平熱
2020年5月10日(日)
大阪府の吉村知事が注目されています。「大阪モデル」なるものを発表する等、国への「対抗意識」を露わにし、「人気」を集めています。
非常時には、このような勇ましいリーダーを望むというポピュリズムに、私ゃ、特に日本維新の会という独裁体質的政党であるだけに、懸念があります。
「大阪モデル」の基準については、私は専門家ではないので、その妥当性は分かりませんが、明らかに懸念されることがあります。
それは、「大阪だけ」ということであります。コロナには県境はありません。コロナは基本的に生活圏を単位として感染が拡大する訳ですので、生活圏が同じ近隣県との連携が必要と思います。極端な話、大阪が基準をクリアしても隣県で感染爆発が起こっていたら、大阪だけの基準で決定すべきではありません。その証拠に、「緊急事態宣言」は、未だに感染者を出していない岩手県を含めて全国に出しました。
まぁそもそも、県という行政区単位で物事を決すべき性質の問題ではありません。繰り返しになりますが、コロナに県境はないのであります。国が生活圏を考慮して基準を示すべきことです。
ところが、多くの評論家諸氏が、「地域の実情が分かっている知事が決定」に理解を示しています。
しかし、私は、そりゃ違うと思うのであります。
東京都を見てみますと、日替わり高級マスクも相まってやってる感演出の小池知事でありますが、コロナ対策を、来るべき選挙向けのパフォーマンスの場としております。この方大阪への対抗意識むき出しで、「大阪方式」はやらないと宣うておられます。←能力がないので出来ないと言った方が近いです。未だにデータの収集が十分ではありません。冷静に考えて小池氏が何かやったの?と思った時、実は大したことはやっていません。いち早く、協力金の決定を行いましたが、これ東京の財政状況だからできたことで、小池氏の手腕によるものではありません。お金があれば、全国何処の知事でも、小池氏並否それ以上に立派にできる知事って多いのではないかと思いますよ。
東京の問題で、脇道にそれましたが、私が言いたいのは、財政力の違いにより、対策にその差が出てはいけないということなんです。またまた繰り返しますが、このコロナには国境もなければ県境もありません。
東京のように財政力のある自治体は対策が十分にできて、一方財政力のない自治体はできなくて、そしてその責任を負わされたら、やってられないでしょ! 誰が知事であっても。
日本ならず世界的規模での危機事態に対して、巨額の対策費を出すことができるのは、国以外にありまません。そして、対策を行うのはそのお金を出す国が行うべきことです。
自治体に責任を負わすとして、いろいろと矛盾が出ます。例えば、ベッドですが、単一の県でみれば不足するけれども、同じ生活圏の数県でみれば足りているという場合があります。当然融通すべきでありますが、県のトップ同士がその話合いをしても、どうしても縄張り意識が出てしまうんですね。ここは国が(実態を把握した上でのことでありますが)決定する以外、効果的・効率的に行うことはできません。
私の拙い文章表現では、上手く説明できなかったのですが、
①コロナには県境がありませんので、国が統一的基準を示すべきであります。もちろん、その際はそれぞれの地域の実情を自治体からよく聞いた上でということです。
②国が基準を示すのであれば、それに基ずく対策費も国が出すということです。国が基準を示し、自治体が対策費を出すという方式はナンセンスです。財政力により差が出るからです。
③ ①と②を総合すると、国が司令塔となってお金も出す。実働部隊は、自治体ということです。今は、国が中途半端に口出しをし、お金も出さない!という最悪の方式になっています。
安倍嘘つき権力私物化立憲主義破壊無責任独裁政権では無理!無理!無理!なんです。
今日の標題の「平熱」でありますが、東京の昨日の感染者数が36人で、人間の平熱の36℃に掛け合わせたものです。日本全国で平熱になりたいですなぁ。
案外、日本の出口戦略は、「平熱」が基準になるかも~!(ハハハッ)
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