夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

セカンドライフの三種の神器は、やはり『生きがい』、『健康』、『お金』と思い深め・・。

2015-05-21 15:00:44 | ささやかな古稀からの思い
私は民間会社のこの当時は大手企業に何とかし中途入社できたのは、1970年(昭和45年)の春であり、
まもなく分離独立した会社が設立され、私は転属させられて、
この中小業の会社に35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身である。

そして最後の5年半はリストラ烈風の中、あえなく出向となり、やがて出向先で定年を迎えた。

日本は長年、大手企業数は1%で、中小企業数は99%の実態の中で、
大手企業と中小企業の企業間格差について『7・5・3』があり、
大手企業に対し中小企業は、月給が7割、賞与5割、退職金は3割、と一般的にそれぐらいの差がある、
と伝えられきた・・。

私は中小業の会社に勤めて、この間に幾たびのリストラの中、
何とか障害レースを乗り越えて、定年を迎えることができたので、敗残者のようなサラリーマン時代を過ごした。

このように私のつたないサラリーマン時代であり、もとより一流大学を卒業され、大企業、中央官庁などに
38年前後を邁進し栄達されたエリートとは、遥かに遠い存在である。


このように悪戦苦闘の多い中で、敗残者のような状況であったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活を始めた・・。
          


そして60代の10年間の年金生活を過ごして、
昨年の9月に古稀と称される70歳となり、何とか70代の入門が許されたひとりとなっている。

ときおり60代の10年間の年金生活を振り返る時は、
ここ7年前の頃から、世の中の数多く60代の諸兄諸姉は、人生の苦楽を重ねた後、何かと安堵しながら、
セカンド・ライフに於いて、身も心も溌剌と過ごせる人生の黄金時代と称せられるゴールデン・イヤーズの中、
知人、友人から何かと嬉しい、楽しげな便りを数多く受けたりしてきた・・。

そして私も過ぎ去った60代の年金生活の10年間の日々は、私の人生の中で何より安楽な時代、
と思い重ねたりして享受してきた・・。

こうした中で、セカンドライフの三種の神器と問われれば、
やはり『生きがい』、『健康』、そして『お金』と思いながら、確信を深めたりしている。

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅みに住み、
雑木の多い小庭の中で、古びた一軒家に住んでいる。
そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったで、たった2人だけ家庭であり、
お互いの趣味を尊重して過ごしている。
          

『生きがい』は、何よりの最優先課題である。

過ぎし年の1989年(平成元年)の頃に、評論家・樋口恵子さんが、
定年後に家でゴロゴロしていて、地域活動なとで忙しい妻に、まとわりつく夫の社会風潮を憂い。
掃いてもへばり付いてくる状態をたとえて、『濡れ落ち葉』と的言された。

或いは過ぎし年の2007年(平成19年)1月下旬の頃、私は読売新聞の新刊本の広告を偶然に見て、
小川有里さんの著作の『定年オヤジのしつけ方』(講談社 定価1470円)の広告記事は、
定年直後の男性の一部の人達にとっては、この世で最も恐い本のひとつ、と確信を深めながら、
微苦笑したことがあったりした。

《・・ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫。
   家庭内2007年問題を解決する痛快エッセイ!

   「定年迷子」をかかえた妻たちよ。 今立ち上がれ!

【定年オヤジの特徴!】
①テレビがお友達
②お昼は作ってくれるものと思っている
③毎日、ごろごろ居間にいる ・・》

このように綴られていて、定年後の迷子のような心が定まらない男性を正鵠に把握していると思い、
微笑んだり、苦笑したりしてきた。

セカンドライフを過ごされる男性は、それぞれの趣味を深めて過ごされれば、
目に輝きがあり、溌剌と過ごしている方が多い。

そして不幸にも、たとえ最愛の妻に先立たれて、おひとりさまになっても『生きがい』があれば、
その後の人生も溌剌と生きられる、と私は思ったりしている。
                    

『健康』
私は現役サラリーマンの当時、懇親会でOBの先輩から、
定年後の生活で、病気に遭遇して病院に医療費を支払うか、
好きな趣味でお金を使うか、天と地の差だからねぇ、と教示して下さったりした。

私たち夫婦は幸いにも、大病に遭遇せずに過ごせてきた。
そしてお互いに歯の老化で、幾たびか歯科医院で治療を受けたりしたが、
こればかりは齢に勝てない、と程々の治療を支払い、税務署より医療費の控除を少し受けたりしてきた。
          

『お金』
私は定年退職する数年前の頃、経済にも疎(うと)く、
信愛している経済ジャーナリストの荻原博子さんなどの数多く著名人の寄稿文を読んだりした。

こうした中で、デフレ経済の蔓延している中、公的年金を受け取りながら堅実に年金生活をし、
預貯金が3000万円あれば、少しづつ取り崩して生活すれば、少しはゆとりのある年金生活ができる、
と学んだりした。

そして世の中の多く人たちから、人生の3大支出は教育資金、住宅資金、老後資金と教示されたが、
私たち夫婦は無念ながら子供に恵まれなく、「教育資金」は不要となったので、
少し多めの預貯金ができたこともあり、定年した直後から年金生活を開始ができたのも確かなことである。

我が家は私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

しかしながら乗用車、スマホも所有できず、
まして海外旅行は、英語を思いだすように単語を並べる程度しか言えない私は、遠い異国の世界である。

更に世界の有数なクルーズ航路、別荘、ヨットなどは、遥かに遠い彼方のことであり、
せめてと思いながら国内旅行をして、各地の四季折々の旅路を幾たびか遊学している。
          

このように年金生活を過ごしているが、私は敬愛しているチャップリンの遺(のこ)された言葉のひとつに、
《 人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー。 》
という名言があり、人生の確かな格言ですねぇ、と程ほどの貯金しかない私でも、信愛を深めたりしている。


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