と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

ああああ、いてぇ

2012年10月02日 22時41分48秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

柔道の稽古からただいま帰還?いたしました。

が、童子たちに投げられすぎて、ああああああああ

いてぇってな具合でございます。

(^0^)

 

褒めてあげるから、余計チカラが入りますわぃ。

あっちの方が。

 

かわゆいもんですなぁ。

良寛さんの気持ちがわかるような気が致します。

 

全員孫のようなものですからなぁ。

今日は、中学の一年生が、愚生のところに来て、

明日から中間テストなんだけど、

勉強法について・・・・・・・・・・と来たので、

あ、もう間に合わないじゃないかと思ったのです。

が、それは言わないで、柔道やっている場合か?と言いました。

そして、いろいろ助言をさせていただきました。

塾に行っているので、テスト範囲も知っているんです。愚生は。

(^0^)

 

やっこさん、どーして知っているんですかい?

てな具合でしたが、それでも自分で頑張るしかないですなぁ。

 

幸福はあなたの手で!

 

頑張りたまえと言うしかないですわな、マジに。

 

明日も頑張りましょう!

 

 

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新規の原稿依頼をいただいた

2012年10月02日 13時08分14秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

冗談だと思っていたら、本当に原稿の依頼をいただいた。さっきである。

メールをいただいていた。

ありがたいかぎりである。

こういう機会をいただければ、やるっきゃない。

だから、普段からの勉強がないといかんのである。まったく、ちょっと目を離すとおいらなんか

すぐ柔道やジムに行ってしまうからなぁ。

研究生活一筋、朝から晩までずっと研究室で学問に打ち込むというのが、やはり理想である。

また憧れている。

なかなか困難ではあるけれども。

 

所詮、こんな程度の人間でしかないけれども、ひとつだけ決めていることがある。

それは、全部の条件を満足させることができる回答というのはないということを、信条にしているのだ。

だから、結論を知ってからやおら動き出すということを、おいらはしない。

とりあえず、やってみるのである。

 

後で、あれはこういうことだったので・・・・と、さも賢人のように(ぺダンチック)言うのは嫌いなのである。賢しらともいう。

早めに結論をだして、外れたらごめん!でいくのである。

仮説を立てるというと聞こえはいいが、そもそもそういうもんであろうから。

自然科学というのは、仮説の提示、実験、反証事例の出現、仮説の書き替え、そのエンドレスの繰り返しだということをどっかで読んだことがあるからである。

それこそ、どうにでもとれる玉虫色のことばかり考えていてもつまらんではないか。

世間にはそういう人が多いけれども。

 

さ、また原稿書きにもどろう。

さくさくといきそうだ、

・・・・・・・・・・・・・・さくさく・・・・・・・・・・・・・・・・さくさく

(この音って、モノが消える時の音のような気がするのだが・・・)

 

 

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ひさしぶりに学食へ

2012年10月02日 12時29分43秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

今日のやさいたっぷりタンメンはおいしかったですなぁ。

これじゃ、食べ過ぎて、血糖値が上がる。

もっとも、食べているのは、おいらのクチだけどね。

クチが悪い?

そんなことを言ったら、クチが怒って、クチきいてくれなくなるなぁ。

それはいかんぞな。

 

これまで、電車の待ち合わせ時間中に駅の店で、簡単なものを

買っていたからであります。

 

今日も、天気が心配ですなぁ。

夜には、柔道の稽古がある。

あまり荒れると、童子たちが来ない。

こりゃ困る。

趣味ばっかりやってますなぁ。

長生きするわ・・これじゃぁ。

ハハハ

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空海の風景を読み終えた

2012年10月02日 07時04分57秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

司馬遼太郎の空海の風景を読み終えた。(中公文庫)

以前拙ブログに書いたことがあったが、居住地の古本チェーンで買ったものである。

一冊105円。合計二冊。

安い。

しかし、ずっと読まなかった。

司馬さんにしては、かなり難解であったし、それに空海にそんなに興味が無かったからである。それが一変したのは、駄文を書くために必要に迫られて、である。高野聖のことで調べ物をしていたのだ。それから、実際に高野山に行ってみたくなって、行ってしまった。

きっかけなんてそんなもんである。そんなもん。

 

 

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世間の雑務から解放されたから

2012年10月02日 06時39分26秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

世間の雑務から解放されたから、
退職なんとかの会の資料づくりであるが、終わったので、これから原稿書きをしなくては。

学術発表をしたら、研究誌に原稿を発表しなくちゃならないんで。
一本は決まっている。

おかげさまで、すでに一本は採用されて載った。ささやかな歩みであるが。

二本目もこれからである。

三本目をねらっているんだけど。

年内にもう一本、合計4本くらいやりたい。

学部とここが違うんでしょうな。

生涯学習だからできるんでしょうね。

教わってから、ナニカやろうというのではまったくありませんから。

「アタシャ、何を研究したらよろしいんでしょう?」ってぇのは

それこそ愚生には無いからです。ライセンスが欲しくてやっているんではないんですわ。

ただ楽しいからやってるだけ。

 

だから趣味だと言われてしまうんですな。

(^0^)

(ホントだけど)

 

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なぜ50年も有名大学でいられるのか

2012年10月02日 00時34分17秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

最近出た雑誌(「教育人会議」)で、あの有名な田原総一朗さんと文化教育研究所主任研究員の丹羽建夫先生の対談が実におもろしろかった。

このサイトから買えます。

   http://frompage.jp/service_n/kyoikujin.html

「50年前の有名大学がなぜ今も有名大学のままなのか」である。

はっきり書いてある。

全部旧制帝国大学なのである。

非常に納得がいく。

それ以外の大学は、時代の変遷とかなんとかということで、正直波があることは否定できない。評価というものは、時代と共に変わるからである。しかし、この旧制帝大グループは変わっていない。若干、変わったなと感じるところが一校だけあることはあるが、それはここでは言わない。

さらに、他大学から旧制帝大の大学院を目指す上昇志向の人種もいると聞く。他大学に通いながら、学部の時から夢に見ていたからというわけである。そうした人気は根強いものがあると思う。そのための予備校もあるという。愚生は、その傾向には違和感を感じるが。

愚生の母校(高校)は、仙台の旧制帝大に非常に憧れている高校生がいっぱいいた。オレの時で、現役で27人くらいしか合格できないのだから、非常な難関大学である。

つまり、こういう教養への憧れというものがあるのである。

なんだか、いろいろな大学や高校で、生き残りのためにどーだら、こーだらと、中には戦略なんとかとか、名前をつけている学校もある。

ちょっと違うのではないかと思うのである。

50年も有名であるということは、よってきたるところの根底が違うのである。

 

 

そこのところかよくわかっているから、オレは好きなように勉強をさせていただいているのである。だって、オレはこれから官僚になるとか、一流会社に就職したいとか、そんなのナンニモないんだから。できるワケもねーけど。

(^0^) 

弱者こそ、もっとも強いんでありますよ。世の中で、本当に辛い思いで生きてきたオレのような庶民こそ、逆に強いんです。そういう証拠は、いくらでも宮本民俗学にはあります。ホンマに。

 

 

わかるかな?

わっかんねぇだろうなぁ・・・・・・・

 

 

 

 

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ふうううううう

2012年10月02日 00時11分13秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

退職校長会の資料作りがやっと終わった。

23:55である。

まぁ。。。なんというこった。

退職した校長から順番に幹事が回ってくるというのでやっている。

愚生は、クチの方も、雑務も苦手であるときているから、資料作りくらいは

やらないと。

ワープロ程度、エクセル程度ならできるから。

しかし、まぁ、居住地の厳しい学歴封建社会でオレのようなもんが、よくまぁ校長を

させていただいたもんですよ。

ある意味、冒険でしたのぉ。県教委の。

やるこたぁかなりやって退職したから、もういいんです。

熱い気持ちだけは持っていたけど。

思うに、学校の改革っていうのは、そんな文科省の官僚が言うほど容易いモンではない。

いろいろな要素があるんです。

これはこれからどっかに書いてみたいですがね。

幸い、千葉科学大学で、教育について考える機会を与えていただいているから、生涯追求していきたい課題であります。

むしろ、こちらの方が、現在の愚生には専門です。塾に行っているのも、教え方を教えている以上、具体的にどうするのかということは避けて通れません。しかも、数学も、英語もある。たまには理科もある。国語の教師ですから、他教科は辛いものがあります。

高校時代にどうやっていたかを思い出せば、だいたい対応可能であります。かなりの進学校でありましたから。自称ではありません。プレジデントにも全国進学校なんとか特集に必ず出てきます。つまり他称であります。(^0^)

あ、字数オーバー。

次の記事に書きましょう。

 

 

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/