ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。下手な絵を媒介に、落ち着いて、考え、語ることが目的です。

世界で最も影響のある100人

2017年04月27日 | 日記

 米国タイム誌の最新号、5月1~8日号は、この時期恒例となっている、世界で最も影響のある100人「the 100 most influential people in the world」の特集号である。政治、経済、科学、芸術、スポーツ、芸能、の分野で、世界の中から、タイム誌が独自に選んでいる。いつも驚くのだが、なんと知らない人ばかりであるか!今回僕の知っている人は16名。知識不足、勉強不足、視野が狭い、と言ってしまえばそれまでだが、やはり、世界は広く深いということなのしょうか。 

 編集長の巻頭言は、「世界の著名人にまじり、名前は知られていないが、革新的な力、大きな大志を持ち、従来解決できなかった問題を解決できるであろう人たちが載せられた。・・・」

 だが、いつも思うのですが、誰が選ばれたか、とうよりも、誰がえらんだか、ということが興味を引きます。ちなみに、僕の知っている16人で、選ばれた人、選んだ人、をすこし挙げると

1. トランプ氏は、ライアン報道官

2. プーチン氏は、ゴルバチェフ元ソビエト大統領

3. 習近平氏は、ケリー前国務長官

4. キム・ジョンウン氏は、ヒル氏・・・米国の元在韓国大使

5. イバンカ氏は、マードリック氏・・・映画プロデューサー

6. そして、日本から唯一選ばれた、小池東京都知事は、パリ市長のイダルゴ氏。

 改めて100人全体を眺めてみると、アメリカ人が35人を占める。選んだ人はアメリカ人がほとんど、わずかにヨーロッパ人。タイム誌は主たる読者はアメリカ人であるので、十分グローバルな視点で編集するのは難しいだろう。

 ところで、タイム誌には世界中の読者からの投稿欄があるが、内容がアメリカよりすぎる、グローバルな視点にたってほしい、との意見がたびたびある。僕としては、社会人になって以来、グローバルな見方ができるようにと、購読を続けている。決して、タイムを宣伝するわけではないが、グローバルな視点を持ちたいということから読み続けるつもりではあります。

 絵は、最新号の表紙の写真に載った、左側、アマゾンのCEOの、JEFF BEZOS氏、と、右側は 小池東京都知事。

    2017年4月26日  岩下賢治

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東京の春蘭

2017年04月10日 | 日記

 僕は、毎週木曜日の夜7時から8時半まで、ランニング仲間と一緒に、東京の神宮外苑の絵画館回りと、赤坂迎賓館回りで、練習をしている。この2週間ほど前、走りながら気が付いたのだが、迎賓館西門の石垣の上の花壇両側200メートルほどにわたり、ランの仲間、春蘭が植えられている。

 これには少々驚いた。というのは、以下のような経験があるからだ。

 僕は、2年前まで、13年間仕事の関係で、茨城県北西部に住んでいた。当地に赴任にした当時、山野草に詳しい人と、山野を歩き、春蘭の群生に出会った。彼は大喜びで幾く株も掘り出し持って帰って行った。僕はよく知らなかったが、春蘭は当地でも珍しく、その後自然の中で出会うことなく、直売店で、鉢植えの姿で安からぬ値段がつけられているのを見るだけであった。

 ランといえば鑑賞用につくられたハデハデの花を思い浮かべるが、それは「洋ラン」のこと。日本では古来、春蘭のように自然のランをそのまま株分けして珍重してきたがこれを「東洋ラン」として区別しているようだ。春蘭は地味な植物で、関心のない人は気が付かないだろう。「ラン展」などが開かれ出品されるのは人の目をひく「洋ラン」だろう。・・・・したがい、東京ではもう春蘭に出会うことはないだろうと思っていた。

 ところで、迎賓館西門の花壇にいつごろから春蘭を植えているのだろう。僕が気が付いたのは、2週間ほど前だが、おそらく最近のことだろう。東京には海外からのお客さんが増えている。迎賓館として、しとやかで控えめなランを植え、「日本らしさ」をみせようとしているのかな?・・・迎賓館そのものはベルサイユ宮殿を模しているようだが前庭は芝生に松だけという極めてシンプルな日本的なものになっている。

  さて、僕は最近、膝を故障し、ランニングはゆっくりだ。従い、視線はまっすぐ前だけでなく、周囲を観察しながら走る余裕がある。このゆっくり走ることで、春蘭を見つけることができたのかもしれない。そう思うと膝の痛みにも少々救われる。

      絵は迎賓館西門の風景。枠内は春蘭。

       2017年4月10日  岩下賢治

 

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承前・生鮮食品での仲買業

2017年04月07日 | 日記

                            ユキヤナギ再び

 仲買人の重要さは、例えば農産物の産直品を生協などから注文するとよくわかる。生協では粗悪品の交換には応ずるが、中身はチェックしないので、トマトなど産直で箱買いすると決まって不良品が一つや二つ混じってくる。市場では流通できないような品物を押し込んでくるのだ。善意に解釈すれば、農家の気持ちとしては、味にたいした違いはないのだから、せっかく収穫したものを一種のサービスのつもりで押し込むのだろう。それだけならまだ良い。天候不順で不作の時に、市場の高値につられ、そちらを優先し、産直契約者を後回しにした作物を送ってくることがある。

 これでは農家は自分で自分の首を絞めるようなものだ。

 こうしたその場しのぎの対応を防ぐためにも確かな仲買人が、実は農家にとっても必要なのだ。

 ところが、農家ら漁民は仲買人を嫌う気風がある。戦前、商品経済になれない人たちが仲買人に騙されたと思うような出来事が多かったからである。戦後、社会主義的な志向が強まり、農漁村でも組合運動が叫ばれるようになって、仲買人を介せずに取引ができる農業組合や漁業組合が全国各地で結成された。一時、組合内部で集荷や選別を行おう動きがあったものの、にわか仕込みの組合の職員では日々流通する市場動向についていくことは不可能で、結局尻つぼみになった。そして今では組合は単なる金融機関に過ぎなくなっている。

 仲買人の活動が実はどんあものなのか、私たちにはよく見えない。しかし店頭で品揃いされた品物を見るとほとんど芸術品のように見事だ。その選別をしているのが仲買いの職人である。各地の市場や生産現場での仲買人たちの活動がもっと評価されて良いのだと思う。

 築地=豊洲問題のいざこざを見るにつけ、その思いが増すばかりである。【彬】


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仲買い制度が品質を支える

2017年04月03日 | 日記

                                ユキヤナギです。

 もう遥か昔のことになるが、築地の場内市場でタラコを一桶買ったことがある。場内では取引単位がキロなので、タラコのような加工品は30腹程度を詰めた樽売りになる。自宅に持ち帰り、一腹ずつラップに包み、冷凍し、小出しにして食べるのである。これが、今は亡き丸元淑生さんが勧める都会の食事法だった。村上春樹の小説に出てきそうな情景である。

 そして、美味しく食べた。これに味をしめ、また買いに行った。場内に入り、ほぼ同じ場所と銘柄だった(と思う)樽ものを、同じように一樽買ったのだが、これが大外れ、悔しい思いをしたことがある。

 それで、この時の教訓。自惚れの素人判断ほど危ないものはないということ。

 とは言え、同じような過ちを何度したことか。道端で売っている蟹、果物、野菜の類。つい呼び込みにつられ、買ってしまう。決して安くも美味しくもない。生鮮類を買うには、確かな仲買いの目を通ったものが良い。一時、仲買業などを中間搾取だとして、産直を勧める動きがあったが、これは嘘だ。仲買いは英語で言えばdeal、生産者と購入者を取り次ぐ大切な橋渡しである。dealerの活躍が抑制されているところではろくな品物しか市場に出て来ない。

 今、豊洲をめぐる市場のあり方が問題となっている。安全とか安心とか言っているが、基本はdealerの意向だと思う。dealer達が安心して品物の目利きを発揮できるかが、優れた市場というものだ。安全が確保できない環境では品物の鑑定などおろそかになるに決まっているし、しかもそのような場所にはそもそも生産者は搬入を控えていくに違いない。

 以前に指摘しておいたが、築地市場は取引規模が縮小しているのだ。築地の利権に拘泥している人たちの意向はともあれ、知事の言う都民なんたらより、dealerの意向を最優先した市場造りが優先されるべきである。(この項、続く) 【彬】



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