と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

5月18日(水)のつぶやき

2011年05月19日 01時38分00秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
21:55 from goo
今朝の大衆日報朝刊に #goo_kencho943 http://blog.goo.ne.jp/kencho943/e/d3d29b67dc00c64138fd44d2e133c2e7
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今朝の大衆日報朝刊に

2011年05月18日 16時48分27秒 | 先公ごっこ2008年から2012年








 今朝の大衆日報朝刊にまたまた本校が紹介されました。ありがたいかぎりです。実にありがたいことであります。さっそく、きょうもポケットマネーで30部購入させていただきました。後日、各中学校様あてお送りさせていただきます。

 趣味ではじめたような広報活動です。動画の研究にもなりましたし。また動画をどうやってインターネットの世界にアップするのかということもです。もっともこちらの方は生徒諸君の方がかなり上手でしたね。ニコ動を使いこなしている生徒がいるからです。しかし、ちょっとはらはらしています。危ない橋は危ないのですよ。わたくしには、専門家がたくさんついてくださっているから動画で本校を紹介させていただくことができるのですが、生徒諸君については脱線が怖い。どうか逸脱行為をしないでくださいね。

 最後の年ですから、急ピッチで広報活動をやらせていただきます。校長としての仕事ですから。先生方には、授業実践をやっていただく。わたくしはそれを紹介させていただく。

 その中核には「実践」があるわけであります。もっともらしく格好をつけたって、中身がなければ馬脚を現すのは時間の問題であります。建物ばかり立派で、中身の無いのも困りもの。あるいは柔道マンにもいますが、体格だけ立派で、まったくスピードも技も無い人。

 わたくしも人のことは言えないのですが、ね。もっともわたくしは体格すら人に自慢できるような体格を持っていません。


 全国の名だたる進学校というのは、まったく中身が違っています。実践があるわけです。必然そこにはプライドもある。

 今日は、ある先生と東北の進学校の話をしておりました。国公立大学に今年186名の合格者を出している高校です。その先生は、そこの学校の講師をこの3月までやっておられたからです。しかし、その高校は県内トップではない。もっとも、その県自体が全国ナンバーワンの学力推進県でもありますから、推して知るべし。と、書くとどこの県だかわかってしまいますが。いろいろと内容をお聞きしておりました。東北大学だけでも36名合格しています。たいしたものです。



 中間テストが近づいてきました。もうそんな時期であります。この間入学式をしたと思ったら、あっという間に中間テスト。

 生徒諸君は、たいへんですけれども、ある意味充実した生き方でもあることでしょう。

 まったくやることが無いという高校生活ではいかがなものか。学ぶことができるだけ実にしあわせであると実感していただきたい。

 つまらない時間つぶしの、空虚なだらだらとした高校生活であってはいかんとしみじみ思います。

 そういう生徒はいないと思いつつ書いています。もしいたら、わたくしはまことに哀しいかぎりであります。

 そんな生徒が現れると、学校教育の限界を自覚せざるを得ないからであります。世の中には、勉強の出来不出来も遺伝と家系論で分析される学者もおられるからです。外国にもたくさんおられる。昨日の記事で、それに反駁する内容を書きましたが、本当にそう思うからであります。努力を否定されたのではたまったものではないからです。あまりマスコミには出てきませんが、あきらかにそちら側の潮流に立つ学問が存在していますから。



 もっとも、行動の面で大人の側にも褒められたことをする方ばかりとも限らない。それは素直に認めざるを得ない。大人の方がエゴイストが多いと思っています。我が儘勝手というタイプ。

 カネを払っているんだから、なにをしてもいいだろうというのが大人には確かにいますから。たいしたカネを払っているわけでもないのに、です。カネを払っていれば王様のごとく言葉までぞんざいになるお方もおられる。麻痺しているんです、関係性において。

 もっともそこまで考えていたら、狭い人間界を強く、雄々しく、たくましく生きることも困難なのかもしれません。しかし、常にアイロニカルに見つめている人もいるのです。それはおさおさ警戒を怠ってはなりません。

 得意漫然としているときは、危ないのです。必ず破綻が出る。得意そうにしゃべっていると、論理性において利口な方から分析されているのを警戒すべきでもあります。もっとも、そればかりを恐れていてもなりません。攻めるときは、攻める。

 しかし、攻撃だけが得意という方は、自分が、自分が・・・という発想しかできない。攻撃している自分が、相手からはどう見えるかが見えていない。分析されていることに気がつかない。

 わたくしなぞは、常に自分はどれだけ他の方々にご迷惑をおかけしているのだろうかと、いつも反省しておりますよ。原罪論の立場にたっておりますから。本当に。逆に失意の日々を送っていても「失意泰然」であります。考え方には常に表と裏があるのだけは知っているつもりですから。

 
 今日は話があちこちに飛んでおります。粗雑な性格はなおらんようです。ある種の怒りがあるからかもしれません。

 今日一番言いたいことは、人間関係において最低限のマナーは守りたいものでありますということです。

 ちょっと最近生徒諸君の行動で気になることもありますから。インターネットの世界でも、脱線することなく、まじめに生活してくださいね。

 あるいは、中学校との関連においても。
 
 

 全部責任は校長であるわたくしが取ると言っても、だからといって何をしてもいいのだということにはならんのです。

 校長には強力なリーダーシップがあるから、自分たちは何もしませんという無責任論と同じであります。

 世の中そんな単純なものではないとしみじみ思っております。

 複雑怪奇なのが世の中であります。そう思っている方が安全な生き方をすることができます。無警戒に生きているとしっぺ返しをくらいます。これは長いこと生きてきたから言えることでもあります。



 今日も小言になってしまったですが。

 また明日!
 

 
 
 
 

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5月17日(火)のつぶやき

2011年05月18日 01時35分01秒 | 先公ごっこ2008年から2012年

20:45 from goo
同窓会総会実施予定 #goo_kencho943 http://goo.gl/Ir0R9
21:38 from web
師匠とお慕いしている大学教授の先生から(事実師匠です)、論文研究のサイトを紹介していただいて、勉強中であります。ありがたいかぎりです。
21:40 from web
本当に文章は難しいものであります。構えてしまうから、書けなくなるのですね。ツイッターのように楽しんでやればいいのでしょうが、それだと論文形式にはなじまないとくる。困ったものです。
21:42 from web
しかし、今日の夕刻に買った魯迅全集は実によい拾いものをしました。匝瑳市の古書店様には足を向けて寝ることはできませぬ。
21:45 from web
今日の記事にも書きましたが、だんだんと本の山に埋もれる夢を見るようになって久しいのであります。人間よりも書物に目が行くのではこれはこころもとない。きれいなものにも目が行かない。花も蝶も興味なし。枯山水では、いけません。

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同窓会総会実施予定

2011年05月17日 20時49分34秒 | 先公ごっこ2008年から2012年







 大衆日報に掲載していただいた同窓会総会の記事です。

 6月18日の午後、13:30から行われます。卒業生の方は、ふるってご参加ください。

 場所は、銚子読売ホールです。講師に千葉科学大学の藤本一雄先生をお招きして、地震災害のことで講演をいただきます。

 お待ちしております。




☆☆☆



 今日は午後から会議があり、ちょっと出かけておりました。そして終了後、またまた例の匝瑳市の古書店にクルマで寄りました。時間も遅かったので、スポーツジムを断念して拾いものの書籍でもあったら買っていこうと思ったのです。

 ありました、ありました。

 本当に、ここの店主には感謝しております。まるでわたくしのためにこの店を開いてくださっているようなものです。

 水上勉の「一休」がありました。中央公論社のです。しかし、裏返しても、表紙をめくっても値段がついていないのです。大切に包み込むようにして、レジに持って行って「いくらですか?」とやったわけです。

 そしたら、「うううん、程度が良くないから100円でいいよ」とのたもう。

 うれしくなりました。
 はいはい、買いますよ、じゃぁ他の本も見させてくださいなとまた逆戻り。

 店の奥の方に良い本がありました。
 魯迅選集です。岩波書店版の。しかも全13巻。これをなんと全部で2500円の値札を貼っておられた。欣喜雀躍。神のような店主です。

 評論家の佐高信先生のいろいろな本を読んでいるうちに、魯迅は必読書であると感じておりました。単発ではいろいろ読んでいたものの、それでは魯迅の全容がわからない。ですから、全集とまで言わずとも選集くらいは欲しかったのです。しかし、この値段でゲットできるとは思ってもみませんでした。

 そういう古書はこれからの向老期を過ごす上で、実に座右の楽しみになります。可能ならば、深山幽谷に庵を結び、読書の楽しみにふけりたいものであります。

 ただし、だんだんとかび臭い書籍ばかりに興味がいって、生きている人間自体に興味を無くしてはいかんと思っております。どうも、その傾向があるようです。役者とか、歌手とか、タレントとか、美しいとか、可憐とか、なんとか・・・についてはまったく興味がありません。現実逃避をしているつもりはないのですが。おもしろくないのです。ただそれだけなのです。

 だからいろいろボランティアをさせていただきながら、人間世界との関係性を持たせていただいているのであります。

 これから何かになってやろうとか、そういう野望や欲望はまったく消失しておりますので。もっとも、野望や欲望を持ったところで、わたくしごときがなにをかいわんやでありまする。亡くなった両親に馬鹿も休み休み言えと叱られます。所詮そんな程度の人間ですから、ね。

 唯一、良書との出会いがほしい。

 それと、勤勉なる方々との出会いがほしいのであります。世間のしがらみを捨てた、尊いこころざしを持っておられる方とは、これからも交遊をさせていただきたいものであります。何人か知っております。またとない心の友であります。「心友」とも言います。また、宝であります。愚たるわたくしには無いものをお持ちですから。

 そういう方々と月下の陋屋で、東北仙台の美酒を含みながら、書籍のことを語り合い、世間のことをアイロニカルに語り合うというのもまた実においしい肴になるものであります。(今日は東北塩釜の地酒もまたゲットしてきました=笑)

 だいいち、時間が実に充実します。つまらないテレビや、三文雑誌、つまらない交遊を重ねておるよりもずっと勉強になるからです。

 ほとんど自分の愚昧さを知らされるのが、ちょっとしょうがないのですがね。こちらは自分の努力でカバーするしかありませぬ。


 

 明日の学校がまた楽しみであります。生徒諸君の顔を見ることができるからであります。


 早く夜が明けないかなと思うのであります。


 また明日! 









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5月16日(月)のつぶやき

2011年05月17日 01時34分56秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
22:50 from goo
国語参観 #goo_kencho943 http://goo.gl/8jfFd
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国語参観

2011年05月16日 22時49分38秒 | 先公ごっこ2008年から2012年








 今日は国語古文の授業を参観させていただきました。やはり新進気鋭の国語教師であります。新採用の先生です。沙石集を扱っておられた。国文法の内容であります。

 ある意味、注目しておりました。それは何故かというと、国語はわたくしの好きな分野でもあるからです。文法の指導も実に興味深かったのであります。

 4時間目ですから、生徒は空腹でもあったと思います。しかし、実に熱心についていっていました。たいしたものであります。

 途中、野村萬斎の能を扱っておられたので、こちらも実に興味深いものがありました。

 終了後、校長室に来られたので、手法的なことをいろいろとアドバイスさせていただきました。

 在校生諸君は、そういう先生方の教育的叡智をことごとく吸収することであります。なんのために学校に来ているのでありましょうや。保護者の方々の尊い援助無しには、学校生活を送ることはできないからであります。感謝しましょう。ほんとうにありがたいことであります。

 今年の進路の手引きにも書かせていただきましたが、わたくしはいわゆる苦学をしたから余計在校生諸君を見ていると、まだまだ苦労が足りないと感じてしまうからであります。のうのうと高校生活を送ってはいませんか?時間を、無駄に使っていませんか?

 また小言になってしまいましたが、真底そう思っています。くだらないことで時間を浪費しているんでは、もったいない。若い人であっても、使命があるはずであります。他人に迷惑をかけていないんだから何をやっても良いはずだというのでは、なにをかいわんや。

 
 今日のスポーツジムで「品格の原点 いまなぜ日本道徳論なのか」という小学館新書を読了しました。ショッピングセンターに書店もあるからジムの前に寄って気に入ったのを購入するのです。

 汗びっしょりになりました。読了するのに時間にして45分もかかってしまいました。自転車こぎをしていたのです。消費カロリーも相当なものでありましたが。

 佐倉藩士の西村茂樹という人が書いた古典的名著です。それをお茶大教授の尾田幸雄先生が現代語訳をしてくださったものです。もっとも、だから45分で読めたのでしょう。

 道徳教育にふさわしいことが満載されておりました。しかも、最も学ぶべき点は「品格を高める」ことでもありました。これは愚たるわたくしは人のことをどうのこうの言う資格はない。

 まだまだ修行不足であります。

 だいいち、怒りがまだまだあるのであります。世の中の動きについてもそうです。これ以上は書けませんが、ほんとうに怒りを感じる日々を送っております。

 さらに、哀しみもある。

 惜しむこころもある。メリットとか、デメリットとかついつい考えてしまいます。これは自分としては最も戒めていることであります。「利」で動く人間はろくなモノではないという思い込みで生きて参りましたから。

 欲もある。食欲もありすぎて、実に恥ずかしいかぎりであります。餓鬼道であります。これでは。

 

 古典の授業から、道徳論まで今日は筆が滑りました。たまにはこういうのもいいでしょう。

 実際、県立銚子は授業で勝負するしかないのですから、ますます工夫実践に生きていくしかない。安住は許されないのであります。安住したら、それでおしまい。成長はない。だれだってそうですよ。進歩するしかないのです。

 先日、レポートを書いていて、がっかりしたことがありました。発達心理学のレポートですが、家系論とか遺伝論をぎゅっと信奉されている教授で、いろいろ外国の実践例をだしてそれを証明されようとされている。論文としてはおもしろいのでありますが、教育人としては首肯できませんでした。勉強はやはり遺伝ではないという立場にどうしてもこだわりたいですから。つまり努力すれば、できるようになるということにです。

 
 それにこだわることが教師の使命でもありましょう。



 また明日。






 

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5月15日(日)のつぶやき

2011年05月16日 01時36分29秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
23:27 from goo
#goo_kencho943 http://goo.gl/37KGe
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2011年05月15日 23時25分08秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
 肩が痛い(^0^)/
 柔道で、右手の釣り手を重視しているタイプですから時々痛めるのです。右肩には湿布薬のオンパレード。家人に馬鹿にされています。やめればぁというわけです。

 ちびっ子相手と言ってもそれなりに真剣にやっていますから。投げられるのは得意ですよ、それはそれ。しかし、真剣にやらないとけがをするからです。あまりちびっ子だと言っても手を抜いているとわかってしまいますからね。

 この土・日と二日間実に楽しい時間を過ごさせていただきました。柔道です。畳を出して、次の日曜日にはまた片付けるわけです。ちびっ子たちとうんうんうなりながらです。こんなたわいも無いことでお役にたっているという自分勝手な感じでいるのですから、幸せな爺ちゃんです。

 閑吟集という古典を、文庫の中古ですが買ったので、稽古に出かける前に読んでおりました。特殊な古典でこれは実におもしろい。中世の日本人のたくましさが現れていて、楽しいひとときを過ごさせていただきました。だいたいが隠居生活をしている爺ちゃんが、自らいろいろ書いているのですから、これはたまらない。おもしろくて、です。

 あ、その前に町内会のどぶ掃除。これもまた大変な仕事です。完全下水になったので、側溝には殆ど流れていないのですが、土ぼこりがどうしても貯まる。で、掃除をやるわけです。しかし、その長さが26メートルもあるとなるとちょっときつい。我が家の側溝ですから自分でやるしかない。側溝の蓋を持ち上げるのが、これまた難渋します。重いのです。しかも、町内会ではわたくしはバリバリの若手爺様です。若造としては張り切る以外無い。

 体力の続く限りやらせていただきましょう。天がそれを命じているかぎりは。

 やはりなにがしかのストレス無しには、体力も衰えていくばかりでありましょう。頭脳の方もです。絶えずストレスを与えていないと、わたくしばかりでしょうが、衰えを感じます。

 さらに、言いたいことはただ読んでいるだけでは何もならないということです。そこに書くという作業が無いとものにならないと思います。所詮懶惰な人間です。サボっているとどこまでもサボる傾向があるようです。自覚しておりますが。

 先日、師匠の大学に出かけて2時間ほど話を聞かせていただきました。拙ブログの記事にもしました。また、わたくしのことを心配していただき、いろいろアドバイスをいただきました。通勤の途中でも、わたくしの取り上げた関係書籍をチェックしていただいておるそうです。わたくしの論理性に齟齬がないかとご心配をいただいているのです。ありがたいかぎりであります。

 そういう学びの時を過ごさせていただいていることを感謝申し上げるしかないのであります。それも自分から求めてそういうきっかけを作って参りました。

 ですから、わたくしは在校生諸君に、自分のことを棚に上げて「勉強してほしい」と言ったことは一度も無いはずであります。自分がやっているから、願わずにはおれないのです。そういう意味ではエゴイズムの呪縛に囚われることはないと自覚しております。

 受験が終われば、勉強はそれで終了ではないのです。

 またけっしてエリート面をしないこと。
 そちらの世界ではまったく次元の違う表層を見させていただいて参りましたから。あくまで部外者としてです。なんと言っても、学部のレベルからT大を出ていないとお話にならないという世界では、それこそたまげた世界であります。

 良いか悪いかは愚たる存在のわたくしごときでは、わかりませぬ。所詮そんな程度でありまする。


 
 また明日!

 

  

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5月13日(金)のつぶやき

2011年05月14日 01時46分52秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
22:17 from goo
数学参観 #goo_kencho943 http://blog.goo.ne.jp/kencho943/e/ed8223ec84d7b73f9e1782a700f48952
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数学参観

2011年05月13日 21時42分26秒 | 先公ごっこ2008年から2012年







 本日お気に入りの静止画です


 今日は数学を参観させていただきました。やはり新進気鋭の先生であります。やる気がある。たいしたものであります。これから教育に生涯を賭ける人間の「気」が伝わってくる。やる「気」とも言いますからね。

 良い意味で、在校生諸君にはそれが伝わることでありましょう。若い先生には、若いというそれだけで伝わる目に見えないチカラがあります。

 三脚を担いで、毎日のように校内を歩いているものですから、「校長先生がなぜ棒を持って歩いているのか」と聞いた生徒がいたそうです。あれは写真を撮っているのだと説明してくださった先生から聞きました。

 笑い話のようなものです。

 一番驚いているのは一年生でしょうか。もっとも、このブログの存在を知っていて、そのことが入学を決めるいくつかある理由の一つになった生徒もいるのだそうです。ありがたいかぎりであります。

 保護者がわたくしの教えたかつての生徒であった場合には、これまたありがたいことにこのブログを見ることを薦めてくださる。ほんとうにありがたいことであります。

 今日の授業でも感じました。それは、教える先生と生徒との間に、非常に良好なる関係性を見るということであります。今日の記事にも静止画で紹介しましたが、なかなかのいわゆるいい絵が撮れているからであります。もっとも自画自賛でありますけれども。

 こういうところに教師のロマンがあるわけであります。あまり、ロマン的にモノを言うのは好きではないのですが、致し方なし。事実、いいと感じるのですから。教師というのは、生徒と一緒に過ごせていいなぁと、言われることがあります。それはそういうロマン的なものを誰しも持っているからなのでありましょう。教育は誰でも受けてきたわけですし。通俗的には青い山脈の歌のような世界がまだあるわけですから。

 この授業を見させていただいた先生とは、放課後ちょっと話をさせていただきました。授業手法的なところを中心にです。ここでも道徳授業のことが気になりましたから、申し上げました。2年後から本格実施なのですから、手法的なことを心配しておるのです。わたくしは、中学校の教師を8年もやらせていただきましたから、その期間にずいぶん鍛えていただきました。研究授業も相当時間こなしました。100人くらいの参観者の前でやったこともありました。

 いい思い出でありました。
 
 むろん道徳ばかりではなく、国語の研究授業でも相当鍛えていただきました。そういうことをいろいろと話をさせていただきました。

 4時から会議でありましたので、十分な時間をとって差し上げられなかったのが、心残りでありました。また、授業を見させていただきますということをお伝えしました。今回提示した課題についてどんな工夫をされるかということを楽しみにしていきます。

 今日の授業もDVDにして当該の先生に差し上げます。

 こんなことしかできない校長です。ほんとうに申し訳ないと思っています。学校運営、管理ばかりやってきて16年。生徒との接点もあまり無い。ある生徒は、「近くて遠い存在」とツイッターに書いておりました。いつでも来て良いですよと言っても、やはり敬遠されるようであります。

 この点はさみしいかぎりであります。その分、先生方が、うんとうんと生徒と接してくださっている。わたくしはそれだけで満足であります。


 また来週!
 

 

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授業を見る 地学

2011年05月12日 22時21分05秒 | 先公ごっこ2008年から2012年






 今日は地学の授業を紹介させていただきます。今年採用の新進気鋭の先生であります。なかなかの授業でありました。動画も撮ったので、こちらは学校でDVDに焼いて差し上げようとしましたら、なんとわたくしの校長室のパソコンではMP4を認知しない。自宅でやるしかない。これから挑戦しますが、できないかもしれません。時間が無くて。

 しかし、コンピュータの発達は日進月歩でついていけません。
 携帯だって、一番簡単なのを使っているくらいです。ついて行けないのは当たり前かも知れません。

 いろいろと5限目にその新進気鋭の先生とお話をさせていただいておりました。研究熱心であります。このような方の教師としての成長を見ていたいものでありますが、それはかなわぬ夢であります。
 
 教育実践主体の良い先生に是非なっていただきたいと心底思っております。それが未来の国を作っていく基盤となります。

 生徒諸君の方は、どうかどうか先生方の教育的叡智を全部自分のものにしていただきたい。待っていてはなりませぬ。自分から学ぶことであります。教わる方が偉そうにでぇ~んと構えていてはなりませぬ。さらに、全校集会で申し上げたように、生徒としての本分をまもりたまえ。生徒と教師としての矩をこえずというスタイルで学んでほしいと思います。 

論語に「吾、15にして学に志し、(略)70にして心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」というのがあります。

 矩をこえずというのは、ここから発想しているのです。
 つまり、自然であることであります。
 無理は禁物ということでもあります。

 しかし、若いときにはなかなかそんな生理・養生などということには従わない。つまり矩(のり)に従わない。しばしば矩(のり)をこえる。そして、無理をやる。けれども、だんだん身体そのものが理に従わねばならぬようになる。衰えると言うと情けないが、老いるということは自然に近づくということであり、自然に近づくということは、真理に近づくということである。

 そんなことを論語から感じるのであります。

 


 モームの「人間の絆」を読み始めました。今朝は、電車で学校に行きましたから、電車の中でです。予想どおり、引き込まれています。最初から、なんとまぁモームの分身である主人公の生き方のつらさよと思い始めました。母親が亡くなっていくシーンから始まるのであります。

 モームという人にだんだん興味を感じ始めました。

 銚子駅に着いたことに全く気がつかないほどでありました。没頭型と言えば聞こえはいいのですが、これもまたある種の「矩をこえた」状態であるのかもしれません。

 
 
 また明日!


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5月11日(水)のつぶやき

2011年05月12日 01時34分33秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
21:46 from goo
授業を見る 美術 #goo_kencho943 http://blog.goo.ne.jp/kencho943/e/a590306d6fcf0a0c6ec0de26bd168b7e
23:14 from web
授業参観開始。生徒の学びを見させていただく。実に楽しい。すばらしい先生方と生徒達。来年は絶対に見ることができない体験です。
23:16 from web
昨日、地区の校長先生方から、授業態度について褒めていただきました。ありがたいことであります。
23:19 from web
書道部の作品を1階に掲示してあります。今日は、校長室の脇の作品の前でデジカメ撮影をしていた女子生徒がおりました。
23:20 from web
質問をしたら、掲示してある作品はその生徒のものでありました。実に立派なレベルの高い作品であります。ブログに写真で紹介しましょう。明日以降。
23:24 from web
皆、それぞれの体験を重ねてきて、今があるんです。書道も、これまでの稽古の積み重ねがあるから、こんな立派な作品ができるのです。やはり、努力は裏切らないのです。
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授業を見る 美術

2011年05月11日 22時35分46秒 | 先公ごっこ2008年から2012年












 授業参観を始めました。そして、学校紹介としてこれを拙ブログに掲載して参ります。

 今日は美術の授業でありました。動画にも撮ったのですが、在校生諸君の実にいい表情もありました。しかし、残念ながらインターネットの世界では在校生諸君の顔は出せません。

 授業風景の欲しい先生には、DVDにして差し上げることにしています。参考になるのかも知れないと思うからです。

 実際、わたくしも自分で自分の授業をビデオに収めて、自己研修をしてきました。道徳授業の手法は特にそれが大切で、中学校の教師時代に真剣に取り組みました。鏡のようなもので、短所がよくわかります。なんと言っても道徳の授業は話し合いの組織化という困難な手法もあるのですから、なまなかなことではありません。

 高校にも道徳授業が導入されるということです。本格実施の時には、もうこの世界にはいません。どんな風に後輩の先生方が取り組まれるか楽しみでもあります。

 実は、今日は道徳教材として県教委から配布されたDVDを視聴していました。30分くらいの教材であります。これをどう使うかということでは、わたくしなりの指導案をメモ程度ですが、作りました。

 こういう試みは実に楽しいものであります。実際の生徒を想定しながら、授業設計をしていくわけです。

 発問をどうするかということ一つとっても、重要です。手法もいくつかあって、ワンパターンでは無いのです。話し合いをどう展開していくかということがプロの教師の腕前でもあるわけです。

 拙ブログの記事にもさせていただいた昆愛海(こん まなみ)ちゃんの記事と写真は、事実の重さに非常に打ちのめされました。(3月31日読売新聞) しかし、この記事は、生命観や愛、命の尊さというような価値観に迫ることもできます。この記事から、考えること、考えなければならないことはたくさんあります。愛海ちゃんから教えていただくわけです。辛かっただろうな、今でも辛いだろうなとは思いつつ。道徳的な価値について、考えさせられることでもあります。







 そこから本格的に、哲学の探究をすることも可能でありましょう。生死の問題について深い思索を重ねていくこともできます。大震災の報道は、本当にわたくしたちに真摯に生きることの意味を問うてきます。



 今日は、A*azonというインターネットの書店から、モームの「人間の絆」という新潮文庫が送られてきました。4日くらい前に、あ、まだ読んでいなかったと気がついたら、猛烈に読みたくなりました。いろいろ書店にも行って、千葉市の書店にも行きました。しかし皮肉なことに在庫がありません。どうしても無い。こういうときは、ほんとうに情けなくなります。最終的にはインターネットが頼りでありました。

 なぜモームの「人間の絆」を読みたくなったのか。「狂いのすすめ」という集英社新書を書かれていた先生が、この作品で人生の危機を乗り越えたと言っていたからです。危機を乗り越えたというより、危機に陥らずに済んだということをです。

 わたくしは、そういう観点でこのモームという作家を考えたことはなかった。月と六ペンスという作品を読んで、それっきり。あまり興味もわかなかった。不勉強もいいところであります。

 されど、別の読み方をされている方もおられるわけです。わたくしもそれと同じ体験をしてみようと思ったわけです。追体験というのでしょうか。

 けっこうな体験をさせていただいています。

 他人の体験から、それを鏡のようにして、また自己の体験を重ねていく。これもまたビデオのようなものであります。



 
 これからいくつも授業を見させていただきます。もう今年が最後の授業参観になります。一時間、一時間を感謝と崇敬の念をもって、拝見させていただくつもりです。先生方の尊い教育的叡智がたくさんつまった、それこそ貴重な時間を追体験させていたけるのです。これを幸福と言わずして、なんと言うべきでありましょうや。

 在校生諸君は本当に幸せであります。
 実にうらやましい。



 また明日!


 
  

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5月10日(火)のつぶやき

2011年05月11日 01時34分06秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
21:25 from web
今日はいろいろありました。
21:27 from web
県銚のためになることをいろいろお聞きしました。それはそれでありがたい限りでありました。
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5月9日(月)のつぶやき

2011年05月10日 01時33分00秒 | 先公ごっこ2008年から2012年
22:02 from goo
道中を楽しむ #goo_kencho943 http://blog.goo.ne.jp/kencho943/e/de9a4d9d34da48d4f27c8eda2f75232e
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親のこころ、子知らず。
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わたくしは、ほんとうに心配性であります。生徒のことばかり心配している。孫のような生徒を、です。ツイッターに、プロフにいろいろ書いてあると、年寄りは心配するんですぞ。。。。
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本当です。漫画日本昔話に出てくるじいさまのようにです。それにしても、あの番組は良かったなぁ。郷愁を刺激する。そうです。まさにあのような雪深い里で、カッパの出そうな渓で生きていましたから。
by kencho943 on Twitter
コメント
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/