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イランの地下世界 若宮總
イランに長く滞在しイラン人との様々な交流を持ってきたという著者によるイランについての解説書。題名の「地下世界」は、アウトローとか闇世界とかの意味ではなく、メディアでは語られないプライベートの空間や外国人に見せるイラン人の本音という意味で、書かれている内容は一般的なイラン人が何を考え、どのように日々を過ごしているかを教えてくれるものだ。但し、激しい政権批判が赤裸々に記述されているので、イランの警察などにマークされないように著者名は本名ではなく匿名のペンネームとのことで、著者の職業や詳しい滞在歴などは不明だ。現在のイランは、良く知られているように、ホメイニ師、ハメネイ師といったイスラム法学者を最高指導者とするイスラム原理主義の政権だが、実際に現政権を支持しているイラン人は著者のまわりにはほとんど皆無らしく、更に2022年の女性の衣装を巡る反体制デモ以降少しずつ変化を見せているとのこと。具体的には、イスラム教徒としての細かい服装に関する決まり、断食、毎日2度の礼拝、豚肉食禁止、飲酒禁止といった宗教的タブーなどは、イラン人の誰もが大昔に作られたほとんど意味のないものだと感じていて、自宅などのプライベートの空間では全く別の論理で生活しているし、宗教的決め事を忠実に実践しているのは出世や保身のための欺瞞に過ぎないとのこと。その一方で、現在のイラン人の多くが関心を持っているのは、キリスト教、禅、神道、共産主義、神秘主義、古代ペルシャへの憧憬などで、それらに共通するのはイスラム教への反発や支持疲れだと言う。また会話重視、見栄っ張りといったイラン人特有の人間性についても色々書かれていて、それらはイランという国の交通の要所という地理的要因、様々な民族との軋轢の歴史といったことなどが背景にあると教えてくれる。今まで全く知らなかったイランという国の実情が良く分かる充実した一冊だ。(「イランの地下世界」 若宮總、角川新書)
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