私の夏休みは東京都小金井市の自宅に戻り、読書をしたり近所の公園辺りを散策、ジョギングしたりし、いたって平凡なものである。だが、この過ごし方は自分としてはなかなか贅沢なものと思っている。というのは、次のような高校生時代の経験から見てのことであるが。
①国語の先生から、「夏休み中は普段読めない文学の名作を読むようにしなさい。それが皆さんを成長させるよ。」と、指摘されながら、暑さもあり、できなかったこと。
②某予備校の夏期講習に参加したとき、某お金持ちの講師がこんなことを言っていた。「ことしの夏は、自宅にエアコンをいれた。これで軽井沢の別荘にいかなくてすむ。」当時自宅にエアコンを自宅に入れる家庭は少なかったと思う。
高校を出て、大学生・社会人になってからは、夏休みは旅行や登山ばかりしていたが、この10年ほどは落ち着いて、読書と自然の中の散策が主になっている。
今は各家庭でエアコンを入れる時代。涼しい中での読書ははかどる。ちなみに、この夏は露伴の「五重塔」や花袋の「蒲団」他など明治期の名作に親しみ、高校時代にはできなかった先生の指導にようやく応えることができたかな、と懐かしい思いがした。疲れれば近くの野川公園あたりの散策になる。軽井沢とは比べるべくもないが、夏の深い緑は眼を元気にしてくれる。このあたりは大岡昇平の「武蔵野夫人」の舞台となった。また、スタジオジブリの「借り暮らしのアリエッティー」の映像には、まさにこの野川や周辺の風景が使われている。以前、製作中の米林監督が、アリエッティー(小人の少女)の住まいから野川に繋がる水路の絵を小人の目線で描くため、モデルとなった実際の水路に小型のビデオカメラを入れて撮影していた。このように野川公園あたりは、文人、芸術家の関心をひきつけるものがある。
夕暮れの涼しくなった頃、野川公園あたりの住宅地に、リヤカーを引き豆腐を売り歩く人がいた。下町ではありそうだが、郊外のこのあたりにも似合う風景である。
絵は東京都野川公園 8月18日 岩下賢治