この時期の連休、出かけるなら開放空間ですごしたい。
”広々とした空間”で頭に浮かんだ場所は、川幅日本一を誇る鴻巣(こうのす:埼玉県鴻巣市)。
埼玉最奥の甲武信岳(2475m〕を水源とする荒川は、奥秩父の山中を下って、秩父を横断し、さらに熊谷から川口までの高崎線に沿って県内を縦断し、最後は都内に入って東京湾に注ぐ南関東一の大河川(この川の都内部分は歩いた)。
荒川は、その名の通り暴れ川で、中流の鴻巣付近で、川に沿った氾濫原(河川敷)がやたら幅広くなって、なんと幅が2537mに達して日本一広い(平成20年に判明)。
そして、それをヒントに、新しい地元名物として「川幅うどん」が誕生した。
もともとこのあたりには、「ひもかわうどん」という幅広うどんがあるのだが、その比ではない幅広さで、こちらも日本一である。
日頃はうどんより蕎麦を選ぶ私だが、このうどんにはぜひお目にかかって賞味したい。
そこで、前日に鴻巣観光協会のサイトから「川幅グルメマップ」をダウンロードして、それを参考に歩くルートを決める。
そして、晴天の今日、 JR高崎線に乗って、11時15分に鴻巣駅に降り立った。
駅西口から南に歩き、最初の訪問先は、人家の中にある、鴻巣御殿跡にあったという東照宮。
こちらは敷地内の祠をもってきたので日本一小さい東照宮。
そこからほど近い所に、川幅うどんを出す店の1つ長木屋に達する。
11時半の開店時間前だが、先客が1組店の前で待っていて、その後ろに並ぶと、私の後ろにも人が並んだ。
開店時間になって店に入り、3つある川幅うどんのメニューの中から「川幅御三家うどん」を注文(税抜き920円)。
なんでも、鴻巣が誇る3つの日本一、水管橋・お花畑・雛壇ピラミッドを、ちくわ天・彩豆腐・卵焼きで模したという。
さて出てきた川幅うどん(写真)。
麺が”面”になっている。
うどんのラザニアだ。
でも軟らかさと歯触りはうどんそのもの。
ちゃんと箸ですくえる。
見た目が尋常でない割りに普通においしかったし、話題性抜群。
名物開発の成功例といえる。
この地に来た目的の1つを早速終え、さらに街中を進む。
浄土宗の勝願寺(真田信重とその母(信之妻)・小松姫の墓がある)を詣で、観光協会が経営する「ひなの里」に入る。
ここは鴻巣オリジナルの物産が販売されている。
そういえば、先日の草加もそうだったけど、埼玉の街って、地元の物産を販売する店舗をきちんと構えていて、観光で訪れる者にとって、いわゆる有名観光地の無個性な土産(まんじゅう、スイート)とはちがう、個性的な土産物を買えるようになっている所が多い。
埼玉って、観光資源に乏しいといわれてるが、普通の市がオリジナルな観光資源を大切にしている姿勢は頼もしいし、観光に来た者には思いがけないグッズに出合えて嬉しい。
ではここ鴻巣の物産はというと、まずは雛人形だという。
人形というと岩槻(さいたま市)が有名だが、雛人形に関しては鴻巣が岩槻を凌駕しているらしい。
それと人形作りの関係で、”赤物”という赤く塗った縁起物も特産で、正月に我が家でやる手で口をぱくぱくあける獅子頭もこの地の産という。
それにもちろん「川幅うどん」もあり、さらにそれを摸した「川幅せんべい」まである。
家族の土産に川幅うどんを人数分買い、口をあける獅子頭も来年の正月用に買った。
このようにかさばる土産を持ち帰る予定だったので、物がたくさん入るトートリュックで来ている。
早めに土産も買ったので、本来の目的である荒川の河原に向う。
2kmほど歩いて大木が三本並んでいる観音堂を巡って、いよいよ広い河川敷に降りる。
視界のほとんどを占める日本一の河川敷の広さはさすが(写真)。
幅が2500m余ある河川敷だが、中を流れる荒川そのものの川幅は30mたらず。
広大な河川敷を東西に横断する細い一本道を歩く。
道のまわりは、最近まで湿っていた感じのヒビの入った乾いた泥が続く。
どうやら昨秋の台風で荒川が大増水し、この河川敷一杯に水が広がったようだ。
すなわち、その時は実際に川幅が日本一の2537m達したようだ(見たかった!)。
今だにその泥が干からびた状態で残っているわけだ。
でもそのおかげで、東京を含む下流一帯が浸水被害から免れた(荒川が東京で氾濫すると、銀座を含め0メートル地帯が大規模に冠水する)。
ある埼玉本によれば、同じ武蔵国の首都東京を背後から支えていることに埼玉の自負があるという。
この日本一の河川敷はそれを象徴している。
晴天の上流(北)側には、群馬の赤城山と雪を頂いた栃木の男体山が並んでいる。
西側には、秩父山系から奥多摩(東京)の山が続くが、富士は見えない。
風景的にはここは北関東。
河川敷を東から横断し、西端にある川端地蔵尊に達し、西端に沿って北上して、歩道のない車専用の御成橋(県道東松山鴻巣線)を横断して、橋の北側の河川敷に降りて、今度は東に向う。
すなわち、最大川幅を謳う御成橋をはさんで、最大川幅を東→西、そして西→東と往復するわけだ(それだけで5km歩く)。
御成橋東のたもとの「川幅日本一の碑」を確認し、ここからは荒川から離れて北上し、源経基館跡に行く。
経基といえば、下総を拠点に関東を一時制覇した平将門の乱を治めた清和源氏の武士。
埼玉は、かように武士黎明期の史跡が多い(武蔵は武士のふるさと)。
ここから東に進んで高崎線の線路をくぐって、最後の訪問地である鴻神社に着く(写真)。
鴻巣という地名発祥の地で、地元の鎮守。
私は、観光で来た地の鎮守を、挨拶として訪れることにしている。
”鴻”にちなんでコウノトリが西洋風解釈でアピールされて、子宝・安産祈願を旨としているため、若夫婦の参拝が目につく。
その事項に無縁な私は記念にコウノトリの土人形おみくじを買う。
ここから駅に向って歩き、駅前のショッピングモールに入ると、丁度「鴻巣びっくりひな祭り」が開催中で、雛人形のピラミッド(31段)が飾ってあった(これも日本一)。
駅に15時15分に着いたので、丁度4時間で一周したことになる。
2種類の”川幅”を堪能し、貴重な土産も買い、丁度時期的に雛人形の祭りも見れて、日本一がいくつもある鴻巣を満喫した。
埼玉って、派手な観光地こそないが、日帰り旅に向いたところがいくつもある。