自分から言うのは初めてだ。
けれど今は互いの立場に知られて当り前、その通りに明眸が頷いた。
「上官として人事把握はしてるからね、」
正直な肯定してくれる、そんな相手に信頼また一つ積む。
そうしてまた話したくなる願いに当然の疑問を笑いかけた。
「なんで司法修習を受けないんだって思ったろ?」
「ふん、なんで受けないワケ?」
そのまま返して真直ぐ見つめてくれる。
ぱちり、炎また爆ぜる光ごし事実を言った。
「俺の母方の祖父は元官僚だって話したけど、裏まで掴んでる立場にいるんだ、今も、」
ただ官僚だった、それだけなら敢えて話す必要もないだろう。
だけど祖父の現実は単純じゃない、だからこそ口開いた今に真っすぐな瞳が訊いた。
「だからおまえ訊いたんだね、あの爺サンと同じ側の人間ならドウするってさ?」
「ああ、」
頷いて枯枝ひとつ、からり雪の焚火へくべる。
ぱちり金粉の爆ぜて炎をのばす、ゆれる光に澄んだ声が尋ねた。
「疑われるの怖いから隠したいって言ったのにさ、なんで俺に話そうって決めた?」
「他の人間から聴かれるより俺から話したいって思ったんだ、」
思うまま声にして缶へ口つける。
唇から喉へ発泡おりてゆく、その冷たさ呑みこんで言った。
「祖父は俺を東大にいかせて官僚にしたがったんだ、自分の権力を俺に継がせようって考えてる、今もな、」
今も、
この現在進行形にアンザイレンパートナーは何を思うだろう?
この自分を疑うだろうか、それとも信じてくれる?その分岐点に焚火は黄金の熱ゆらす。
(to be continued)
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第79話 交点 act.5-side story「陽はまた昇る」
雪中の焚火は温かい、炎の色から温まる。
ぱちっ、
焚き木の爆ぜて金いろ散る、光ゆらいで燻ぶらす。
雪の竪穴に緋色きらめいて火影が熱い、そんな光と熱に英二は微笑んだ。
「雪の中で焚火って初めてです、国村さんは何度もありそうだけど、」
「あるけどね、敬語の時間は終わりじゃない?」
澄んだテノールが笑う言葉に左手首を覗きこむ。
火影ゆれる文字盤は分針が動く、そして打った刻限に笑いかけた。
「訓練中でも業務時間は定時ですか?」
「ってコトにしときな、ずっと敬語なんざ疲れちまうね、」
雪白の顔が笑って焚き木くべてくれる。
からん、燃え崩れる響きが雪の夜を谺する、この静謐に頷いた。
「じゃあ光一、遠慮なく喋りたいこと話していい?」
「もちろんだね、ほら、」
笑って缶ひとつ手渡してくれる。
そのラベルが去年の秋と同じで笑ってしまった。
「缶ビールなんか持ちこんで良いのかよ?おまえ今は小隊長だろが、」
「ふん、ホントお堅いねえ?」
やっぱりねえ?
そう言いたげなトーン笑ってプルリング引いてしまう。
ネックゲイターの口元もう啜りこんで、そんなザイルパートナに困りかけて言われた。
「去年の訓練を憶えてるだろ?雲取山荘に青梅署救助隊で泊ってさ、皆でビール呑んだケドああいう息抜きも大事な訓練だよ、ほらっ、」
白い手さらり伸ばされてプルリング引かれてしまう。
かつん、乾いた音ひとつアルコール香らせて雪白の笑顔ほころんだ。
「ハイ、かんぱいっ、」
かんっ、
涼やかな音の響いて缶ぶつけてくれる。
そんな上司の態度に笑って質問なげかけた。
「訓練と息抜きの緩急をつけることも精神的な訓練ってこと?」
「そ、だから今きっちり息抜きしなね、」
言いながら缶ビール口つけて笑ってくれる。
もう素直に頷くしかないかな?そう肚決めて啜りこんだ一口すぐ笑った。
「光一、これってノンアルコールビールだろ?」
訊きながら確かめたラベルは似ているけれど違う。
そのパーセント表示へと底抜けに明るい目も笑った。
「アルコール抜きでも飲んだ気分でリラックスの訓練だよ、気の持ちようって俺たちは必要だからね?」
気の持ちよう、そんな言葉に現場たちの記憶が分厚い。
確かに自身がそれだけだ?そう認めるまま笑いかけた。
「そうだな、俺も気持ちが折れてたら死んでたかもしれない、何度も、」
生きること、
その一点に諦めなかったから自分は今もここに居る。
そんな実感に焚火ぱちり爆ぜてザイルパートナーが微笑んだ。
「ホントおまえは悪運が強いよね、最初が富士だったのが良かったんじゃない?」
「そうかもしれないな、」
認めて自分の頬そっと触れてみる。
ふれる指先なめらかに何も無い、けれど体温が上がれば傷痕ひとつ浮びだす。
『最高峰の竜の爪痕だね、山の御守だよ?』
この傷をそんなふう言祝いでくれたのは二人、その一人が火影の向こう口遊んだ。
「富士、鋸尾根、アイガー、で、この間の真名井沢。まだ一年ちっとなのに経験豊富だね、やっぱ富士の竜に護られてんじゃない?」
まだ一年、それでも4度の危険に遭っている。
そして今後も遭わないとは限らない、この現実に笑いかけた。
「そうだと嬉しいよ、」
こんな自分でも神は護ってくれるだろうか?
そんな自問へ底抜けに明るい瞳が笑ってくれた。
「ほら、その笑顔が富士の神もタラシこんでるね?」
からり笑ってくれる声が焚火の夜を明るます。
こんなふうに去年の秋も時を過ごした、その記憶に微笑んだ。
「去年の秋、初めてビバークした時も焚火かこみながら言われたよな、笑顔がどうのって、」
「ソンナことも話したっけね、」
応えながらノンアルコールビールに笑ってくれる。
火影きらめく瞳は去年と同じ底抜けに明るい、けれど深くなった。
この深みだけ重ねた時間と言葉たち見つめて、ただ穏やかに尋ねた。
「光一、いま山だから聴いてくれるか?訓練の合間だけど、」
俺は英二を信じて黙秘と黙認する、でも泣きたいときは俺を山に誘いな?一緒に山登って一緒に泣いてやる、
そう言ってくれた相手に今聴いてほしい。
そんな願い向きあう焚火のほとり、澄んだ眼差しが微笑んだ。
「山だからね、」
ここは山、人間が治められる場所とは違う。
だから話せることに呼吸ひとつ英二は口を開いた。
「俺が司法試験も受かってること、今は光一も知ってるよな?」
警察官になって自分から言うのは初めてだ。
けれど今は互いの立場に知られて当り前、その通りに明眸が頷いた。
「上官として人事把握はしてるからね、」
正直な肯定してくれる、そんな相手に信頼また一つ積む。
そうしてまた話したくなる願いに当然の疑問を笑いかけた。
「なんで司法修習を受けないんだって思ったろ?」
「ふん、なんで受けないワケ?」
そのまま返して真直ぐ見つめてくれる。
ぱちり、炎また爆ぜる光ごし事実を言った。
「俺の母方の祖父は元官僚だって話したけど、裏まで掴んでる立場にいるんだ、今も、」
ただ官僚だった、それだけなら敢えて話す必要もないだろう。
だけど祖父の現実は単純じゃない、だからこそ口開いた今に真っすぐな瞳が訊いた。
「だからおまえ訊いたんだね、あの爺サンと同じ側の人間ならドウするってさ?」
「ああ、」
頷いて枯枝ひとつ、からり雪の焚火へくべる。
ぱちり金粉の爆ぜて炎をのばす、ゆれる光に澄んだ声が尋ねた。
「疑われるの怖いから隠したいって言ったのにさ、なんで俺に話そうって決めた?」
「他の人間から聴かれるより俺から話したいって思ったんだ、」
思うまま声にして缶へ口つける。
唇から喉へ発泡おりてゆく、その冷たさ呑みこんで言った。
「祖父は俺を東大にいかせて官僚にしたがったんだ、自分の権力を俺に継がせようって考えてる、今もな、」
今も、
この現在進行形にアンザイレンパートナーは何を思うだろう?
この自分を疑うだろうか、それとも信じてくれる?その分岐点に焚火は黄金の熱ゆらす。
(to be continued)
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