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死の貝 小林照幸
書評誌で絶賛されていたノンフィクション。本書には、副題に「日本住血吸虫症との闘い」とあるように、明治期に山梨、広島、及び九州南部のみでみられた謎の風土病(後に日本住血吸虫症と判明)について、その発症の原因や感染ルート(中間媒体のミヤイリガイなど)を特定し、さらに治療法、予防法を確立して完全に制圧するまでの多くの医師、研究者、行政らの壮絶な闘いが描かれている。まず巻頭の一枚の写真を見てこの病気の苛烈さに驚かされる。そして、遺体の解剖が罪人の遺体しかできなかった時代(死亡した患者の遺体の解剖ができなかった時代)、電子顕微鏡のない時代に、病気の原因を突き止めていくまでの地道だがドラマティックな物語に圧倒される。その後ようやく発症の原因が門脈に寄生する全く新しい寄生虫(日本住血吸虫)であることが突き止められるのだが、そこに至るまでの、研究のために死後の解剖を希望した患者の話、感染ルート特定のために愛猫を検体として差し出す医師など、本当に涙なしには読めない話の連続だ。さらに話は治療薬の探究、予防方法の模索(溝渠のコンクリート化、熱湯消毒、PCPナトリウムなど殺貝剤による消毒、水田から果樹園やゴルフ場への転換、虫を媒介する農耕用牛馬から機械への転換など)へと続いていくが、その過程で昭和天皇による研究者への激励、レイテ島での米兵大量感染の教訓から対策を強力に推進した戦後のGHQ、揚子江流域での大量死に直面していた中国の周恩来首相の日本への協力要請といったエピソードが続く。いずれのエピソードも驚きの連続だし、日本での研究成果が中国やアフリカなど世界中の風土病との闘いに役立っていくのが感動的だ。そして、本書に関して一番驚くのは、これが執筆された1990年代に本書の著者がまだ20代だったという事実だ。当時は懸命にこの病との闘いに臨んだ医師や学者の一部がまだ存命で、本書こそ彼らへのヒヤリングが可能だった最後のタイミングで書かれたという事実に圧倒される。(「死の貝」 小林照幸、新潮文庫)
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