三段落〈 第三場面 御坂峠 〉
十月の半ば過ぎても、私の仕事は遅々として進まぬ。人が恋しい。夕焼け赤き雁の腹雲、二階の廊下で、一人煙草を吸いながら、わざと富士には目もくれず、それこそ血のしたたるような真っ赤な山の紅葉を、凝視していた。茶店の前の落ち葉を掃き集めている茶店のおかみさんに、声をかけた。
「おばさん! あしたは、天気がいいね。」
自分でも、びっくりするほど、うわずって、歓声にも似た声であった。おばさんはほうきの手を休め、顔を上げて、〈 不審げに眉をひそめ 〉、
「あした、何かおありなさるの?」
そうきかれて、私は窮した。
「何もない。」
おかみさんは笑い出した。
「お寂しいのでしょう。山へでもお登りになったら?」
「山は、登っても、すぐまた降りなければいけないのだから、つまらない。どの山へ登っても、同じ富士山が見えるだけで、それを思うと、気が重くなります。」
私の言葉が変だったのだろう。おばさんはただ曖昧にうなずいただけで、また枯れ葉を掃いた。
場面 場所 御坂峠
時 夕暮れ時
人物 私 おかみさん
Q41「不審げに眉をひそめ」たのは、なぜか。
A41 突然、興奮した声で話しかけてきた「私」の真意がわからなかったから。
私 仕事が進まない 人恋しい
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おかみさん 理解者 やさしい
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