cryopreservation 凍れる時間
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/88/81c67978781c59e7aaacabbdbcb826ca.jpg)
第79話 光点act.2-another,side story「陽はまた昇る」
訊かれた言葉に雪が降る、けれど消えない。
「1962年4月に川崎の住宅街に近い雑木林で変死体が発見されている、こめかみを撃ちぬいた状態で拳銃を握っていた、」
低い声に小雪が舞う、ライト薄暗いグラウンドに白く積もらせる。
点々と足跡が走りながら隣の横顔は前を向いたままで、けれど周太に告げた。
「その遺体は退役軍人でな、戦後は元軍需産業だった会社に勤めたが解雇されて食い詰めていたらしい。その会社の技術顧問は湯原という姓だ、」
ほら、事実がもう追い詰められる。
「伊達さん…どうしてそんなこと知っているんですか?」
「湯原警部補のことを調べたって言ったろ、過去の事件はWEBでも見られる、」
低い声いつもの沈毅に応えてくれる、その声に足音はリズム崩れない。
どこにも嘘は無いのだろう、そんな空気のまま問われた。
「事件の翌々日の新聞、その技術顧問が訃報欄に載ってた。住所は川崎になってたが湯原の実家じゃないのか?」
本当はもう知っている、けれど確かめているだけだ?
そう解る、だから噤んでランニングする吐息が白い。
―お祖父さんの小説と同じ結論に伊達さんは辿り着こうとしてる、でも、
この男は何をどこまで調べたのだろう?
この事を自分は祖父の小説を読むまで思い至らなかった、けれど伊達は調べてしまう。
こんなふうに自分の限界また見せられながら走る吐息の隣、まっすぐ前を見つめる横顔は言った。
「その退役軍人の孫がこの駐屯地にいるらしい、湯原、話してみたいか?」
どうしてそこまで知っているの?
こんなこと自分は辿りつけなかった、もう14年懸けているのに?
それなのに他人の口から聴かされるなんて悔しくて解らなくて凍える唇が動いた。
「どうして伊達さんはそんなことまで知っているんですか?僕は…14年ずっと捜していたのに、」
解らない、なぜ他人の伊達が辿り着けて自分は無理なのか。
こんな想い前にも何度も抱いている、その俤が今は哀しい。
―英二も伊達さんも僕より優秀なだけなんだ、僕が出来ないだけって解ってるのに、でも、
父のこと、祖父のこと曾祖父のこと。
三人それぞれに優秀だった、その息子は自分だ、なのに自分は辿れない。
そんな現実が悔しくて哀しくて意固地な鎧が覆いだす、けれど軽やかに隣が笑った。
「一般人と警察官じゃ捜査能力が違って当り前だろ、2年の差なめんなよ?」
ぽん、
背中そっと敲かれて呼吸する、その空気に雪が涼む。
ランニングの体は温まりながら冷たい呼気に意識は冴えてゆく、そんな感覚と言葉に微笑んだ。
「なめんなよ、なんて伊達さんでも言うんですね?」
「湯原は言わなそうだな、」
すこし笑ったトーン返してくれる声は澱まない。
どこまでも後ろめたさが無い、そう解かる横顔に尋ねた。
「あの…どうしてこんなに僕に構ってくれるんですか?父のことそんなに調べて…僕に関わるのは危ないんじゃないですか?」
父のこと、それは警察組織の禁域に踏みこむ。
そう今はもう解っている、この理解を裏付けてしまう事実を口にした。
「本当は僕は処分されるはずでしたよね、現場で命令違反したんですから…なのに謹慎処分だけでした、それも実際には有休扱いになって周囲の誰もが不審がらないように処理されて…それに喘息も上の人は皆知っていますよね、入院したことにまでなってるんですから、」
2週間前に初めて現場で狙撃した、そのとき射殺命令に自分は背いている。
それで謹慎処分になったのに寮を脱け出して、けれど「喘息発作で入院」してしまった。
こんなにもトラブル続きの新人を除隊させないなど異様だ?その問いかけに沈毅な瞳すこし微笑んだ。
「湯原の教育係は俺だしパートナーだからな、一蓮托生の相手を放置したら俺も無事じゃ済まんだろ?」
「そうかもしれませんけど、でも伊達さんならパートナー解消してもっと優秀な人と組めます、」
さくっさくっ、
話しているランニングの足元は雪深くなってゆく。
照明に粉雪の白色きらめいて降りしきる、そんなグラウンドに深い眼差しが笑った。
「湯原は俺のこと嫌いなのか?」
すごいストレートな質問じゃない?
「え、あの…っ」
こんな質問は詰まらされる、だって予想外だ?
それに同じ質問された記憶が熱に逆上せてしまう、違うと解っているのに?
『周太…俺のこと嫌い?』
ほら記憶から綺麗な低い声が縋ってくる、綺麗な切長い瞳が泣きそうになる。
こんなこと今ここで思いだすなんて幾らなんでも呑気すぎてかつ大人気ない。
―まって英二のしつもんと意味ぜんぜんちがうから僕ちょっとおちついて?
ああ何だって今こんなこと思い出しちゃうんだろう?
こんな自分は緊張感が足りなすぎる、今どこで何をしているか考えたら雑念の暇なんて無いのに?
こんなふうだから両親に「のんきさん」だなんて呼ばれていたのだろう、そんな思案ごと首軽くふって答えた。
「あの嫌いじゃありません、この間も話したとおり僕は疑り深いんです…すみません、」
本当に自分は疑り深い、そう自覚している。
こんなふうに誰かを疑うことは苦しい、もう全て已めてしまいたくなる。
それでも14年ずっと捜している真実に今更もう諦められない、こんな本音に言ってくれた。
「疑って当然だ、俺も同じ立場ならそうしてる、」
当然だ、なんて言ってくれるの?
「俺も最初は何げない興味だったよ、湯原の配属に納得出来なくて少し探ったら湯原警部補のことを知ったんだ。しかも俺は突き詰めないと気が済まない性質でな、このことも知るほどパズルみたいにハマりこんで組みあがるたび懐疑的になってる、だから湯原の疑う気持ちは解かるよ、」
さくっさくっ、
白いグラウンドに足跡に陰翳は蒼い、その踏み跡は数が減っていく。
かすかに煌めく結晶たち儚くて、それなのに積もりゆく足元に先輩は微笑んだ。
「上がるぞ、風呂で温まって飯にしよう、薬も忘れるなよ?」
ほら、また瞳やわらかに笑ってくれる。
この眼差しを疑うなんて哀しい、そんな本音に少し微笑んだ。
「はい…あの、くらぶでのむって楽しいですか?」
飯の後は駐屯地内のクラブに行くぞ、その退役軍人の孫がこの駐屯地にいるらしい。
そう告げてくれた言葉を信じてみたい。
もしかしたら罠かもしれないとも思っている、それでも隣の男は信じたい願いに笑ってくれた。
「やっぱり湯原、クラブとか初体験か?」
あ、そんな訊き方されると思いだしちゃうのに?
そう思ったまま懐かしくて笑いかけた。
「はい、いったこと無いです…なんか伊達さんて僕の幼馴染と似ています、」
「そうか?前もそんなこと言ってたな、」
笑って応えてくれる声は低いのに温かい。
この温もりに懐かしみながら軽く走ってゆく頬へ雪なぶる、この冷たさも慕わしい。
―雪の御岳山を英二と、光一は山梨に連れて行ってくれて…お父さんも奥多摩に、
周、雪山を見せてあげるよ?
そう笑ってくれた冬の朝、あの日は今も宝物でいる。
あのとき雪の森で出逢った人に隣の笑顔すこし似ていて、そして唯ひとりの人にも少し似ている。
こんなふうに大切な俤たち重ねたくなるのは自分の弱さかもしれない、そんな想いごと雪は足もと深まらす。
(to be continued)
【資料出典:毛利元貞『図解特殊警察』/伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】
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第79話 光点act.2-another,side story「陽はまた昇る」
訊かれた言葉に雪が降る、けれど消えない。
「1962年4月に川崎の住宅街に近い雑木林で変死体が発見されている、こめかみを撃ちぬいた状態で拳銃を握っていた、」
低い声に小雪が舞う、ライト薄暗いグラウンドに白く積もらせる。
点々と足跡が走りながら隣の横顔は前を向いたままで、けれど周太に告げた。
「その遺体は退役軍人でな、戦後は元軍需産業だった会社に勤めたが解雇されて食い詰めていたらしい。その会社の技術顧問は湯原という姓だ、」
ほら、事実がもう追い詰められる。
「伊達さん…どうしてそんなこと知っているんですか?」
「湯原警部補のことを調べたって言ったろ、過去の事件はWEBでも見られる、」
低い声いつもの沈毅に応えてくれる、その声に足音はリズム崩れない。
どこにも嘘は無いのだろう、そんな空気のまま問われた。
「事件の翌々日の新聞、その技術顧問が訃報欄に載ってた。住所は川崎になってたが湯原の実家じゃないのか?」
本当はもう知っている、けれど確かめているだけだ?
そう解る、だから噤んでランニングする吐息が白い。
―お祖父さんの小説と同じ結論に伊達さんは辿り着こうとしてる、でも、
この男は何をどこまで調べたのだろう?
この事を自分は祖父の小説を読むまで思い至らなかった、けれど伊達は調べてしまう。
こんなふうに自分の限界また見せられながら走る吐息の隣、まっすぐ前を見つめる横顔は言った。
「その退役軍人の孫がこの駐屯地にいるらしい、湯原、話してみたいか?」
どうしてそこまで知っているの?
こんなこと自分は辿りつけなかった、もう14年懸けているのに?
それなのに他人の口から聴かされるなんて悔しくて解らなくて凍える唇が動いた。
「どうして伊達さんはそんなことまで知っているんですか?僕は…14年ずっと捜していたのに、」
解らない、なぜ他人の伊達が辿り着けて自分は無理なのか。
こんな想い前にも何度も抱いている、その俤が今は哀しい。
―英二も伊達さんも僕より優秀なだけなんだ、僕が出来ないだけって解ってるのに、でも、
父のこと、祖父のこと曾祖父のこと。
三人それぞれに優秀だった、その息子は自分だ、なのに自分は辿れない。
そんな現実が悔しくて哀しくて意固地な鎧が覆いだす、けれど軽やかに隣が笑った。
「一般人と警察官じゃ捜査能力が違って当り前だろ、2年の差なめんなよ?」
ぽん、
背中そっと敲かれて呼吸する、その空気に雪が涼む。
ランニングの体は温まりながら冷たい呼気に意識は冴えてゆく、そんな感覚と言葉に微笑んだ。
「なめんなよ、なんて伊達さんでも言うんですね?」
「湯原は言わなそうだな、」
すこし笑ったトーン返してくれる声は澱まない。
どこまでも後ろめたさが無い、そう解かる横顔に尋ねた。
「あの…どうしてこんなに僕に構ってくれるんですか?父のことそんなに調べて…僕に関わるのは危ないんじゃないですか?」
父のこと、それは警察組織の禁域に踏みこむ。
そう今はもう解っている、この理解を裏付けてしまう事実を口にした。
「本当は僕は処分されるはずでしたよね、現場で命令違反したんですから…なのに謹慎処分だけでした、それも実際には有休扱いになって周囲の誰もが不審がらないように処理されて…それに喘息も上の人は皆知っていますよね、入院したことにまでなってるんですから、」
2週間前に初めて現場で狙撃した、そのとき射殺命令に自分は背いている。
それで謹慎処分になったのに寮を脱け出して、けれど「喘息発作で入院」してしまった。
こんなにもトラブル続きの新人を除隊させないなど異様だ?その問いかけに沈毅な瞳すこし微笑んだ。
「湯原の教育係は俺だしパートナーだからな、一蓮托生の相手を放置したら俺も無事じゃ済まんだろ?」
「そうかもしれませんけど、でも伊達さんならパートナー解消してもっと優秀な人と組めます、」
さくっさくっ、
話しているランニングの足元は雪深くなってゆく。
照明に粉雪の白色きらめいて降りしきる、そんなグラウンドに深い眼差しが笑った。
「湯原は俺のこと嫌いなのか?」
すごいストレートな質問じゃない?
「え、あの…っ」
こんな質問は詰まらされる、だって予想外だ?
それに同じ質問された記憶が熱に逆上せてしまう、違うと解っているのに?
『周太…俺のこと嫌い?』
ほら記憶から綺麗な低い声が縋ってくる、綺麗な切長い瞳が泣きそうになる。
こんなこと今ここで思いだすなんて幾らなんでも呑気すぎてかつ大人気ない。
―まって英二のしつもんと意味ぜんぜんちがうから僕ちょっとおちついて?
ああ何だって今こんなこと思い出しちゃうんだろう?
こんな自分は緊張感が足りなすぎる、今どこで何をしているか考えたら雑念の暇なんて無いのに?
こんなふうだから両親に「のんきさん」だなんて呼ばれていたのだろう、そんな思案ごと首軽くふって答えた。
「あの嫌いじゃありません、この間も話したとおり僕は疑り深いんです…すみません、」
本当に自分は疑り深い、そう自覚している。
こんなふうに誰かを疑うことは苦しい、もう全て已めてしまいたくなる。
それでも14年ずっと捜している真実に今更もう諦められない、こんな本音に言ってくれた。
「疑って当然だ、俺も同じ立場ならそうしてる、」
当然だ、なんて言ってくれるの?
「俺も最初は何げない興味だったよ、湯原の配属に納得出来なくて少し探ったら湯原警部補のことを知ったんだ。しかも俺は突き詰めないと気が済まない性質でな、このことも知るほどパズルみたいにハマりこんで組みあがるたび懐疑的になってる、だから湯原の疑う気持ちは解かるよ、」
さくっさくっ、
白いグラウンドに足跡に陰翳は蒼い、その踏み跡は数が減っていく。
かすかに煌めく結晶たち儚くて、それなのに積もりゆく足元に先輩は微笑んだ。
「上がるぞ、風呂で温まって飯にしよう、薬も忘れるなよ?」
ほら、また瞳やわらかに笑ってくれる。
この眼差しを疑うなんて哀しい、そんな本音に少し微笑んだ。
「はい…あの、くらぶでのむって楽しいですか?」
飯の後は駐屯地内のクラブに行くぞ、その退役軍人の孫がこの駐屯地にいるらしい。
そう告げてくれた言葉を信じてみたい。
もしかしたら罠かもしれないとも思っている、それでも隣の男は信じたい願いに笑ってくれた。
「やっぱり湯原、クラブとか初体験か?」
あ、そんな訊き方されると思いだしちゃうのに?
そう思ったまま懐かしくて笑いかけた。
「はい、いったこと無いです…なんか伊達さんて僕の幼馴染と似ています、」
「そうか?前もそんなこと言ってたな、」
笑って応えてくれる声は低いのに温かい。
この温もりに懐かしみながら軽く走ってゆく頬へ雪なぶる、この冷たさも慕わしい。
―雪の御岳山を英二と、光一は山梨に連れて行ってくれて…お父さんも奥多摩に、
周、雪山を見せてあげるよ?
そう笑ってくれた冬の朝、あの日は今も宝物でいる。
あのとき雪の森で出逢った人に隣の笑顔すこし似ていて、そして唯ひとりの人にも少し似ている。
こんなふうに大切な俤たち重ねたくなるのは自分の弱さかもしれない、そんな想いごと雪は足もと深まらす。
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【資料出典:毛利元貞『図解特殊警察』/伊藤鋼一『警視庁・特殊部隊の真実』】
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