ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。下手な絵を媒介に、落ち着いて、考え、語ることが目的です。

武漢・新型コロナウィルスに思う

2020年01月29日 | 日記

ペーパーホワイト=水仙

 武漢から発生したを新型肺炎ウィルスが世界中に蔓延中で、これをどう食い止めるのか。日本だけでなく世界中の喫緊の課題で、現地中国での様子がどうなのか、テレビなどマスコミを通じてだが、色々と伝えられてくる。私が気になることを箇条書きすると以下のようである。

 ⑴ 発生地武漢は1100万人規模のメガロポリスだが、中国は、これを一気に封鎖した。
 鉄道やバス、飛行場など外部と接触する交通を遮断したのである。社会の根幹に当たる交通を、なんなく即座に実施してしまうのが、中国である。
 都市の封鎖というのは、どういうことなのだろうか。問題を市中内だけで片付けるということだから、封じ込められた人はたまったものではないだろう。食糧や医薬、生活備品などの供給排出はどうなるのだろうか。もしウィルスに水が関係しているとなったら、水道も遮断するのだろうか。中国ではないが、昔は一帯を焼き尽くすということも行われたことがあった。

 ⑵ 収容する病院が足らないので、1週間足らずの間に新しく病棟を建てるという。
 土地を確保し整地し、上下水道を完備し、電力を供給する建物を1週間ほどで建てるなど、狂気の沙汰のように思える。これも中国だからできることなのだろう。さらに中国各地の医療部隊が招集され命令一下、現地に向かう。まるで軍隊の兵站活動である。これも中国だからできることだろう。日本などでは、様々な手続きが必要で、まるでSF的だ。

 ⑶ 感染が懸念される市民は、病院に殺到する。しかし、それを受け入れる体制がない。人々は長い行列を作って診察を待つだけである。
 民間の診療所とか、あるいは看護婦が臨時に対応する施設はないのだろうか。あるいは臨時に開設し相談に応ずるなどの活動ができないのだろうか。中国政府は習近平首席のもと、李克強首相が現地を訪れ、対策に追われている人たちに向かって、叱責するかのような激越な活をいれる様子が報道される。日本だと現地の対策本部に出向き、労をねぎらうのが普通だと思うのだが。
 以上のよう苛烈な対策は一定程度成果を出しているかのようにも思えるが、さてこれが北京や上海といった都市に拡散していったらどうするのだろうか。
 
 ⑷ 現在の中国の動向は、中国という国の特徴をよく表しているように思える。
 こうした対処の仕方は、共産党独裁という国家の強権的体制が引き起こすのだろう。しかし、本当は、唐代から清代、さらには現代にまで引き継いでいる中国の官僚制度に由来しているように思える。中国共産党は科挙の変形なのではないのか。そしてそれを差配するのが皇帝である。習近平さんは現代の皇帝なのであろう。
 そうした政治権力の仕組みが、地方の自治を妨げ、民生の発展を阻害し、今回のウィルス肺炎の対応に現れているのではないか。
  
 ウィルスの拡散は物流とは違って目には見えない。だから政治的な権力では動しがたいのである。おそらく、これに対処するには民間の生活レベル、例えば衛生、栄養、生活マナーといったものを改善する以外にない。日本ではあの東北大震災の時の地元の人たちの助け合いに思い至る。民生を豊かにすること、これが大規模災害の対策の基本であると思う。
 武漢の肺炎ウィルスの早期の収束を願うとともに、これを教訓に、人事ながら中国が変わっていくことを念ずるものである。【彬】

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地球温暖化、大人の対応

2020年01月23日 | 日記

 昨年、2019年12月24日付けの私の記事、「ゲレタ・トューンベリ」でTIME誌の person of the yearについて書きました。

 スェーデンの高校生、グレタさんの活動については、世界の大国の指導者も発言をしている。トランプ大統領、プーチン大統領は、「もっと勉強するように。世の中はそう簡単なものではない。」のような言葉だ。ブラジルの大統領は森林を開発し農地に転換しようとしている。好意的にとらえれば、地球温暖化対応は大切だが、先ず国民の生活維持改善が優先される、ということか。

 TIME誌は、読者の投稿記事を載せている。世界で最も長い歴史と最大の読者数を持つ総合誌であるので、僕は、どのような投稿が寄せられるか関心があったが、最新の号で載せられている。賛成、反対、をバランスよく対比させていているが、掲載の選択もTIME誌の編集方針によることを考慮しながらも整理すると、はっきり意見は分かれている。

  • 賛成

 グレタは選ばれるに値する。世界は彼女のような勇気ある若者を必要としている。宗教や人種により分断され世界を纏めようとしている。権力者たちは行動することが難しいが、若い世代の声を聴くべきだ。

  • 反対

 地球温暖化には、実に多くの立派は人たちが対策に努力してきた。グレタさんだけが持ち上げられるのはおかしい。

 TIME誌は幅広く平等に伝えるべきだ。だが、この数年、反トランプの記事ばかりで、反民主党の記事はほとんどない。極めつけは、このグレタさんを選んだことだ。

 さて、僕自身は、①、②、両方とももっともな意見だと思うが、地球温暖化対策は、もはや今すぐ行動しなければならないことだと思う。政治経済、宗教、人種、格差、文化習慣、科学技術、・・・のマクロ話はともかく、今自分ができることがあるのではないか、と。

 今、自宅の照明を全てLED化しようとしている。現状で特に不都合はないのだが、実を言うと、グレタさんの活動をみてからそう決めたことなのだ。

 絵はTIME誌の写真からスケッチ

     2020年1月23日  岩下賢治

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不可解なマナー

2020年01月16日 | 日記

ご近所のロウバイが開花

 エスカレーターで片側を空ける習慣は、どのように生まれ、何時ごろから定着したものなのだろうか。少なくとも私の30〜50歳ごろはなかった。はっきり言って、あまり好ましい習俗とは思わない。
 先頃のこと、東京駅だったか、電車を降りると階段前のホームが混み合っている。そんなに乗降客が多くはなかったはずで、どうしたのかと思うと、エスカレーターの順番待ちをする行列だった。だが、よく見ると、片側がまったく空いている。なんで空いているところに乗らないのか。
 右側は急いでいる人たちのために空けているとのこと。急いでいるなら、階段を利用すればよいだろうに。しかし、片側=右側を空けるのが、エスカレーターに乗る際のマナーになっているのだ。なんとも不可解な習俗だ。
 この習慣は駅側にとっても迷惑らしく、時に「危険だからエスカレーター内で歩かないように」とのアナウンスが聞こえてくる。「危険」というのはおそらく方便で、伝えられるところだと利用者が片側に寄りすぎるとエスカレーターの仕組・機械の劣化が早まるらしい。
 著名なブロガーであるfinalventさんも、この習俗に不満らしく、わざと右側に乗るとのこと。すると必ず嫌な顔をされるという。先日、比較的空いている時に、finalventさんに習って私も右側に立った。ちょうど荷物を左側に抱えていたから、右側でも不自然ではなかったと思う。
 すると若者が後ろから降りてきて、すみませんと右側を空けるように言う。仕方ないので空けてあげたが、その折「階段は歩いてはダメでしょ」と言ってやった。若者はふりかえりもせず、さっさと降りていったから、年寄りがなにをほざいていやがると思ったに違いない。「階段」というのはエスカレーターの言い間違いだが、とっさのことだったので、つい「階段」と言ってしまったのである。
 こんな時のために言葉を用意しておけばよかったなと、後で悔しい思いがしたのだった。【彬】 

 

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陶芸について

2020年01月09日 | 日記

 NHK朝ドラ「スカーレット」。信楽を舞台とした女性陶芸家の草分けである、ヒロインの生涯を描くドラマ。年が明け、ようやく面白くなってきた。自分の目指す作品を創り出す中での、苦悩や喜びがよく描かれている。

 以前、僕は茨城に住んでいたころ、笠間や、栃木の益子が近いので、陶芸には親しみを持っていた。また、地元、常陸大宮市御前山地区の「御前山焼」の陶芸家とも親しくしたこともあった。今、趣味で絵を描いていて、年2~3回展示会を開くが、いつも、陶芸グループとコラボになるので、彼らから陶芸について話を聞くことがある。朝ドラで、ヒロインや同じく陶芸家の夫が演じる、創作する過程での苦労、と似たようなものが多い。

 僕の眼から見ると、陶芸は奥が深い。形(デザイン)、色、肌触り、完成品の出来栄えは焼いてみないとわからない、のだそうだ。茨城時代入手した、「御前山焼」をいくつか眺めてみる。茨城・御前山地域の、里山、田畑、河川、土や空気の匂いが、懐かしく思い出される。作品はその土地の味わいを表すものなのかな。

 さて、よく言われることだが、レベルは様々違うのだろうが、「人は皆芸術家」。そして、何か創ろうとすると、何を、どのように、と悩むこともあるだろう。僕は、今、3月の展示会の作品をどうするか迷い、思案している。だから、朝ドラ「スカーレット」に親しみを感じるのかもしれない。

 絵は、手元にある「御前山焼」のいくつか。

    2020年1月8日  岩下賢治

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飲食店にはアジア系外国人がいっぱい

2020年01月07日 | 日記

ワビスケ

 都心の飲食店ではアジア系の外国人がいっぱいである。といってもお客ではなく、働く人たちである。食べ物飲み物を注文すると、不確かな返答が返ってきて、なにが出てくるか不安になることがある。これは都心だけのことではなく、おそらく地方都市でも同じだと思う。
 飲食店ではいま人手不足が深刻で、外国人労働者の手助けなしには、営業が困難になっているのだろう。外国人といっても、ヨーロッパや南北アメリカ系の人はすくなく、圧倒的に東南アジア系の若い女性だ。もちろん男性もいるのだろうが、彼らはたぶん厨房の中での仕事についているのだと推測できる。
 来日労働者というのは、名目的には勉学とかあるのだろうが、現実的には金を稼ぎたいのである。私たちから見ると、日本は家賃や物価が高く、金を稼ぐのに適しているとは思わないのだが、それは私たちの生活感覚であって、彼らから見ると人種も近く、夢を託せる国なのだろう。
 私がよく利用する中華風ラーメン店には、中国からの気学を学ぶ留学生と、やや高齢の中国人が働いていて、テキパキとよく働く。言葉も流暢で気持ちがよい。とはいえ、異国のことだとて不安なことはないのだろうかと気になる。
 かつて多くの日本人が海外に渡り辛酸を舐めながら暮らしてきたことを思うと、いま日本に来ている人たちを他人事のようにも思えないのだ。
 私は海外の経験はまったくないのだが、外国行って気になるのは病気のことである。外国で病院にかかるには、どういう手続きが必要で、費用がいくらくらいかかるのだろうか。いま容易く海外旅行する人がいるが、気にならないのだろうか。
 そんなことを思うので、日本で働く外国人には、ぜひ健康上の保障をしてあげたい。そんなことを思い調べてみたら、日本で働く外国人にも日本人と同じ国民健康保険が適用されているそうだ。それを悪用している人もいるらしいが、この制度は世界に誇る日本の制度だと思う。安心した。
 アメリカやイギリス、ドイツなどの西洋国家では海外の移住者が地元民の仕事を奪うといって反発されているが、量には問題があるものの、人が夢をもって国境を自由に越えることを阻害するのは、理想からは後退した対処である。【彬】

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