と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

黎明に思うこと

2008年10月12日 04時15分39秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 朝起きて、五分ほど軽く簡単な体操をして、それからやおら読書にとりかかります。特に闇に包まれた世界が次第次第に明るくなってくる黎明の時が本当に好ましく大好きです。野鳥が起き出し、自然界も目を覚ましてきます。頭がすっきりしているし、考えたこと、読んだことが全部吸収されるような気がしてきます。まるで禅僧のようだなと苦笑をしてしまいますが。もっとも、亡くなったわたくしの父には、お前のような者につとまるわけもないと簡単にあしらわれたことがありましたっけ。高校三年の時に、印哲をやりたいと言っていましたので。

 ところで、ものの見方、考え方を鍛えるという点で今を生きておられる学者や、それぞれの世界で頂点におられる方々の著書を読むくらいためになることはないと思っています。評価がわかれるでしょうから、このブログに書く時には慎重にしたいと思っています。ですから、亡くなった方については歴史上の人物ということで、ご容赦いただきたいと思っています。

 生きている方では、大前研一氏をはじめ、政治家も含めて多種多様の方々の著書を好んでおります。特に、世界の見方を考える上では大前研一氏のような方の著書に大きなものを示唆していただいたことがたくさんありました。マッキンゼーの経営手法など、一時期ほんとうに夢中になっていました。どうしてもすぐに欲しい彼の本があって、わざわざ東船橋の駅に近い大型書店に、事前に在庫を確認した上で、電車で二時間かけて出向いたこともあります。マスコミの語っておることに疑問を持ってものを見、考える重要性を教えていただきましたし、特に政治経済分野での分析力に傾倒していったものです。

 ところで、城山三郎が書いている『粗にして野だが卑ではない―石田禮助の生涯』、第五代国鉄総裁の伝記。もう亡くなっているので、取り上げてもいいかなと思います。

 なぜ石田禮助なのか。

 それはこの書籍の書名にあるように、まさに「卑でない」ということに大変興味を持ったからです。

 つまり、卑しくないということです。もっと言えば精神のレベル。自分自身最も大切にしたい部分です。具体的な行動レベルでいうと触れられない面もあるので詳述しません。私利私欲で生きないということでしょうか。なんでもほしがらないということにもなりますか。あるいは、誰にも知られず一隅を照らすという姿勢でのボランティア活動もその範疇に入ることになりましょうか。

 石田禮助は、勲章を固辞し続けた人です。伊豆の山の中で生まれ育った方ですから、「山猿に勲章は似合わない」と言われて、結局貰っておりません。また葬儀も伊豆の古里で本当に質素になされた。その面でも尊敬申し上げているのですが、勲章を貰う貰わないということではなく、それよりも引き際の良さにしびれるような爽快感を感じるのです。

 世の中には現在の自分の社会的評価や、役割にしがみつく方も大勢おられる。わたくしのように教員以外の世界とおつきあいいただいておると、本当にそれは感じます。批判するつもりはありません。それもまた人間の哀しい性でありましょうから。高みの見物的視点からそういう現象を見て嘲笑しているのでもありません。他人がバカに見えて、批判ばかりしている方も多々おられますが、わたくしはそれだけはできません。他人をバカにする前に、他者否定をすることができるだけの能力や徳性があるだろうかと、自分のバカさ加減を考えてしまいますから。

 今日は、匝瑳市で柔道の中高生、一般の大会があります。昨夜、わたくしも稽古をちょっとだけしてきました。中学生の男の子に挑戦されました。大きな子でした。なかなか力も強い。いいなぁ、君!と、ほめあげて稽古しました。凄い力ですねとか言われてしまったのですが、そこでわたくしは決して指導をしない。マジに闘う。対等になって・・・(^0^)/

 もう指導者面をしてもいいのですが、そこは謙虚です。側で、県警本部の特レンをやっておられた教室の指導者がニコニコ笑ってわたくしたちの会話を聞いておられたのですが、いつまでも自分も初心者のつもりで稽古なのです。唯一燃える時です。

 ですから、大家(タイカ)になって指導者面をして老害をまき散らしてはならんと思うのです。もっともそんな実力も実績もありません。所詮、みちのく奥州の山奥で熊さんと一緒に田舎柔道をやっていた素人ですから。

 体力が無くなったら去ればいいだけの話で、いつまでも社会的な地位にしがみついていたらこんなみっともないことはないと思います。

 だんだん加齢とともに体力・知識欲も乏しくなってきています。最近では老眼もすすんでおります。そこを根性だけでカバーしてきました。しかしながら、柔道界、教育界からもおさらばする時期もカウントダウンがはじまっています。去っていかなくてはならないことを否が応でも自覚させられます。特に柔道教室でも教育(つまり県銚)でも、わたくしの周囲には知徳体のPowerにすぐれた優秀な指導者がそれこそ山のようにおられる。いつでも去ることはできるという妙な自信ができています。

 石田禮助のようにやるべきことをやって、爽やかに去っていきたいと思う日々であります。


 また明日。
コメント
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/