Or wash it if it must be drown’d no more
第84話 整音 act.7-side story「陽はまた昇る」
ガラスのむこう花は紅い、あの深紅に去年の春が懐かしむ。
よく似た深い紅い色、けれどバラではなくて椿だった。
『英二、どうかな?…きれいかな、』
黒目がちの瞳はにかんで一輪さしだす、あの深紅まぶしかった。
真白の花も摘んだ、それからいくつ幾種類の花を一緒に摘んだろう?
懐かしくて一年前の自分が妬ましい。あの幸せな春を眺めるテラス、ため息が呼んだ。
「なるほど…納得がいきましたよ、英二さん?」
深い声が呼びかける、その貌に視線もどしてつい可笑しい。
だってこんな貌は初めてだ?愉しくて足もとの愛犬に笑ってしまった。
「中森さんでもそんな貌するんだ?ヴァイゼも驚いてるよ、」
穏やかな眼ざし、落ちついた口元、けれど困っている。
どうしたら?そんな貌で便箋たずさえたまま家宰は言った。
「こんな貌にもなりますよ?こんな事実いくつも並べられたら、」
まだ消化しきれない、けれど疑念は消えた。
そう見つめる視線とらえて英二はきれいに微笑んだ。
「意外だった?」
「そうですね、…」
言葉えらぶよう深い声とぎれる。
端整な貌すこし傾けて、ずっと年長の家宰は口を開いた。
「英二さんの人脈についてはいくらか存じていました、でも顕子様のご親族については意外です。これは遺書のおつもりで書いたのですか?」
応えながらロマンスグレイ豊かな髪かきあげる。
こんな仕草いつも人前ではしない、その動揺に笑いかけた。
「今回の現場は俺、ほんとに命懸けたから、」
だから想定ちょっと違ったな?
数日前の本音と笑ったテーブル越し、深い瞳まっすぐ告げた。
「はっきり申し上げます、そのような覚悟はしないでよろしい、」
やっぱり叱られるんだ?
これだけは怒るだろうと想っていた。
この温かい諌止者へ正直に微笑んだ。
「うん、俺も唯ひとり以外にはしないから、」
こんなことまた諌められる?
想いながら言った相手は髪また掻きあげた。
「それが危険を冒し続ける理由ですか?」
「それだけが理由だよ、」
ありのまま答えてティーカップ口つける。
冷めてしまった紅茶こくり飲み干して、ことん、ソーサーに戻し微笑んだ。
「正直に言ってほしいんだけど、周太に恋する俺は変態だと想う?」
この有能な家宰はなんて答えるだろう?
ただ楽しみに見つめた真中、穏やかな瞳ふわり笑った。
「正直なところ、安心しました、」
「安心?」
どういう意味だろう?
問いかけた先、生まれた時から知る人は微笑んだ。
「英二さんにも恋愛感情があるのだと安心しました、本当によかった、」
テラスの陽ざし笑ってくれる、その言葉に昔の自分が映りだす。
こんなこと言われるのも当然だろう?納得に頬杖ついて笑った。
「俺も安心したよ、自分で驚いてもいるけどさ?」
「ご安心ください、私のほうこそ驚いていますから、」
応えてくれる落ちついた声、でもなにか明るい。
深い眼ざしも楽しげで、その理由を聴きたくて尋ねた。
「そっか、どこらへんに驚いてる?」
「そうですね、…」
相槌に大きな手さらり髪かきあげる、この仕草これで三度めだ?
―考えごとするときの癖かな、それとも動揺したときの?
この仕草たぶん人前では初めてだろう?
それくらい「面と向かって」は珍しい貌は口開いた。
「顕子様のご親族であることに驚きます、観碕も知れば驚くでしょうね?」
なんだ驚くポイント、そこなんだ?
「…ふっ、」
可笑しくて笑ってしまう、だって他にもあるだろう?
こんな反応また愉快で笑わされながら訊いてみた。
「祖母の従姉の孫ってことよりも、男同士なほうが問題じゃないんだ?」
たぶん普通はそっちに反応するだろうに?
こんな食い違い愉しくて笑ったテーブル、率直な眼ざしは言った。
「正直なところ、英二さんは男性のほうが恋愛しやすいだろうと想っていました。美貴子様とのご関係が不幸ですから、」
ほんとうに「正直なところ」言ってくれる。
こういう男だから信じられもして、まっすぐ穿たれた正鵠ほろ苦く笑った。
「不幸って、ほんと正直に言ってくれるんだ?」
こんなこと普通は言い難くて言えない。
それが雇い主に対してなら尚更だ、それでも言ってくれる口は微笑んだ。
「そのほうがお互いに楽でしょう?こんな話題にとりつくろっても猜疑心が生まれます、」
確かにその通りだ?
いつもながらの正論に問いかけた。
「じゃあ正直ついでに訊くけど、母さんとの関係が不幸だと男に走るって結論はどういう理屈?」
「簡単ですよ、英二さんは女遊びも酷すぎましたから、」
さらり即答してくれる、その言葉またストレートに穿つ。
ここまで言える人間はめずらしいだろう?呆れながら感心と訊いた。
「女遊びが酷すぎるから、女相手だとダメだって想ってたわけ?」
「そうですよ、重症な女性不信が明らかでしょう?」
ストレートな言葉また返してくれる。
なにも反論は無い、それでも唯ひとつ肚底から言った。
「周太なら女だったとしても、今と同じだよ、」
唯ひとり、あの笑顔にだけは変わらない。
『北岳草を見せて、英二?』
ほら、笑顔と声すぐ響いてしまう。
こんなにも今だって逢いたい、けれど遠い場所で家宰が訊いた。
「そこまで想われるのに、なぜ彼を裏切ったのですか?」
いちばん痛い質問だ?そんな感想に気がついて笑った。
「まるで尋問だな、俺が中森さんに質問するつもりだったのに?」
形勢逆転されてしまった、この自分が。
それだけ老獪な正直者は穏やかに微笑んだ。
「尋問ではなく教えて頂いてるんですよ、お答えするにも前提を知らなくては、」
「なるほどね、中森さんやっぱり頭良いよ、」
感心と呆れと笑って、あいかわらずの明敏に頼もしい。
だからこそ不思議で訊いてみたかったこと口にした。
「これだけ有能なら他の道いくらでもあるよ、どうして祖父に仕え続けてるんですか?」
ずっと不思議だった、なぜ祖父の下にいるのか?
それだけの価値がある場所だろうか、訊いてみたい相手は微笑んだ。
「最初の動機は恩義ですけど、今はおもしろいと想うからですよ?」
恩義、けれど今は面白い。
言われた単語ふたつ反芻してみる、そこにある「最初」と「今」は何を指す?
探しながら足もとの愛犬そっと撫でて、まず確かめたい本音に訊いた。
「それで中森さん、こんな俺でも祖父より選んでくれる?」
前にそんなことを言ってくれた、そのままに中森は微笑んだ。
「英二さんはおもしろいですからね?どんな英二さんでも、」
こういう言い方やっぱり変わらない。
それが愉しくて、そして信じられるまま右手さしだした。
「ありがとう、あらためてよろしく?」
この手ほんとうに繋ぐ覚悟ある?
そんな意図にさしだした右手は傷がない。
左は傷だらけの自分、そんな二年間ごと家宰は握手した。
「こちらこそ、」
握りかえしてくれる手は大きい。
その皮膚いくらか乾いて、けれど温かい掌に笑った。
「ほんとに中森さん俺のこと気持ち悪くない?これ、男を抱いた手だよ?」
拒絶もしかたない、そう想っていた。
けれど深い涼しい瞳は昔のまま微笑んだ。
「本気で抱いたなら美しいですよ、遊びで寝るよりずっと潔い、」
そうか、そう考えてくれる人なんだ?
こういう男だと信じて、だから手紙一通に託そうと想えた。
その選択は間違っていないらしい?昔ながらの信頼に掌ほどき笑いかけた。
「ありがとう、だけど周太との関係には反対するんだろ?」
たぶんそうだ、この男は。
この自分を「おもしろい」と想う、その分だけ反対する。
そういう男だろうことは解かっていて、けれど中森は髪かきあげ言った。
「克憲様は難しいでしょう、英二さんの血を遺したいとお考えですから。そのお気持ちは私も同じです、」
これは単純な「反対」とは違う?確かめたくて質した。
「ようするに、子供をつくれば反対しないって意味?」
問題は「血を遺す」にある?
そこにある選択肢を考える前、端正な微笑は口開いた。
「正式な結婚をしても不仲で子づくりしないより、借り腹でも優秀なお子様が恵まれるほうを喜ばれますよ?」
こういう考え方、ちょっと正直ついていきたくないな?
こんなものだと解かっている、あの祖父はそういう男だ。
つい本音に笑いながら投げ返した。
「すごい合理主義だな、あの祖父らしいけど、」
「合理的すぎて冷たいようですが、これについては私も賛成です、」
応えてくれる言葉は厳しい、けれどその声は穏やかに温かい。
そんな発言者に想ったまま訊いてみた。
「それって、父さんと母さんを反面教師にしたんだろ?」
「そうですよ、お二人は顕子様がいなければ破綻していました、」
うなずきながらティーポットたずさえ注いでくれる。
馥郁ゆるやかな湯気ごし、深い声は穏やかに口を開いた。
「顕子様のおかげで英理さんは素直に美しい女性に育たれました、そのことを克憲様は感謝されています。英二さんはひねくれましたが、」
あまい香に言葉は優しく厳しい。
まっすぐ容赦ない信頼に愉しくて笑いかけた。
「俺はひねくれたけど、この程度で済んでるのは祖母のおかげ?」
「そうですよ、観碕のように堕ちていないのは顕子様の愛情とご薫陶のたまものです、」
ティーポット静かに置く、その言葉なにを指し示す?
遡りたい過去と意味を見つめる先、深い瞳やわらかに微笑んだ。
「そういう顕子様だから克憲様にとって頭あがらない方なのです、だから今回も協力しましたが、ご事情を知れば克憲様も驚くと思いますよ?」
それは驚くだろう、そして「事情」どう考える?
その思考トレースしながらティーカップ受けとり尋ねた。
「祖母の親族である周太が俺の恋人って、幸せかな?」
こんな質問また振出しに戻るだけ。
それでも口にした陽だまりの窓辺、深い眼ざしは見つめてくれた。
「顕子様は心のまっすぐな美しい方です。亡くされた方たちの分も彼の幸せを願われるから、無茶も厭わないのではありませんか?」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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英二24歳3月
第84話 整音 act.7-side story「陽はまた昇る」
ガラスのむこう花は紅い、あの深紅に去年の春が懐かしむ。
よく似た深い紅い色、けれどバラではなくて椿だった。
『英二、どうかな?…きれいかな、』
黒目がちの瞳はにかんで一輪さしだす、あの深紅まぶしかった。
真白の花も摘んだ、それからいくつ幾種類の花を一緒に摘んだろう?
懐かしくて一年前の自分が妬ましい。あの幸せな春を眺めるテラス、ため息が呼んだ。
「なるほど…納得がいきましたよ、英二さん?」
深い声が呼びかける、その貌に視線もどしてつい可笑しい。
だってこんな貌は初めてだ?愉しくて足もとの愛犬に笑ってしまった。
「中森さんでもそんな貌するんだ?ヴァイゼも驚いてるよ、」
穏やかな眼ざし、落ちついた口元、けれど困っている。
どうしたら?そんな貌で便箋たずさえたまま家宰は言った。
「こんな貌にもなりますよ?こんな事実いくつも並べられたら、」
まだ消化しきれない、けれど疑念は消えた。
そう見つめる視線とらえて英二はきれいに微笑んだ。
「意外だった?」
「そうですね、…」
言葉えらぶよう深い声とぎれる。
端整な貌すこし傾けて、ずっと年長の家宰は口を開いた。
「英二さんの人脈についてはいくらか存じていました、でも顕子様のご親族については意外です。これは遺書のおつもりで書いたのですか?」
応えながらロマンスグレイ豊かな髪かきあげる。
こんな仕草いつも人前ではしない、その動揺に笑いかけた。
「今回の現場は俺、ほんとに命懸けたから、」
だから想定ちょっと違ったな?
数日前の本音と笑ったテーブル越し、深い瞳まっすぐ告げた。
「はっきり申し上げます、そのような覚悟はしないでよろしい、」
やっぱり叱られるんだ?
これだけは怒るだろうと想っていた。
この温かい諌止者へ正直に微笑んだ。
「うん、俺も唯ひとり以外にはしないから、」
こんなことまた諌められる?
想いながら言った相手は髪また掻きあげた。
「それが危険を冒し続ける理由ですか?」
「それだけが理由だよ、」
ありのまま答えてティーカップ口つける。
冷めてしまった紅茶こくり飲み干して、ことん、ソーサーに戻し微笑んだ。
「正直に言ってほしいんだけど、周太に恋する俺は変態だと想う?」
この有能な家宰はなんて答えるだろう?
ただ楽しみに見つめた真中、穏やかな瞳ふわり笑った。
「正直なところ、安心しました、」
「安心?」
どういう意味だろう?
問いかけた先、生まれた時から知る人は微笑んだ。
「英二さんにも恋愛感情があるのだと安心しました、本当によかった、」
テラスの陽ざし笑ってくれる、その言葉に昔の自分が映りだす。
こんなこと言われるのも当然だろう?納得に頬杖ついて笑った。
「俺も安心したよ、自分で驚いてもいるけどさ?」
「ご安心ください、私のほうこそ驚いていますから、」
応えてくれる落ちついた声、でもなにか明るい。
深い眼ざしも楽しげで、その理由を聴きたくて尋ねた。
「そっか、どこらへんに驚いてる?」
「そうですね、…」
相槌に大きな手さらり髪かきあげる、この仕草これで三度めだ?
―考えごとするときの癖かな、それとも動揺したときの?
この仕草たぶん人前では初めてだろう?
それくらい「面と向かって」は珍しい貌は口開いた。
「顕子様のご親族であることに驚きます、観碕も知れば驚くでしょうね?」
なんだ驚くポイント、そこなんだ?
「…ふっ、」
可笑しくて笑ってしまう、だって他にもあるだろう?
こんな反応また愉快で笑わされながら訊いてみた。
「祖母の従姉の孫ってことよりも、男同士なほうが問題じゃないんだ?」
たぶん普通はそっちに反応するだろうに?
こんな食い違い愉しくて笑ったテーブル、率直な眼ざしは言った。
「正直なところ、英二さんは男性のほうが恋愛しやすいだろうと想っていました。美貴子様とのご関係が不幸ですから、」
ほんとうに「正直なところ」言ってくれる。
こういう男だから信じられもして、まっすぐ穿たれた正鵠ほろ苦く笑った。
「不幸って、ほんと正直に言ってくれるんだ?」
こんなこと普通は言い難くて言えない。
それが雇い主に対してなら尚更だ、それでも言ってくれる口は微笑んだ。
「そのほうがお互いに楽でしょう?こんな話題にとりつくろっても猜疑心が生まれます、」
確かにその通りだ?
いつもながらの正論に問いかけた。
「じゃあ正直ついでに訊くけど、母さんとの関係が不幸だと男に走るって結論はどういう理屈?」
「簡単ですよ、英二さんは女遊びも酷すぎましたから、」
さらり即答してくれる、その言葉またストレートに穿つ。
ここまで言える人間はめずらしいだろう?呆れながら感心と訊いた。
「女遊びが酷すぎるから、女相手だとダメだって想ってたわけ?」
「そうですよ、重症な女性不信が明らかでしょう?」
ストレートな言葉また返してくれる。
なにも反論は無い、それでも唯ひとつ肚底から言った。
「周太なら女だったとしても、今と同じだよ、」
唯ひとり、あの笑顔にだけは変わらない。
『北岳草を見せて、英二?』
ほら、笑顔と声すぐ響いてしまう。
こんなにも今だって逢いたい、けれど遠い場所で家宰が訊いた。
「そこまで想われるのに、なぜ彼を裏切ったのですか?」
いちばん痛い質問だ?そんな感想に気がついて笑った。
「まるで尋問だな、俺が中森さんに質問するつもりだったのに?」
形勢逆転されてしまった、この自分が。
それだけ老獪な正直者は穏やかに微笑んだ。
「尋問ではなく教えて頂いてるんですよ、お答えするにも前提を知らなくては、」
「なるほどね、中森さんやっぱり頭良いよ、」
感心と呆れと笑って、あいかわらずの明敏に頼もしい。
だからこそ不思議で訊いてみたかったこと口にした。
「これだけ有能なら他の道いくらでもあるよ、どうして祖父に仕え続けてるんですか?」
ずっと不思議だった、なぜ祖父の下にいるのか?
それだけの価値がある場所だろうか、訊いてみたい相手は微笑んだ。
「最初の動機は恩義ですけど、今はおもしろいと想うからですよ?」
恩義、けれど今は面白い。
言われた単語ふたつ反芻してみる、そこにある「最初」と「今」は何を指す?
探しながら足もとの愛犬そっと撫でて、まず確かめたい本音に訊いた。
「それで中森さん、こんな俺でも祖父より選んでくれる?」
前にそんなことを言ってくれた、そのままに中森は微笑んだ。
「英二さんはおもしろいですからね?どんな英二さんでも、」
こういう言い方やっぱり変わらない。
それが愉しくて、そして信じられるまま右手さしだした。
「ありがとう、あらためてよろしく?」
この手ほんとうに繋ぐ覚悟ある?
そんな意図にさしだした右手は傷がない。
左は傷だらけの自分、そんな二年間ごと家宰は握手した。
「こちらこそ、」
握りかえしてくれる手は大きい。
その皮膚いくらか乾いて、けれど温かい掌に笑った。
「ほんとに中森さん俺のこと気持ち悪くない?これ、男を抱いた手だよ?」
拒絶もしかたない、そう想っていた。
けれど深い涼しい瞳は昔のまま微笑んだ。
「本気で抱いたなら美しいですよ、遊びで寝るよりずっと潔い、」
そうか、そう考えてくれる人なんだ?
こういう男だと信じて、だから手紙一通に託そうと想えた。
その選択は間違っていないらしい?昔ながらの信頼に掌ほどき笑いかけた。
「ありがとう、だけど周太との関係には反対するんだろ?」
たぶんそうだ、この男は。
この自分を「おもしろい」と想う、その分だけ反対する。
そういう男だろうことは解かっていて、けれど中森は髪かきあげ言った。
「克憲様は難しいでしょう、英二さんの血を遺したいとお考えですから。そのお気持ちは私も同じです、」
これは単純な「反対」とは違う?確かめたくて質した。
「ようするに、子供をつくれば反対しないって意味?」
問題は「血を遺す」にある?
そこにある選択肢を考える前、端正な微笑は口開いた。
「正式な結婚をしても不仲で子づくりしないより、借り腹でも優秀なお子様が恵まれるほうを喜ばれますよ?」
こういう考え方、ちょっと正直ついていきたくないな?
こんなものだと解かっている、あの祖父はそういう男だ。
つい本音に笑いながら投げ返した。
「すごい合理主義だな、あの祖父らしいけど、」
「合理的すぎて冷たいようですが、これについては私も賛成です、」
応えてくれる言葉は厳しい、けれどその声は穏やかに温かい。
そんな発言者に想ったまま訊いてみた。
「それって、父さんと母さんを反面教師にしたんだろ?」
「そうですよ、お二人は顕子様がいなければ破綻していました、」
うなずきながらティーポットたずさえ注いでくれる。
馥郁ゆるやかな湯気ごし、深い声は穏やかに口を開いた。
「顕子様のおかげで英理さんは素直に美しい女性に育たれました、そのことを克憲様は感謝されています。英二さんはひねくれましたが、」
あまい香に言葉は優しく厳しい。
まっすぐ容赦ない信頼に愉しくて笑いかけた。
「俺はひねくれたけど、この程度で済んでるのは祖母のおかげ?」
「そうですよ、観碕のように堕ちていないのは顕子様の愛情とご薫陶のたまものです、」
ティーポット静かに置く、その言葉なにを指し示す?
遡りたい過去と意味を見つめる先、深い瞳やわらかに微笑んだ。
「そういう顕子様だから克憲様にとって頭あがらない方なのです、だから今回も協力しましたが、ご事情を知れば克憲様も驚くと思いますよ?」
それは驚くだろう、そして「事情」どう考える?
その思考トレースしながらティーカップ受けとり尋ねた。
「祖母の親族である周太が俺の恋人って、幸せかな?」
こんな質問また振出しに戻るだけ。
それでも口にした陽だまりの窓辺、深い眼ざしは見つめてくれた。
「顕子様は心のまっすぐな美しい方です。亡くされた方たちの分も彼の幸せを願われるから、無茶も厭わないのではありませんか?」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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