今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

正月読書録1:幕末編

2009年01月02日 | 作品・作家評

今年から、当ブログの情報価値を高めため、極私的状況のみではなく、自分が読んだ本について紹介する。
ただし、それ自体が評論として価値のある”書評”ではなく、ネット書店の”読者コメント”レベル。
また読んだ本すべてではなく、専門書と載せる価値のない本は除く。

さて年末年始は、伝統回帰の気分になるので、読む本も歴史、とりわけ自分が高校以来興味をもっている”中世(室町期)の関東”と、曽祖父の関係で”幕末”に焦点をあてている。
読んだ順で紹介する。
まず年末は幕末物を読んだ。
今回は、勝海舟と大久保一翁。

1.勝 海舟『氷川清話』 江藤淳・松浦玲編 講談社(学術文庫)
勝海舟って、幕末維新の最大のヤマ場である”江戸無血開城”の一方の立役者の割には人気がない。
彼はその頃の徳川方代表なのだが、佐幕方(ファン)からみると、近藤・土方のように義に準じる美学がないし、会津のような悲劇性もない。
幕府遊撃隊の一員として箱館戦争に参戦した曽祖父をもつ私にとっても、戦わない幕臣・勝海舟には興味がわかなかった。
でも、このべらんめえ口調の江戸っ子こそ、実は幕末維新の”最終勝利者”ではないかと秘かに感じていた。
彼が守った江戸の街が、新時代の首都の座を京・阪から勝ち取り、近代国家日本の中心地としてその後の繁栄を導いたから。
しかも彼は、その繁栄の都で天寿を全うした。
この部分は気になっていたので、彼の書を読む機会をうかがってはいた。
この本は松浦玲らが氷川清話の元編者吉本襄の改竄を削除修正した版である。
その点でも史料的価値は高まっている。

勝が佐幕ファンから人気がないのは、彼自身が”幕臣”であることにも”武士道”にもこだわらなかったためだ(すなわち視野のスケールの違い)。
福沢諭吉は彼の武士道論において、勝の維新後のあり方(伯爵・政府の監査役)を批判している(その草稿を勝に送って、批評を求めたことが『清話』に載っている)。
『清話』を読んで解るのは、勝は尊皇・佐幕両派が準拠している”主君の御ため”ではなく、日本(国民)を第一に考えていた点。
彼の視野はすでに”近代人”だった(勝を殺しにいった坂本龍馬はこの勝の視野を学んだ)。
もとより幕府内の腐敗・時代遅れ性に辟易していた彼にとって、大政奉還は既定の方向であり、江戸城の明け渡しは、屈辱でも挫折でもなかった。
勝は幕臣時代から日本と朝鮮・中国との三国同盟を理想とし(殆どの日本人が佐幕対倒幕という視野の頃、東洋対西洋という視野をもっていた)、それゆえ日清戦争には反対していた。
ある意味、幕末維新の元勲たちで、これほど”戦わない”ことを志向した人もめずらしい。
その意味でサムライ精神全開の新選組と対局に位置するわけだから、人気がないのもむべなるかな(私個人的には土方歳三ファン)。

2.続けて古書店で買った『海舟座談』(巖本善治編。岩波書店)を読んだ。
手にした本は旧仮名遣いで、絶版なのかもしれない。
こちらは海舟の付人であった巖本氏による語録であり、氷川清話よりも海舟の生の声に近い。
また海舟の関係者の海舟への回顧録も含まれている。
人物評など『清話』と同じ記述もあるが、併せて読むとさらに理解が深まる。
というより、こちらの方が勝自身のホンネが一層出ている。
特に、海舟の根本的な価値観が解る。
彼は庭の木を切るのを一番嫌ったそうだ。
そして庭の草を刈ることも、虫の隠れ家がなくなるとして嫌がった。
彼を殺しに来た者は坂本龍馬だけではないが、海舟自身は、刀を抜いたことはないという。
彼の平和主義は筋金入りだった。
ところが、西郷との会談の場では、江戸を火の海とし決戦も辞さぬ態度を示す。
しっかり交渉術に長けていたわけだ(敗北主義・お花畑的平和主義者とは違う)。
この巧さが、純情(好戦的)な武士道ファンには狡猾と映るのだろう。
このように勝の偉業に目覚めたら、次の書に手が出た。

3.『勝海舟を動かした男 大久保一翁』古川愛哲 グラフ社
これは2008年11月の新刊書。
無役の勝を抜擢し、平和裡の体制変革である大政奉還の構想をもっていたのは、この幕臣一翁であった。
大久保一翁は、三河以来の譜代大久保氏の子孫。
だから幕臣としての年期は誰にも負けない。
その彼の、徳川氏の名誉ある幕引きを論じた『大開国論』は、残念ながら幕府内では無視された(特に慶喜)。
そして勝→坂本→後藤へと継承され、時機を逸し(徳川方にとって)不本意な形で実現された。
また江戸無血開城時の幕府側の公式の代表は、勝ではなく、一翁だった。
西郷たちは、勝や一翁には人間として敬意をもっていたが、(姑息に動く)慶喜は許しがたかったようだ。
誠明な14代将軍家茂が長生きしていれば…。

ただし大政奉還構想をもっていたのは、一翁だけではない。
勝がもっとも高く評価した人物の一人、横井小楠もしかりである(勝がベスト評価したもう一人は西郷隆盛。勝にとって大久保はちと考えすぎる欠点があったらしい)。
次に読む幕末物は横井小楠かな。

さて、以上の3冊。
勝海舟を知るには『海舟座談』の方がお薦め。
海舟の人となりがこっちの方が生々しく描かれているし、『清話』について本人たちも疑問に思っていることが示されているし。
また『大久保一翁』のように、真に維新を導いた人の発掘・再評価が進むのも頼もしい。