Pour new seas in mine eyes, that so I might 抱かれる時
第84話 整音 act.9-side story「陽はまた昇る」
ひさしぶりだ、湯につかるのは。
「…は、」
息こぼれて体がゆるむ。
肌じわり沁みる温度が心地いい、かすかな香くゆらす湯気が頬ふれる。
ほろ苦い甘い馥郁は森と似ていて、こんなところまで緻密でおかしくて笑った。
「これもかな?」
これも中森ではなく、祖父の気遣いだろうか?
『このお部屋は克憲様が指図されました、庭もです、』
この家がの家宰がそう教えてくれた。
そのまま湯の香まで指図したのだろうか?そんな思案に英二は髪かきあげた。
「風呂の匂いまではないか、」
ひとりごと笑ってしまう、こんな考え自体なかったのに?
ただ可笑しくて笑って、ずきり脇腹の痛覚に顔しかめた。
「痛っ…、」
ひび割れた肋骨が軋みだす、奔らす痛み左半身をくるむ。
それでも肩と足首は楽になってきた、その感覚に香を笑った。
「そっか、中森さんだ?」
湯の香は家宰の判断だ?
解けた答と薬湯からあがり、十和田石の床わたり扉を開けた。
「は…、」
すこし冷たい空気が快い、火照った肌やわらかに涼みだす。
艶やかな籐のバスケットからバスタオルとって、腰ぐるり巻くと呼ばれた。
「英二さん、体を拭きましょうか?屈むと痛いと思いますが、」
肋骨の心配してくれている。
この気遣いは受けとる方がいい、回復のために英二はうなずいた。
「ありがとう、頼むよ?」
「はい、」
扉かちり開いてステンドグラスの光ふる。
重厚な木枠はめこまれた色ガラス陽をはじいて、ロマンスグレイの笑顔ほころんだ。
「これは、本当に逞しくなられましたね?」
深い瞳ただ賞讃が温かい。
そんな昔なじみに英二は笑った。
「毎日訓練してるからね、でないと現場で役に立たないだろ?」
「そうでしょうね、肩も背骨もしっかりされて、」
温かな笑顔が褒めてくれる。
その腕かけたバスタオル手に家宰は言った。
「立派なご成長を見られて良かった、失礼します、」
会釈してバスタオルそっとかけてくれる。
やわらかな肌ざわり水滴をぬぐって、その大きな手に笑いかけた。
「中森さんに体を拭いてもらうの、何年ぶりかな?」
「お小さいころでしたから、もう20年でしょうか、」
やわからな温もりと答えてくれる。
その言葉に記憶たどらせて、懐かしくて笑った。
「俺がウェントスと泥まみれになったんだよな、」
あの犬は優しかった。
まだ幼かった時間に家宰も微笑んだ。
「あれも賢い犬でした、白毛のシェパードは珍しいと克憲様が選んで、」
「アルビノだったんだろ、でも体そんなに弱くなかったね、」
「はい、仔犬たちも皆ヴァイゼのように丈夫だそうです、」
交わす会話に真白な尾が懐かしい。
見つめてくれる瞳は金色だった、優しい眼ざしの記憶に唇ほころんだ。
「俺、泣いたな、」
あのとき自分は泣いた。
『死ぬなウェントス、仔犬たちどうするんだよっ、』
まだ14歳だった自分が泣いている、抱きしめた真白な顔が涙のむこう消えてゆく。
小さな温もりたちも鳴いていた、もう遠くなった記憶に深い瞳が微笑んだ。
「そういう英二さんだから、ヴァイゼも慕うのです、」
深い声やわらかに髪ぬぐってくれる。
タオルの影おおわれた視界すこし揺れて、それから笑った。
「ヴァイゼにとって俺、母親の代りなのかな?」
「そうかもしれませんね、毎日ミルクやりに通ってくれましたから、」
応えてくれる記憶は温かい。
そんな時間もこの屋敷であった、ただ懐かしい温度に家宰が言った。
「英二さん、これからはできるだけお帰りください。ヴァイゼも14歳になったのです、克憲様のためにも、」
帰ってきてほしい、そう言ってくれる。
この言葉もうどこで聴けるのだろう、今ある現実にすこし笑った。
「中森さん、祖母は怒ってたろ?」
だから連絡をくれない。
その理由もう解っているまま深い声が訊いた。
「秘書の責任を問われますか?」
「そんなつもりないよ、祖父に耳打ちしただけだろ?」
応えながら包帯を巻きなおす。
その手伝いの手は静かにうなずいた。
「はい、英二さんのことでしたので急ぎと、」
「それを見て祖母が問い詰めたんだろ?祖父も逃げられないと想うよ、」
あの祖父でも応えざるを得ないだろう、あの眼に詰問されたら?
情景ひとつ描けるまま家宰も頷いた。
「あの方にだけは克憲様も敵いません、だからあの日もご挨拶と謝罪のためお招きしたのです、」
挨拶と謝罪は誰のために?
そう考えると誰も責められない、こんな自身を笑った。
「祖母に謝るべきは俺だろ?勝手に分籍して勝手に鷲田の養子になったのは俺のワガママだしさ、」
「そうですね、でも家同士の問題でもあります、」
応えてくれる声は感情ふたつ交錯する。
こんな事態を招いたのは祖母を見くびった自分、この迂闊な傲慢に頭すこし下げた。
「中森さんも祖母にずいぶん振り回されたろ?ごめん、俺が祖母を見くびったせいだ、」
女性、七十代、お嬢様育ちの資産家。
そういう条件たちに自分は見誤った、ひとりの人間として評価していない。
ただ人として祖母は判断し動いて、それを予想もできなかった甘さに笑った。
「宮田の祖父が選んだ相手なんだよな?そんな祖母が度胸も頭もそろってるの当り前なんだ、俺をだしぬいて周太を攫うのは祖母には当り前だよ、」
老女ひとりに出し抜かれた。
こんなこと馬鹿らしくて可笑して、痛快で笑ってしまう。
だからこそ怒りも量れて髪かきあげながら尋ねた。
「祖母のところにいるんだろ?周太も美幸さんも、」
あの二人はそこにいる。
今は他に選択肢がない、その現実に家宰はうなずいた。
「無事に着かれています、」
「よかった、」
微笑んでバスタオル外し着がえだす。
シャツの腕とおす手伝いの手は大きい、布地を透かす体温に笑いかけた。
「周太と俺が引き離されて、正直ほっとしてる?」
「そうですね…、」
考えこむよう声とぎれて、でも着替えの手動かしてくれる。
すぐ終えた前、家宰はロマンスグレイの髪かきあげ微笑んだ。
「お会いしてみないと解かりません、ただ、英二さんと顕子様を見ていて素晴らしい方だろうと想っています、」
こんなふう見ていてくれる。
相変わらずの信頼ただ嬉しくて笑った。
「ありがとう、周太はほんと天使だよ?」
「そうでしょうね、これだけ英二さんを改心させたんですから、」
またストレートな言葉で笑ってくれる。
そんな正直者はバスタオル片づけて言った。
「輪倉様からご面会の申し入れがきています、いかがされますか?」
ほら、現実もう追いかけてきた?
早速の反応に笑ってステンドグラスの扉を出た。
「俺が鷲田の人間だってもう調べたんだ、輪倉さん?」
訊きながら可笑しい。
その先を考え歩く廊下、家宰は呆れたよう微笑んだ。
「調べられるようにしたのは英二さんでしょう?克憲様と養子縁組されて、本籍から全部ここにして、」
あなたの罠でしょう?
そう言ってくる貌に笑った足元、黒い毛ふっさり寄りそい撫でた。
「ヴァイゼも会ってみるか?」
笑いかけて澄んだ瞳が見あげてくれる。
茶色きれいな眼ざし俤を映す、その遠い時間と微笑んだ。
「会うならどこが良いと想う、中森さん?」
「こちらのお屋敷が良いでしょうね、セキュリティを考えても、」
即答しながら肩にカーディガン掛けてくれる。
カシミア軽やかな温もりに予定と笑いかけた。
「祖父が戻ってくる30分前のタイミングで呼べるかな?」
いちばん効果的かな?
そんな判断に深い瞳もうなずいてくれた。
「ティータイムにお招きしましょう、」
「ありがとう、」
笑いかけ階段に足かける。
ならんで黒い尻尾も登って、その階下で家宰が微笑んだ。
「12時ごろ昼食でよろしかったですか?」
「うん、米食べたいな、」
答え笑いかけて階段を昇る。
深紅の絨毯たどる廊下、ガラスの空に微笑んだ。
「いい天気だね、周太?」
この空の先、あの笑顔は咲いている?
想い唯ひとつ見あげて歩いて、愛犬と自室の扉を開いた。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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英二24歳3月
第84話 整音 act.9-side story「陽はまた昇る」
ひさしぶりだ、湯につかるのは。
「…は、」
息こぼれて体がゆるむ。
肌じわり沁みる温度が心地いい、かすかな香くゆらす湯気が頬ふれる。
ほろ苦い甘い馥郁は森と似ていて、こんなところまで緻密でおかしくて笑った。
「これもかな?」
これも中森ではなく、祖父の気遣いだろうか?
『このお部屋は克憲様が指図されました、庭もです、』
この家がの家宰がそう教えてくれた。
そのまま湯の香まで指図したのだろうか?そんな思案に英二は髪かきあげた。
「風呂の匂いまではないか、」
ひとりごと笑ってしまう、こんな考え自体なかったのに?
ただ可笑しくて笑って、ずきり脇腹の痛覚に顔しかめた。
「痛っ…、」
ひび割れた肋骨が軋みだす、奔らす痛み左半身をくるむ。
それでも肩と足首は楽になってきた、その感覚に香を笑った。
「そっか、中森さんだ?」
湯の香は家宰の判断だ?
解けた答と薬湯からあがり、十和田石の床わたり扉を開けた。
「は…、」
すこし冷たい空気が快い、火照った肌やわらかに涼みだす。
艶やかな籐のバスケットからバスタオルとって、腰ぐるり巻くと呼ばれた。
「英二さん、体を拭きましょうか?屈むと痛いと思いますが、」
肋骨の心配してくれている。
この気遣いは受けとる方がいい、回復のために英二はうなずいた。
「ありがとう、頼むよ?」
「はい、」
扉かちり開いてステンドグラスの光ふる。
重厚な木枠はめこまれた色ガラス陽をはじいて、ロマンスグレイの笑顔ほころんだ。
「これは、本当に逞しくなられましたね?」
深い瞳ただ賞讃が温かい。
そんな昔なじみに英二は笑った。
「毎日訓練してるからね、でないと現場で役に立たないだろ?」
「そうでしょうね、肩も背骨もしっかりされて、」
温かな笑顔が褒めてくれる。
その腕かけたバスタオル手に家宰は言った。
「立派なご成長を見られて良かった、失礼します、」
会釈してバスタオルそっとかけてくれる。
やわらかな肌ざわり水滴をぬぐって、その大きな手に笑いかけた。
「中森さんに体を拭いてもらうの、何年ぶりかな?」
「お小さいころでしたから、もう20年でしょうか、」
やわからな温もりと答えてくれる。
その言葉に記憶たどらせて、懐かしくて笑った。
「俺がウェントスと泥まみれになったんだよな、」
あの犬は優しかった。
まだ幼かった時間に家宰も微笑んだ。
「あれも賢い犬でした、白毛のシェパードは珍しいと克憲様が選んで、」
「アルビノだったんだろ、でも体そんなに弱くなかったね、」
「はい、仔犬たちも皆ヴァイゼのように丈夫だそうです、」
交わす会話に真白な尾が懐かしい。
見つめてくれる瞳は金色だった、優しい眼ざしの記憶に唇ほころんだ。
「俺、泣いたな、」
あのとき自分は泣いた。
『死ぬなウェントス、仔犬たちどうするんだよっ、』
まだ14歳だった自分が泣いている、抱きしめた真白な顔が涙のむこう消えてゆく。
小さな温もりたちも鳴いていた、もう遠くなった記憶に深い瞳が微笑んだ。
「そういう英二さんだから、ヴァイゼも慕うのです、」
深い声やわらかに髪ぬぐってくれる。
タオルの影おおわれた視界すこし揺れて、それから笑った。
「ヴァイゼにとって俺、母親の代りなのかな?」
「そうかもしれませんね、毎日ミルクやりに通ってくれましたから、」
応えてくれる記憶は温かい。
そんな時間もこの屋敷であった、ただ懐かしい温度に家宰が言った。
「英二さん、これからはできるだけお帰りください。ヴァイゼも14歳になったのです、克憲様のためにも、」
帰ってきてほしい、そう言ってくれる。
この言葉もうどこで聴けるのだろう、今ある現実にすこし笑った。
「中森さん、祖母は怒ってたろ?」
だから連絡をくれない。
その理由もう解っているまま深い声が訊いた。
「秘書の責任を問われますか?」
「そんなつもりないよ、祖父に耳打ちしただけだろ?」
応えながら包帯を巻きなおす。
その手伝いの手は静かにうなずいた。
「はい、英二さんのことでしたので急ぎと、」
「それを見て祖母が問い詰めたんだろ?祖父も逃げられないと想うよ、」
あの祖父でも応えざるを得ないだろう、あの眼に詰問されたら?
情景ひとつ描けるまま家宰も頷いた。
「あの方にだけは克憲様も敵いません、だからあの日もご挨拶と謝罪のためお招きしたのです、」
挨拶と謝罪は誰のために?
そう考えると誰も責められない、こんな自身を笑った。
「祖母に謝るべきは俺だろ?勝手に分籍して勝手に鷲田の養子になったのは俺のワガママだしさ、」
「そうですね、でも家同士の問題でもあります、」
応えてくれる声は感情ふたつ交錯する。
こんな事態を招いたのは祖母を見くびった自分、この迂闊な傲慢に頭すこし下げた。
「中森さんも祖母にずいぶん振り回されたろ?ごめん、俺が祖母を見くびったせいだ、」
女性、七十代、お嬢様育ちの資産家。
そういう条件たちに自分は見誤った、ひとりの人間として評価していない。
ただ人として祖母は判断し動いて、それを予想もできなかった甘さに笑った。
「宮田の祖父が選んだ相手なんだよな?そんな祖母が度胸も頭もそろってるの当り前なんだ、俺をだしぬいて周太を攫うのは祖母には当り前だよ、」
老女ひとりに出し抜かれた。
こんなこと馬鹿らしくて可笑して、痛快で笑ってしまう。
だからこそ怒りも量れて髪かきあげながら尋ねた。
「祖母のところにいるんだろ?周太も美幸さんも、」
あの二人はそこにいる。
今は他に選択肢がない、その現実に家宰はうなずいた。
「無事に着かれています、」
「よかった、」
微笑んでバスタオル外し着がえだす。
シャツの腕とおす手伝いの手は大きい、布地を透かす体温に笑いかけた。
「周太と俺が引き離されて、正直ほっとしてる?」
「そうですね…、」
考えこむよう声とぎれて、でも着替えの手動かしてくれる。
すぐ終えた前、家宰はロマンスグレイの髪かきあげ微笑んだ。
「お会いしてみないと解かりません、ただ、英二さんと顕子様を見ていて素晴らしい方だろうと想っています、」
こんなふう見ていてくれる。
相変わらずの信頼ただ嬉しくて笑った。
「ありがとう、周太はほんと天使だよ?」
「そうでしょうね、これだけ英二さんを改心させたんですから、」
またストレートな言葉で笑ってくれる。
そんな正直者はバスタオル片づけて言った。
「輪倉様からご面会の申し入れがきています、いかがされますか?」
ほら、現実もう追いかけてきた?
早速の反応に笑ってステンドグラスの扉を出た。
「俺が鷲田の人間だってもう調べたんだ、輪倉さん?」
訊きながら可笑しい。
その先を考え歩く廊下、家宰は呆れたよう微笑んだ。
「調べられるようにしたのは英二さんでしょう?克憲様と養子縁組されて、本籍から全部ここにして、」
あなたの罠でしょう?
そう言ってくる貌に笑った足元、黒い毛ふっさり寄りそい撫でた。
「ヴァイゼも会ってみるか?」
笑いかけて澄んだ瞳が見あげてくれる。
茶色きれいな眼ざし俤を映す、その遠い時間と微笑んだ。
「会うならどこが良いと想う、中森さん?」
「こちらのお屋敷が良いでしょうね、セキュリティを考えても、」
即答しながら肩にカーディガン掛けてくれる。
カシミア軽やかな温もりに予定と笑いかけた。
「祖父が戻ってくる30分前のタイミングで呼べるかな?」
いちばん効果的かな?
そんな判断に深い瞳もうなずいてくれた。
「ティータイムにお招きしましょう、」
「ありがとう、」
笑いかけ階段に足かける。
ならんで黒い尻尾も登って、その階下で家宰が微笑んだ。
「12時ごろ昼食でよろしかったですか?」
「うん、米食べたいな、」
答え笑いかけて階段を昇る。
深紅の絨毯たどる廊下、ガラスの空に微笑んだ。
「いい天気だね、周太?」
この空の先、あの笑顔は咲いている?
想い唯ひとつ見あげて歩いて、愛犬と自室の扉を開いた。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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