ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。下手な絵を媒介に、落ち着いて、考え、語ることが目的です。

街道の落ち葉

2024年12月11日 | 日記

                 並木
 この2,3日の冷え込みで、木々の葉の色付が本格化してきた。各地の紅葉も伝えられている。夏が暑かったせいで、葉が茂り、紅葉がいつもより鮮やかなようだ。我が家の近くの街道に植えられているユリノキも茶黄色に紅葉し、歩道を歩くのが気持ちいい。この木は植樹されてかれこれ40年。ずいぶんを大きくなって、歩道を覆いかぶさるように茂っている。
 問題なのは、落葉の処理。路面を管理している商店街の人々や民家の人たちは大忙し。今は焚き火が禁止されているので、落ち葉を掃き集め、管理するのが相当に面倒なのである。
 毎年、秋口になると落ち葉対策としてか、並木の強剪定が始まる。枝や葉は綺麗に刈り取られ、丸坊主。このほうが美観上好ましいと思う方もいるが、大きく育った木の生育を損ねていることには違いない。今年は剪定年を免れたのか、枝葉が大きく張り、夏場に木陰を作ってくれた木々である。
 落ち葉、なんとか火を使わないで始末の仕方はないのだろうか。炎は出さず、高熱で乾燥させる燃焼炉とかを並木の所々に設置する。灰は肥料になるので、そのまま並木に施肥すれば木々は一層育つだろう。などと空想する。
 落ち葉の季節は、落葉を踏み歩くことの風情もあるが、また掃き清めれてた路面を歩く気持ちよさもある。新緑を含め、並木通りの四季を体感できるのは、都会で住むものの楽しみのひとつである。
 とはいえ、一番の問題は、歩道が狭いこと。先だって、ある幹線道のバスに乗ったのだが、街道沿いにイチョウが植えられている。強い剪定で樹は萎縮している。イチョウは厚みのある葉が特徴で、歩く時には支障がある。それに強い匂いの銀杏。並木の木として決して好ましいとは思えない。公園などでは、雰囲気を醸しだず象徵のような役割を果たすが、狭い歩道とは相容れない樹木だと思う。
 街道の並木はどうあるべきか。本腰を入れて考えたいものである。神宮外苑の緑を保護することが一部で話題だが、ポイントがずれている。都市の樹木は保護するものではなく、人間にあわせて管理するものである。都市の並木のあり方、あるいは管理の仕方を本気で検討してもらいたいものだ。高木である必要はない、場所によっては灌木が相応しい場所もあるのだ。江戸時代の並木は、道路の里程標の役割を果たす榎が植えられていた。【彬】

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする