ハナニラです。
井上達夫さんの「リベラルは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください」(毎日新聞出版)という長ったらしいタイトルの本が気になって、発売後すぐ購入したのだが、長らく積読していた。
パラパラとだが、ようやく読み終わったので、私として言うべきことは言って置きたいと思う
井上さんは海外の知友も多く、法哲学者として独走しておられる方(東大教授)で、本書はインタビューの形をとって、自説をかなり大胆に述べていて、内容的にもわかりやすく説得的だと思う。
要旨をかいつまで言えば、グローバル化(西欧・東洋だけでなく)した現代において、リベラリズムとして政治的な価値あるいは人権、正義というのはどう考えればよいのか、という問題だ。井上さんは言う。
「リベラリズムとは何か。リベラリズムには二つの歴史的起源があります。「啓蒙」と「寛容」です。啓蒙主義というのは理性の重視ですね。理性によって蒙を啓く。因習や迷信を理性によって打破し、その抑圧から人間を解放する思想運動です。」
そして、寛容というのはヨーロッパの宗教改革の後にでてくる宗教戦争を経ての棲み分けの経験からで、
「その経験から出てきたのが寛容です。宗教が違い、価値観が違っても、共存しましょう、という。この「啓蒙」の伝統と「寛容」の伝統が、リベラリズムの歴史的淵源だとういうことは、ほぼすべての研究者の共通了解です。」
だが、冷戦時代までとは違い、今日のような政治的な価値が錯綜している状況では、啓蒙と寛容という指針は、価値の相対主義に陥りやすい。そこで、それを突破するために、正義という概念をもってくる。しかし単なる正義ではなく、グローバルな世界正義論、つまり世界中に通用する絶対的価値を措定する。例えば人権の絶対性、そうした正義を求める立場である。
こうして展開された論の中で、もっとも気になるのは、「徴兵制」である。井上さんはいう。
「もし戦力を保有すると決定をしたら、徴兵制でなければいけない、と。かつ、その徴兵制で、良心的兵役拒否を、認めなければいけない、と。‥それはなぜかというと、無責任な好戦感情に国民が侵されないようにするためです。‥
徴兵制の採用は、軍事力をもつことを選択した民主国家の国民の責任である、と。自分たちが軍事力を無責任に濫用しないために、自分たちに課すシバリだ、とうことです。
そして、徴兵は、絶対に無差別公平でなければいけない。富裕層だろうが、政治家の家族だろうが、徴兵逃れは絶対に許さない。」
と述べている。
リベラリズムの原理からいえば、国家に軍隊がある限り、徴兵制は当然なのだろう。井上さんのほか、最近では三浦瑠麗さんもおなじようなことを述べているらしい。
私はリベラリストではないが、こうした考えには基本的に反対である。なぜか。
井上さんは国民と国家の関係をストレートに繋いで、国民は国家の一員であり、国民と国家は一体であると考えているように思う。だから軍事と言えども税金と同じように国民の義務となるのである。
本当だろうか。確かに日本のような近代国家は国民国家とし、それまでの宗教国家や専制国家とも違い、主権は国民に属し、基本的人権も保障された国家体制となっている。国民=国家というわけだ。しかし国家というのは、主権者である私たちを代表する議員たちによって運営されようが、国家という実体を持った時、私たち個々の意識から分離し(疎外され)、共同の幻想として独立するものである。吉本隆明さん風に言えば、逆立する。その共同性は必ず個人の思いとは遠く隔てられるものだ。平時の選挙の投票率が50~60%だと言う現実がそれをよく表していよう。その国家が軍隊を維持する目的は、国家自体の自己運動以外にない。
とは言え、国家は軍隊を必要する。たとえ、外国からの侵略がなくともである。そこで、三権の分立、そして軍隊のシビリアンコントロールというのは、この軍隊に対する歯止めとして設定されているわけだ。
ならば君は軍隊は不要と言うのか、と問われよう。憲法9条至上主義者のように。
私はそうとは考えない。国家が実体あるものとして機能するには(国家が廃止されない限り)、国家権力の行使を保障する、警察と同様の実行部隊が必要なのは明らかだからだ。
とすれば、国家権力と国民を直接に繋ぐ考えを排除し、国家あるいは国家機能というものを国民の主権を委託する行政組織と明確にすべきなのである。行政の責任として国家は隊員を募集し、訓練する。そして国民はそうした軍事事業に失敗した際にはいつでも罷免し、軍隊を解散できる体制をとるべきである。統帥権も内閣だけではなく、三権の元に置くこと。軍隊は徴兵制を取ってはいけない。
今日、国際政治状況からいえば、軍事面は縮小されつつある。だから国家の持つ軍事力は必要最小限であるべきだし、そしていつでも転用ができるように、余剰部分を強力な機動力を持つ災害救助隊として、別途かつ並列的に組織されるべきというのが私の考えだ。救助隊はいざという時の、重要なロジスティック(兵站部隊)になるのだ。
現在、徴兵制を取っているのは韓国。スイス、オーストリア、フランスは最近廃止している。アメリカはベトナム戦争の時に、徴兵制を実施したが、現在は廃止している。【彬】