夜な夜な「夜の街」に繰り出している政治屋輩
2020年7月5日(日)
6月30日、馴染みの店へ行って参りました。「夜の街」です。
この店に最初に行ったのは、2011年4月4日です。それ以来年4、5回程度は行っているでしょうか。
よく一緒に行く職場の先輩も気にいっているので、必然とこの店になるのです。
ただ、今回が最後です。
予約の際、週一で禁煙日を設けてもらえないかお願いしたところ、無理とのことでした。
私は、今後喫煙の店には一切行きません。気に行っていた店だけに残念であります。
17時に現地集合し、約2時間いました。客は我々2人で一切来客者無し!明らかにコロナの影響です。
一緒に行った職場の先輩が、真顔で心配しておりました。営業を続けれれるかということです。
それ以上真顔で言っていたのは、安倍政権がコロナそっちのけで解散をするのではないかということです。私は、流石にコロナの感染が拡大していたら、無理だろうと言ったのですが、その先輩は、これまで安倍内閣がやってきた悪事を連ね何をするか分からないと指摘したのであります。
このアサリですが、鮮度が落ちていました。客の回転がないのでありましょう。こんなことは今までありませんでしたので。むしろ、ホタルイカの刺身を提供するような鮮度自慢の店でありました。
コロナ禍が続くようだと、飲食業界は大きく変動することになると思います。
本日の会計は、二人で5500円也でありました。私が酒をたらふく飲みましたので、3000円支払いました。
我々も「夜の街」に繰り出しましたので、言う資格がないかもしれませんが、
一部自民党の幹部政治屋が、夜な夜な「夜の街」に繰り出して、解散風を吹かせております。このような政治屋輩には、コロナなんてどこ吹く風でありましょう。
「夜の街」で飲食する訳ですから、当然アルコールが入ります。国のトップ政治家はその職にある間、アルコールはご法度と思うのでありますが。何時起こるかも分からない災害が起これば、対策本部を直ちに立ち上げて陣頭指揮を取らねばなりません。このような政治屋輩にとっては、国民の災難なんてどこ吹く風でありましょう。
かくして、国民ホットケの解散風が吹くのであります。
次は、2011年初めて河太郎へ行った時のブログです。
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河太郎
2011年4月9日(土)
この店はフレンドリーさが際立っています。女将さんがつきっきりで、いろいろと世話を焼いてくれます。
そして、最後はお見送り。
初めて入った店でこのような、歓待を受けたのは初めてです。
これから、ちょくちょく行く店になりそうです。
感じの良い店なので、ついつい飲み過ぎ、同行した親友が、中央公園のコンペがどうのこうのと言ってましたが、酔っぱらって忘れてしまいました。
二人で結構飲んで、1万円弱とは、リーズナブルです。
・2011年4月4日、広島市中区「河太郎」。
注文しないのに出てきた。「お通し」。
まず目に飛び込んできたのが、このアサヒガニ。初めての店で、値段も分からないので躊躇しました。
大将に、今日のお勧めを尋ねると、何と10㎏のヒラメの刺身があるということでした。躊躇わず注文。
小さいヒラメに較べて、身が締まっており、シコシコ感があります。
どんなに大きいのか見せてもらいたいと言うと、出してきたのがこの頭を塩焼きにしたもの。
是非食しかったのですが、家用ということで、提供してもらえませんでした。
残念がっていると、代わりに出してくれたのが、胃袋と肝の酢の物。珍味です。胃袋のコリコリとした食感が抜群でした。肝はやはり、ハゲが王です。アンコウ肝に近い味でした。
メニュー。海の幸中心です。
裏返すと、飲み物のメニュー。日本酒の種類がもっとあれば良いです。
キノコのホイル焼き。
カキフライ。これが一人前ですが、他店であれば弐人前といってもおかしくありません。
アサリの酒蒸し。
レンコンの天ぷら。
カウンター席が10席程度。2階もあるようです。
途中から、タバコ吸客が隣に座って、それに苦しめられました。
愛嬌のある女将さんがお見送りしてくれました。
お久しぶりです。
以下「引用」です。(グラフがコピーできず)
まだ第1波の序の口にあるグローバル・コロナ
伊東 乾 2020/07/13 06:00
島国根性という言葉を、これほど強く感じたことはありませんでした。
テレビを見ない私ですが、それでも聞こえてくる報道の可笑しさ加減、大本営発表をそのまま垂れ流した1940年代も、「こんなのだったのだろうな」と思います。
例えば「第2波」とかいうおかしな言葉。冒頭のグラフを見て、ちょっと考えてみてください。
青いラインはデコボコしながら増減を繰り返しますが、挙動全体は右肩上がりで増加しています。
この小さな山の一つひとつを「第1波」「第2波」という人は、まともな視点、このグラフを遠目に眺めて、視力なども普通の人であれば、一人もいないでしょう。
お察しと思いますが、青いラインは先月から今月、つまり2020年6月1日から7月10日まで、全世界で毎日確認されている「日ごとの新型コロナウイルス感染者数」の推移で、世界のデータを単純に足し合わせたもの。
日本の怪しげな数字も混ざっていますが、統計的に相対誤差が小さくなり、あまり利いてきません。
ポコポコした上下動は何かとみてみると、周期が7日程度で、つまり1週間の平日休日によって感染確認数が変わるので、ほぼ定期的に上下動している。
これは、検査の実施や役所のとりまとめという、社会的な理由、人為的な要因での変化であると考えられ、データの真の挙動、つまり感染者数が本当にどれだけ増えたかという本質とは無関係であることが分かります。
こういうノイズをアーティファクトと呼びます。「測定誤差」ですね。
大学1、2年生に必修実験を教える際、こうした量の取り扱いを、元来は教えていたはずと思うのですが、最近の「修士課程」修了時の学生発表を見ると、誤差の扱いが「ぱっぱらぱー」で、デジタル機器の出力をそのまま出してくるものが9割方という現状があります。
少なくともうちの大学では観測されます。東京大学が単に劣悪なだけ(大いに考えられます)かもしれませんが、現実に観測される傾向にほかなりません。
つまり「観測」が問題なのです。
観測に関わるマトモな基礎が、政治家、マスコミを含む日本社会の大半に欠如しているので、普通の物理学者が首相を務めるドイツなどどは比較にもならない、低劣な愚見がまかり通ってしまう。
東京都知事選挙直前にもてんこ盛り、という「観測結果」は、先週のコラムでも示した通りです。
適切なスケールで見る大切さ
先ほどのグラフ、青いラインが、デコボコの摂動を繰り返しつつ、全体として上昇していること、しかもその勾配が、だんだん急になっているのが分かると思います。
これに対して、目立たないのですが、下の方でオレンジ色の線が横ばいになっているのがお分かりになりますか?
これが2020年6月1日から7月10日までの、全世界で確認されている毎日のコロナ死者数の単純加算です。ほとんどゼロに近いと見えるかもしれない。
でも、本当でしょうか。拡大してみましょう。
6月第1週から7月10日まで4週間プラス1.5週で5.5個のコブが、正直に上下に動いています。巨視的なデータは嘘がつけません。
さて、このデータは「横這い」なのでしょうか?
週間変動の「谷」を見ていただくと、少しずつ谷底が浅くなっているのが分かります。つまりごく少しずつ、死者は増加していることが分かります。
今このデータを「最小二乗法」という方法で直線近似して、前方に365日外挿してみるとどうなるか、示してみます。
ギザギザを急にしてみると、露骨に増えてるのが分かります。このペースで365日外挿すると、最も穏やかに見た「線形近似」でも1日の死者数が1万人に近づくことが分かります。
365日分積算すると200万人以上亡くなることが、暗算でも予測できます。
高校生に微積分を教えるのなら、直線より下の面積が1年後までの死者の総数になると説明することになります。
あえて子供にも分かる計算で示しているのは、あらゆる予測は近似モデルですから、計算根拠が分からないとブラックボックスで、おみくじにしかなりません。
教育的な観点から平易なモデルで透明に説明しているのにほかなりません。つまり、死者数は毎日、確実にベースラインで増えている。
ここで気をつけておく必要があるポイントがあります。
生兵法はけがのもと
「致死率」と「死者の絶対数」
最初のグラフで見た通り日々発見される新たな感染者数は30万人に近づいている。その中で5000人ほどが死んでいる。
比を取ると60分の1ほどで小さく見えてしまいます。この推移を、最初のグラフと重ねてみてみましょう。
青が感染者数、オレンジが死者数ですが、グラフで目視できるように10倍、また感染者数分の死者数=致死率を灰色で示しています。
数値は100万倍して、同じスケールで見えるように工夫してあるグラフです。一目見て、お分かりいただけることがあるでしょう。
つまり「致死率は下がっている」ように見える。
これは医療現場の奮闘を表しているもので、全世界の医療機関が懸命に努力して、感染者の死亡を食い止めている現実を示すものにほかならず、決して「感染者数が増加していない」わけでもなければ「死亡者が減っている」わけでもない。
事態は明らかに悪化しているのを医療の献身的な努力で致死率を下げている。
世の中には、頭のない人というのが存在して「最近、急激に死亡率は下がっている。ウイルスが無毒化したのか?」などとする落書きを目にし、低リテラシー極まれる無見識に頭痛を覚えました。
よろしいでしょうか。いまの新型コロナウイルスは・パンデミック、全世界規模で見ると、第1波が勢力を拡大しつつある、まさにその真っ最中で、およそ「第2波」どころか「第1波収束」の見通しが全く立たない状況です。
「日本はすでに抑え込みに成功した」「モンゴロイドは強いらしい」「BCGがABC」・・・。
その他いろいろな「表現の自由」に基づくポエムを目にしますが、よく理解しておくべきことは、「全世界では確実にパンデミックが悪化しており、世界恐慌がまず間違いなく到来する」こと。
例えば米国経済は破滅的な影響を必ず被りますから、その余波だけでも日本経済は大変な事態を免れないというグローバルな、マクロな「常識的観点」を強調しておきます。
国内だけで、小売りとか、飲食業とか観光産業とか、様々な業界、個々人の家計収支を考えれば GOTOその他のキャンペーンにもなるでしょう。
痛し痒しというところです。
しかし、グローバルに、つまり全世界の公衆衛生と、国際経済の両立を考える際に取るべきマクロな政策は、ローカルのそれとは、およそかけ離れたものになります。
先ほど最低予測で直線外挿した「青ギザギザ」つまり1日あたりの感染者数を、市中感染で標準的な指数関数で1年後まで外挿すると下のグラフのようになります。
「毎日新たに」170万人程度の「新規感染者」が出て不思議でありません。致死率5.2%が変化しなければ、一日あたりの死者数が8万5200人程度。1週間で50万人を超えてしまいます。
国内で予測された穏やかな数字「積算犠牲者42万人」致死率0.3%という日本国内の数字で、本当に収まってくれるかどうか全く定かでありません。
私自身は日本国内の感染対策の職掌ではなく、国内で一銭の資金援助も得ることなく、グローバル・パンデミックの経済影響や医療体制破壊、教育崩壊などをデータ駆動で予測する研究チームを束ねる立場ですので、上の話題に国内生活のミクロな局面と直結する例は出てきません。
しかし、まず間違いなく米国経済は破滅的危機に直面し、それは全世界に甚大な影響、特に日本経済には深刻な余波を齎す強い懸念があります。
井戸の中だけ、蛙の楽園が返ってきたと思っても、外の世界が核の冬なら、餌になる虫なども飛んできませんから、蛙の王国は滅亡するしかありません。
視野を幅広く持ち、根拠に基づく賢明な措置を、早め早めに講ずる必要が不可欠です。
この方のご意見は、一般的には「悲観シナリオ」ということになると思います。
「GO TO」なんて楽観シナリオの極致のようです。
私は、悲観シナリオではありませんが、 「GO TO」には、それ以上の距離を感じます。