さて、休暇村本館に向かう。
いよいよ大久野島探索も終わりに近づく。
ベンチがあったので、そこで一休み。
目の前に遺構があった。
ベンチで一休み。
通信壕だという。毒ガス製造ラインからは離れたところにあった。
周囲には、毒ガス処理に使われた防空壕跡があり、しっかりと塞がれたいた。
その対面には休暇村が見える。
まあ、現在の大久野島のメインである休暇村本館の辺りに毒ガス製造ラインの主たる所があったのだから。
防空壕跡。
休暇村全景
ふと足元に気配を感じる。
そう、現在の大久野島はうさぎ島とも呼ばれている。
毒ガス製造時に実験動物として持ち込んだウサギの子孫だと思っていた。
諸説ある中で一番有力なのが、
「1971年に地元の小学校でかわれていた8匹のうさぎがはなたれて、今日にいたった」
だそうだ。
野生化しているが、人懐こいのには驚いた。
ゆきたんくの足元でズボンを齧るうさぎさん。
戦争遺跡についての記述がメインだったので敢えてうさぎを出さなかったが、これまで書いてきた記事のそれぞれの場所にうさぎがいたのである。
現在は、
瀬戸内海に浮かぶリゾートアイランド。ウサギと温泉に癒され瀬戸内海の味覚に舌鼓♪
と公式ホームページに示されている島である。
過去の歴史は事実であり、それはそれで貴重な日本人の遺産であると考える。
時間があれば、リゾートとして満喫し、軍事遺跡としての歴史にも触れてほしいゆきたんくである。