I am a little world made cunningly
第84話 整音 act.6-side story「陽はまた昇る」
エンジン音が止んだ、呼ばれる。
「着きましたよ、英二さん?」
見披いて、フロントガラスの空が白い。
三月の曇は寒々しい、その白そびえる屋敷は温かいだろうか?
そんな帰宅にシートベルト外し扉を開けて、登山靴の足で庭に立った。
「は…、」
呼吸して冷たく肺腑を沁みる、けれど甘い。
花が咲いているのだろう、そんな庭へ左肩の固定を抱え踏みこんだ。
「おんっ、」
ほら昔なじみが呼びかける。
緑あわい芝生を黒犬が跳ぶ、駆けよる愛犬に英二は笑った。
「ただいまヴァイゼ、」
呼んだジャーマンシェーパードが前に座る。
ふっさり大きな黒い尻尾なびかせ見あげて、その澄んだ瞳に微笑んだ。
「俺が怪我してるから寝転ばないのか?」
「くん、」
鳴らした鼻そっと右手に近寄せる。
濡れた温もり小さくふれて、左脚ゆっくり屈み片手に抱いた。
「ヴァイゼ、しばらく世話になるよ?」
微笑んだ頬やわらかな毛なみ受けとめる。
三月の愛犬は冬毛なおさら温かで、大きな耳そっと撫で立ちあがった。
「おいでヴァイゼ、」
「おんっ、」
見あげて黒い尻尾やわらかに付いてくる。
疼く左肩と脚かばい歩いて玄関前、チャコールグレイのコート姿が微笑んだ。
「やっと笑いましたね、英二さん?」
穏やかな声とロマンスグレーが微笑む。
その言われた言葉に笑いかけた。
「中森さん、俺そんなに笑っていなかった?」
自覚あまり無かったな?
申し訳なさ笑いかけて言われた。
「はい、病院を出る前から口をきいていません、」
「そっか、ごめん、」
謝りながら思考めぐりだす、まず何を聴くべきだろう?
―いつから繋がってたんだ、意外な組み合わせだけど、
なぜ『おまえと眼が似た人』が絡めたのか?
誘因はこの「住人」それとも「家」にある?
考えに愛犬ならんで歩くまま家宰が微笑んだ。
「英二さん、バラが咲いていますよ?」
このために「協力」してくれた、この家宰は。
『バラはお庭でご覧になるほうがお好きでしょう?』
警察病院でも言っていたとおり花は咲いている。
その深紅は曇空に燈を灯して温かい。
安楽椅子は昔なじみ、傷ついた体すら受けとめる。
「は…、」
座りこんだテラスも窓の空が白い、それでも温度は違う。
外気すこし曇らすガラスの庭を眺めて、静かな屋敷の気配に微笑んだ。
「ヴァイゼ、ほんとに独りで留守番してたんだな?えらいな、」
笑いかけ耳そっと撫でて愛犬が瞳を細める。
足もと寝そべって尻尾ゆたかに黒艶めかす、その毛並すこしだけ白まじる。
もう老齢、けれど美しいジャーマンシェパードは右脚へよりそって優しい。
「俺が左脚を怪我してるって解かるんだな、ヴァイゼは?」
呼びかけて瞳つぶらに見あげてくれる。
すこし誇らしげ、そんな眼ざしに微笑んで呼ばれた。
「英二さん、お部屋の支度もできていますがお茶はこちらで?」
声に馥郁あまく紅茶が香る。
もう淹れてくれた、その気配にふりむき微笑んだ。
「祖父は俺がいる間に帰る予定?」
このタイミングで留守なのは「予定」だろう?
最近に解かった性向に可笑しくて、つい笑って言われた。
「英二さん次第かと思いますよ?安心なさればお帰りになります、」
安心って、そういうことなんだ?
想ったとおりの「予定」に愉しくて訊いてみた。
「俺が怒ったと想って逃げたんだ?その根回しもあるんだろうけど、」
あの祖父がただ逃げるなど無いだろう?
そんなティーカップの湯気ごし家宰は微笑んだ。
「6年前と同じは困ると克憲様も想っていますよ?ご自分のことを知らず決められることは英二さん、いちばんお嫌いですから、」
そんなふうに想ってくれている?
すこし意外で、けれど今秋から見ている貌に笑いかけた。
「後悔してくれてるなら嬉しいけど、でも今も同じに考えてるってことは勝手に動いたんだ?」
予想しなかったことじゃない、最初から考えていた。
そのパートナーになった手はティーカップを置き微笑んだ。
「動かされた、と言うほうが正しいと思います。克憲様が遠慮する方がお一人おられるでしょう?」
やっぱりそういうことだ?
「…中森さん、ここ座ってくれる?」
ため息まじり微笑んでティーカップ口つける。
あまい湯気そっとすすりこんで、熱い馥郁に家宰が訊いた。
「同席は、友人として話せということですか?」
「俺はいつもそうだよ、どうぞ?」
微笑んで向かいの安楽椅子に促さす。
チャコールグレーのニット姿は端正に一礼して、そっと腰かけ微笑んだ。
「友人として、想ったままお答えしろと言うことですね?」
「うん、遠慮なく正直に言ってほしいんだ、」
笑いかけて紅茶に唇ふれる。
熱あまく喉すべりこんで、ほっと息つき尋ねた。
「昨日この家に祖母が来たのは、祖父が俺を養子にすることで呼んだから?」
その件、誰より先に了承を得たがるだろう?
そんな祖父の思考トレースしたまま家宰は肯いた。
「はい、宮田様の嫡孫を戴くならご挨拶をと、」
「そっか、変なとこで真面目だな?」
微笑んだ唇の端すこしほろ苦い。
いくらか見誤ったようだ、ちいさなミスに祖父の秘書官は言った。
「克憲様は宮田様、英二さんのお祖父様を尊敬しておられます、その嫡孫である英二さんを養子に戴くことを本気で光栄に想っているんですよ?」
そんなこと解かっている、今はもう。
だからこそ抱えた本音があまい香に零れた。
「そういうのってさ…ほんと、俺は作られたんだな?」
作られた、何のために?
その自覚ほろ苦く紅茶に呑みこんで、ただ笑った。
「祖父が宮田の祖父に憧れて、宮田の遺伝子を欲しくて俺を作らせたんだろ?宮田の血も鷲田の名前も無かったら、俺の存在価値はなんだろうな?」
自分は誰だ?
その疑問ずっと抱えてきた、あらためて今も見つめてしまう。
こんな自分だから本当に嬉しかった、あのとき唯ひとり「自分」を見つけてくれた、ただ君に逢いたい。
「中森さん、だから俺は分籍したんだよ?この家も宮田の家も棄てて、ただの俺だけになって生きてみたかった、」
想い唇こぼれて紅茶が香る。
あまい馥郁すすりこんで熱い、あまい熱に穏かな瞳が微笑んだ。
「私はただ英二さんが好きですよ?だから克憲様の命令よりも今、あなたの声を聴いています、」
ほら、また受けとめてくれる。
幾度こうして受けとめられたろう、昔なじみの眼ざしに笑いかけた。
「わかってるよ、だから俺も帰ってきたんだ。中森さんと話したかったから、」
「ありがとうございます、その話したい一番がありますね?」
深い穏やかなトーン訊いてくれる。
この声は何と答えてくれるだろう?かすかな不安と一通差しだした。
「あの現場へ行く前に書いたんだ、読んでくれる?」
これを読んでも同じに言ってくれるだろうか、この自分を「ただ好き」だと。
想い向きあったテラスの席、深い瞳は穏やかに微笑んだ。
「拝見します、」
受けとって胸ポケットからペーパーナイフ出してくれる。
封筒さくり丁寧に切って、便箋ひろげてくれる手は皺深いくせに若い。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
英二の今後が気になったら↓
にほんブログ村
blogramランキング参加中! FC2 Blog Ranking
英二24歳3月
第84話 整音 act.6-side story「陽はまた昇る」
エンジン音が止んだ、呼ばれる。
「着きましたよ、英二さん?」
見披いて、フロントガラスの空が白い。
三月の曇は寒々しい、その白そびえる屋敷は温かいだろうか?
そんな帰宅にシートベルト外し扉を開けて、登山靴の足で庭に立った。
「は…、」
呼吸して冷たく肺腑を沁みる、けれど甘い。
花が咲いているのだろう、そんな庭へ左肩の固定を抱え踏みこんだ。
「おんっ、」
ほら昔なじみが呼びかける。
緑あわい芝生を黒犬が跳ぶ、駆けよる愛犬に英二は笑った。
「ただいまヴァイゼ、」
呼んだジャーマンシェーパードが前に座る。
ふっさり大きな黒い尻尾なびかせ見あげて、その澄んだ瞳に微笑んだ。
「俺が怪我してるから寝転ばないのか?」
「くん、」
鳴らした鼻そっと右手に近寄せる。
濡れた温もり小さくふれて、左脚ゆっくり屈み片手に抱いた。
「ヴァイゼ、しばらく世話になるよ?」
微笑んだ頬やわらかな毛なみ受けとめる。
三月の愛犬は冬毛なおさら温かで、大きな耳そっと撫で立ちあがった。
「おいでヴァイゼ、」
「おんっ、」
見あげて黒い尻尾やわらかに付いてくる。
疼く左肩と脚かばい歩いて玄関前、チャコールグレイのコート姿が微笑んだ。
「やっと笑いましたね、英二さん?」
穏やかな声とロマンスグレーが微笑む。
その言われた言葉に笑いかけた。
「中森さん、俺そんなに笑っていなかった?」
自覚あまり無かったな?
申し訳なさ笑いかけて言われた。
「はい、病院を出る前から口をきいていません、」
「そっか、ごめん、」
謝りながら思考めぐりだす、まず何を聴くべきだろう?
―いつから繋がってたんだ、意外な組み合わせだけど、
なぜ『おまえと眼が似た人』が絡めたのか?
誘因はこの「住人」それとも「家」にある?
考えに愛犬ならんで歩くまま家宰が微笑んだ。
「英二さん、バラが咲いていますよ?」
このために「協力」してくれた、この家宰は。
『バラはお庭でご覧になるほうがお好きでしょう?』
警察病院でも言っていたとおり花は咲いている。
その深紅は曇空に燈を灯して温かい。
安楽椅子は昔なじみ、傷ついた体すら受けとめる。
「は…、」
座りこんだテラスも窓の空が白い、それでも温度は違う。
外気すこし曇らすガラスの庭を眺めて、静かな屋敷の気配に微笑んだ。
「ヴァイゼ、ほんとに独りで留守番してたんだな?えらいな、」
笑いかけ耳そっと撫でて愛犬が瞳を細める。
足もと寝そべって尻尾ゆたかに黒艶めかす、その毛並すこしだけ白まじる。
もう老齢、けれど美しいジャーマンシェパードは右脚へよりそって優しい。
「俺が左脚を怪我してるって解かるんだな、ヴァイゼは?」
呼びかけて瞳つぶらに見あげてくれる。
すこし誇らしげ、そんな眼ざしに微笑んで呼ばれた。
「英二さん、お部屋の支度もできていますがお茶はこちらで?」
声に馥郁あまく紅茶が香る。
もう淹れてくれた、その気配にふりむき微笑んだ。
「祖父は俺がいる間に帰る予定?」
このタイミングで留守なのは「予定」だろう?
最近に解かった性向に可笑しくて、つい笑って言われた。
「英二さん次第かと思いますよ?安心なさればお帰りになります、」
安心って、そういうことなんだ?
想ったとおりの「予定」に愉しくて訊いてみた。
「俺が怒ったと想って逃げたんだ?その根回しもあるんだろうけど、」
あの祖父がただ逃げるなど無いだろう?
そんなティーカップの湯気ごし家宰は微笑んだ。
「6年前と同じは困ると克憲様も想っていますよ?ご自分のことを知らず決められることは英二さん、いちばんお嫌いですから、」
そんなふうに想ってくれている?
すこし意外で、けれど今秋から見ている貌に笑いかけた。
「後悔してくれてるなら嬉しいけど、でも今も同じに考えてるってことは勝手に動いたんだ?」
予想しなかったことじゃない、最初から考えていた。
そのパートナーになった手はティーカップを置き微笑んだ。
「動かされた、と言うほうが正しいと思います。克憲様が遠慮する方がお一人おられるでしょう?」
やっぱりそういうことだ?
「…中森さん、ここ座ってくれる?」
ため息まじり微笑んでティーカップ口つける。
あまい湯気そっとすすりこんで、熱い馥郁に家宰が訊いた。
「同席は、友人として話せということですか?」
「俺はいつもそうだよ、どうぞ?」
微笑んで向かいの安楽椅子に促さす。
チャコールグレーのニット姿は端正に一礼して、そっと腰かけ微笑んだ。
「友人として、想ったままお答えしろと言うことですね?」
「うん、遠慮なく正直に言ってほしいんだ、」
笑いかけて紅茶に唇ふれる。
熱あまく喉すべりこんで、ほっと息つき尋ねた。
「昨日この家に祖母が来たのは、祖父が俺を養子にすることで呼んだから?」
その件、誰より先に了承を得たがるだろう?
そんな祖父の思考トレースしたまま家宰は肯いた。
「はい、宮田様の嫡孫を戴くならご挨拶をと、」
「そっか、変なとこで真面目だな?」
微笑んだ唇の端すこしほろ苦い。
いくらか見誤ったようだ、ちいさなミスに祖父の秘書官は言った。
「克憲様は宮田様、英二さんのお祖父様を尊敬しておられます、その嫡孫である英二さんを養子に戴くことを本気で光栄に想っているんですよ?」
そんなこと解かっている、今はもう。
だからこそ抱えた本音があまい香に零れた。
「そういうのってさ…ほんと、俺は作られたんだな?」
作られた、何のために?
その自覚ほろ苦く紅茶に呑みこんで、ただ笑った。
「祖父が宮田の祖父に憧れて、宮田の遺伝子を欲しくて俺を作らせたんだろ?宮田の血も鷲田の名前も無かったら、俺の存在価値はなんだろうな?」
自分は誰だ?
その疑問ずっと抱えてきた、あらためて今も見つめてしまう。
こんな自分だから本当に嬉しかった、あのとき唯ひとり「自分」を見つけてくれた、ただ君に逢いたい。
「中森さん、だから俺は分籍したんだよ?この家も宮田の家も棄てて、ただの俺だけになって生きてみたかった、」
想い唇こぼれて紅茶が香る。
あまい馥郁すすりこんで熱い、あまい熱に穏かな瞳が微笑んだ。
「私はただ英二さんが好きですよ?だから克憲様の命令よりも今、あなたの声を聴いています、」
ほら、また受けとめてくれる。
幾度こうして受けとめられたろう、昔なじみの眼ざしに笑いかけた。
「わかってるよ、だから俺も帰ってきたんだ。中森さんと話したかったから、」
「ありがとうございます、その話したい一番がありますね?」
深い穏やかなトーン訊いてくれる。
この声は何と答えてくれるだろう?かすかな不安と一通差しだした。
「あの現場へ行く前に書いたんだ、読んでくれる?」
これを読んでも同じに言ってくれるだろうか、この自分を「ただ好き」だと。
想い向きあったテラスの席、深い瞳は穏やかに微笑んだ。
「拝見します、」
受けとって胸ポケットからペーパーナイフ出してくれる。
封筒さくり丁寧に切って、便箋ひろげてくれる手は皺深いくせに若い。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
英二の今後が気になったら↓
にほんブログ村
blogramランキング参加中! FC2 Blog Ranking