夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

私たち夫婦、新年の挨拶も今年から変り果て、独り微苦笑して・・。

2021-01-02 09:12:10 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市に住む年金生活の血液型B型の76歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

こうした中、年金生活を始めた時より、元旦の朝、私たち夫婦は恒例のように、
朝の挨拶をしてきた・・。


昨年の元旦の朝、布団の中でまどろんでいた私は、新たな年を迎えて、
今年は恥ずかしながら9月の誕生日を迎えると76歳かょ、と思ったりした。

横の布団には、家内が軽い寝息をしていた。

やがて家内は目覚めたらしく、私は家内に新年の挨拶をしなければと思い、
私はわが身の掛布団と毛布を払い、敷布団2枚と電気毛布を敷いたシーツの上で、正座した。

そして私は横の布団の中にいる家内に向かって、
       



『昨年は事あるごとに・・何かとノロマの私に・・幾たびもお心遣いを賜り、感謝したします。
おかげさまで・・私も楽しい一年を過ごすことができました。
本年も・・よろしくお願い致します・・』
と私は家内に真摯に言ったりした。

家内は横の布団の中で、少しうなずいた後、
『何時ごろ、お雑煮を頂きましょうか?』
と家内は私に笑いながら言ったりした。

『7時半ごろ、頂きましょうか・・』
と私は家内に言ったりした。

そして私は敷布団の上の正座から、横たわり掛布団と毛布をわが身に掛けながら、
家内に対しての新年の挨拶を終わり、安堵したりした。

このように準じた新年の挨拶・・私は定年退職後に多々の理由で年金生活をき始めた以来、
毎年してきたので、確か16年だょなぁ・・、と微苦笑したりした。


          

しかしながら私は、昨年の4月に右膝を痛めて、近くの整形外科に通院してきた中、
もとより正座も出来ず、これ以来和室が苦手となってきた・・。

そして寝室も布団からベットに変貌した・・。

こうした中で元旦を迎えたが、恒例の布団に正座して、家内に新年の挨拶は出来なくなり、
私は洗面した後、家内は居間でコーヒーを飲んでいた・・。

私は家内の2メートル前で、若き自衛官に負けないように、
背筋を伸ばして、手先も伸ばして、
『昨年は事あるごとに・・何かとノロマの私に・・幾たびもお心遣いを賜り、感謝したします。
おかげさまで・・私も楽しい一年を過ごすことができました。
本年も・・よろしくお願い致します・・』
と私は家内に明るくさわやかに言ったりした。

家内は突然の私からの挨拶に戸惑った表情であったが、少しうなずいた後、
『こちこそ・・よろしくねぇ・・』
と家内は私に笑いながら言ったりした。





平素、我が家の戸締りの責任者は、もとより主(あるじ)の私であり、
夜の9時過ぎには、玄関、台所、お風呂場などを点検する時、
『ハイ、OKです!』
と指差し確認し、若き自衛隊の諸兄に負けないように、元気な声で言ったりしている。

もとよりボケては恥ずかしいから、このように言動をしたりしている。

この後、居間でテレビを視聴しているか、雑誌を読んでいる家内に、
 『戸締り・・終了致しました!』
と私は家内に報告したりする。

その直後、 『ご苦労であった!』と家内は私に言うのである。

私の現役サラリーマン時代に於いては、
ご苦労さまでした、と家内は何かと従順で優しく労(ねぎら)いの言葉をしていたが、
どうしてなの、と私は不思議に思ったりした。

その後、思い当るとすれば、家内は以前に2008年の頃に、NHKの連続ドラマの『篤姫』を視聴した頃からで、
お姫さま、或いは奥方に影響されたのか、
 
このような言葉を私にするようになっていることが多い。




こうした日常もあり、我が家は家内安全が何よりだよねぇ・・、
と私は心の中で呟(つぶや)いたりして、独り微苦笑をしたりしている。
コメント (2)
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