中国の戦術は基本的に毛沢東の遊撃戦論。尖閣諸島における中国船舶の動きを見ると、まさしくこの原則通りではないだろうかと、元陸将補の森氏。
遊撃戦論は、16文字で表される「敵進我退、敵駐我撹、敵疲我打、敵退我追」。
尖閣諸島における中国船舶の動きを見ると、まさしくこの原則通りではないだろうかと、森氏。
日本が前に出れば下がる(敵進我退)し、日本が下がれば出てくる(敵退我追)。
そして日本の動きをじっと見ながら領海から出る素振りをするが出ない撹乱(敵駐我撹)や、巡視船の隙を見ては漁船を追っかける(敵疲我打)行動を繰り返している。
しかし、ここで忘れてならないことは、「昔から中国の領土である」とか「自国漁船の乱獲を監視する」などと称して居座り続け、時間の経過とともに言を濁らせて常駐状況を作り出すことだと、森氏。
尖閣諸島についてもこれまではEEZ(排他的経済水域)や領海への侵入や居座り日数の多寡であったが、2023年ついにブイの設置に踏み出した。
ブイの設置はどうしても日本が撤去など「中国のもの」に手を触れざるを得ない行動(第3歩)に出てきたのではないか。
中国は「日本よ、どうする」と見ているに違いないと。
また中国は、国内的に困難に遭遇すると、恥も外聞もなく前言を翻して近寄ってくることもある。
天安門事件で世界の総スカンを食うと日本に近づき、日本の歴史上かつてなかった天皇訪中まで引き寄せた。
米ソの時代にはソ連の覇権を封じるため日米に接近し、覇権反対条項を強引に求めたことも今では全く念頭にないかのようである。
世界に君臨する中国の夢も全体主義国家のゆえか経済の停滞が顕著になり、またまた日本接近が見られようになってきたと、森氏。
中共は、国内的に行き詰まったり、政権維持が危うくなったりするたびに「日本利用」をしてきた。
しかしその一方で、全面禁輸は依然として続けているし、尖閣諸島への侵入も続けている。
日本は利用されていると知りながらも、隣国にある地勢(地政)からくる宿命でもあるとして受け入れることが多かった。
経済的なことはともかく、領土はそうはいかないことを明確にすべき時ではないだろうかと、森氏。
尖閣諸島に関しては、過去の歴史の中でも中国は日本の領土と認めてきた。
にもかかわらず、経済発展に石油が欠かせなくなり、東シナ海が石油の宝庫と見られると、「古来中国の領土」であったと臆面もなく公言してやまない。
共産党国家となって以降の中国は、日々の行為の中で歴史を捏造して侵略まがいのことを繰り返し、今日に至っている。
経済力の発展とともに中国は国内需要の増大をきたし、日本ばかりではなく他の国のEEZや領海を侵してまでも資源を求め続けるようになってきた。
特に小国が犠牲に晒されている。
2023年9月、日中平和友好条約締結45周年と中国の建国記念日を祝う在日中国大使館主催のレセプションが開かれた。
駐日大使は条約が規定する反覇権や紛争の平和的解決に触れ、「双方が条約の精神を再確認し、矛盾と相違を適切に管理することが求められる」と挨拶。
誰が覇権を志向しているのか、紛争の種を蒔いているのかと問いたいくらいであるが、厚顔無礼な発言をするのも中国の常套である。
その中国が、尖閣諸島ではブイの設置という大きな一歩を踏み出した。
橋下徹氏が「日本も中国側にブイを設置し、向こうが撤去するならこちらも撤去するなど何かアクションがほしい」と発言。
すると林芳正当時外相が「いろいろなオプションの中でこちら(日本)が撤去するのも含めてしっかり検討したらいい」と。
「国際法には『やっちゃいけない』とも『やっていい』とも書いてない。それくらいの姿勢で臨むことが大事だ」と勇気ある発言。
しかし、言うだけで行動はなし。
現上川陽子外相は約4年ぶりに開かれた日中外相会議後の臨時会見で「ブイについて即時撤去を求めました」語っている。
しかし、別のところではブイの撤去について聞かれ、中国側の解釈・見解もあるという主旨の、煮え切らない答え。
死刑執行を拒否する法務大臣もいた中で、敢然として多くの囚人の死刑執行を行ってきたことから、中国に向き合う姿勢も歴史に照らして厳しいのではないかと予想していたが、腰を折られた感なきにしも非ずであると、森氏。
かつて石原慎太郎都知事が主張していたように、日本の領土であることを宣明した上で、環境保護や灯台、非常時の船泊り設営など、関係省庁の要員を送り込む時節に至っているのではないだろうかと。
中国の漁船団が「海警」の擁護と共に襲来予測が高まった時期、日本の実効支配策が、自民党内も含め姦しく議論されましたが、喉元過ぎればなんやらの日本の風習。すっかり沙汰止みとなってましたが、今は台湾海峡危機で、海峡の危機は尖閣(≒沖縄≒日本)の危機と、抑止力の強化に、グレードアップし切迫感が高まってきていますね。
林官房長官にしても、上川外相にしても中国がなすがままを傍観と言ってよい対応。
ひとえに優柔不断な、口先だけの岸田内閣!中国のやりたい放題になされるがまま!流石は宏池会系(岸田派≒左派)!
自由民主党の派閥 - Wikipedia
# 冒頭の画像は、マニラ港に入港する米空母・カールロビンソン
この花の名前は、アンズ
↓よろしかったら、お願いします。
尖閣諸島で中国が暴挙、海上ブイの設置に日本政府は目をつむるのか 中国による侵略の歴史とその手法、毅然とした対処が不可欠 | JBpress (ジェイビープレス) 2024.1.12(金) 森 清勇
中国の戦術は基本的に毛沢東の遊撃戦論である。それは16文字で表される「敵進我退、敵駐我撹、敵疲我打、敵退我追」である。
尖閣諸島における中国船舶の動きを見ると、まさしくこの原則通りではないだろうか。
日本が前に出れば下がる(敵進我退)し、日本が下がれば出てくる(敵退我追)。
そして日本の動きをじっと見ながら領海から出る素振りをするが出ない撹乱(敵駐我撹)や、巡視船の隙を見ては漁船を追っかける(敵疲我打)行動を繰り返している。
しかし、ここで忘れてならないことは、「昔から中国の領土である」とか「自国漁船の乱獲を監視する」などと称して居座り続け、時間の経過とともに言を濁らせて常駐状況を作り出すことだ。
その例を我々は南シナ海における人工島に見ることができる。
尖閣諸島についてもこれまではEEZ(排他的経済水域)や領海への侵入や居座り日数の多寡であったが、2023年ついにブイの設置に踏み出した。
EEZや領海への侵入(第1歩)に始まり、同域への侵入頻度や滞在日数の増大でほぼ常駐状態(第2歩)にした。
そうすると、ブイの設置はどうしても日本が撤去など「中国のもの」に手を触れざるを得ない行動(第3歩)に出てきたのではないか。
中国は「日本よ、どうする」と見ているに違いない。
拳の振り上げは常套手段
国際機関であるIAEA(国際原子力機関)が日本の処理水は国際基準を満たしていると認めたにもかかわらず、中国は「核汚染水」と称して日本からの魚介類を全面禁輸とした。
中国は自国の都合で国際仲裁裁判所の判定を認めないなど、これまでしばしば行ってきたことである。
他方で国内的に困難に遭遇すると、恥も外聞もなく前言を翻して近寄ってくることもある。
天安門事件で世界の総スカンを食うと日本に近づき、日本の歴史上かつてなかった天皇訪中まで引き寄せた。
経済の急成長で米国を超すのも時間の問題と見られ、世界の覇権国に名乗りを上げてきた。
米ソの時代にはソ連の覇権を封じるため日米に接近し、覇権反対条項を強引に求めたことも今では全く念頭にないかのようである。
しかし、世界に君臨する中国の夢も全体主義国家のゆえか経済の停滞が顕著になり、またまた日本接近が見られようになってきた。
すなわち、国内的に行き詰まったり、政権維持が危うくなったりするたびに「日本利用」をしてきたのである。
しかしその一方で、全面禁輸は依然として続けているし、尖閣諸島への侵入も続けている。
日本は利用されていると知りながらも、隣国にある地勢(地政)からくる宿命でもあるとして受け入れることが多かった。
経済的なことはともかく、領土はそうはいかないことを明確にすべき時ではないだろうか。
尖閣諸島に関しては、過去の歴史の中でも中国は日本の領土と認めてきた。
にもかかわらず、経済発展に石油が欠かせなくなり、東シナ海が石油の宝庫と見られると、「古来中国の領土」であったと臆面もなく公言してやまない。
共産党国家となって以降の中国は、日々の行為の中で歴史を捏造して侵略まがいのことを繰り返し、今日に至っている。
こうした中国にいかに対処するか、日本の過去を振り返り、現在の世界の対応などを見てみよう。
元・清への返書に見た日本の威厳
中国といってもここでいうのは日本に散々脅しをかけてきた元とその後の清である。
元は臣従していた高麗国(朝鮮)を使って日本も臣従せよと盛んに脅してきた。高麗国王は元に臣従すれば平和に豊かに暮らせる、そのことは現にわが国が体験しているから間違いないと使いに持たせてきた。
しかし、日本(北条時宗)は信じないで、しばしばやって来る使いをうるさいと斬り、強硬な返事を送った。
元は高麗軍を従えてやって来た。蒙古襲来であり、日本は勝利した。
蒙古に代わった清も日本の臣従を要求してきた。以下、内藤湖南の『日本文化史研究』による。
後醍醐天皇の時代であるが南朝はかなり衰微し、東の宗良(むねなが)親王、西の懐良(かねなが)親王らの働きが必要であった。
征西将軍として九州にいた懐良親王は清の使節に、自分が日本の国王だといって対応するが使節は京都に天子がいることを聞いており、日本国王の不恭を責めて征伐の意を示したという。
これに対し懐良親王は一文を草する(「日本の上表」と呼ばれる)。これは概略、次のような内容だった。
「日本はあなたの国に較べると国が小さい。しかしもし戦争でもしようというならば決して辞するものではない」
「あなたの方から兵を遣わして我が国を侵すということがあっても、その兵隊が来たからといって跪いてこれを受け入れるということはしない」
「従ったところで生きると決まってはおらぬ。逆らったところで死ぬと決まったものでもない。なんぞ恐るるに足らんや」
「しかし、こちらが勝ってあなたの方が負けたら自分の国の恥である」
国内的には南朝の政権は弱っていたが、清国に対しては気炎を吐くことが蒙古襲来以来はやっていたらしい。
付言すれば、内藤湖南はこの時期の動きをもって、「外国に対する思想の独立、日本の文化の独立」が出来上がったと見ている。
中国に対峙する小国
経済力の発展とともに中国は国内需要の増大をきたし、日本ばかりではなく他の国のEEZや領海を侵してまでも資源を求め続けるようになってきた。
特に小国が犠牲に晒されている。いくつかの事案とその対応概要をみてみよう。
▲フィリピン:
2023年12月10日。中国海警局の船舶がフィリピンの漁船に放水。非難合戦となっている。英国が比国を擁護すると、中国は英国に介入すべきでないと警告した。
比国は仲裁裁判所に提訴し2016年に勝利しているが、比国の対応は中国にダメージを与えるほどのものではない。ゆえにか中国は比国を最も頻繁に妨害しているようである。
▲マレーシア:
2023年5月29日。海上法令執行庁はジョホール州東海岸沖のマレーシア領海内で無許可停泊中の中国船籍の貨物船を拿捕した。
中国船は第2次世界大戦で日本軍に撃沈された英国のプリンス・オブ・ウェールズの残骸から遺物を不法回収した疑い。
▲インドネシア:
2015年5月。違法中国漁船を検挙して曳航していたところ、中国監視船が体当たりを仕掛けて奪い去る暴挙があった。
そうしたことから、女性のスシ・プジアストウティ海洋・水産相は拿捕した違法中国漁船を沖合まで運び、爆薬を仕掛けて破壊し、海底に沈めた。
世界中で違法操業を繰り返す中国漁船に正面から戦いを挑んでいるスシ氏と評価された。
▲パラオ:
2012年3月31日。不法操業中の中国漁船をパラオ漁業監視船が発見して警告。停船に応じなかった船に警告発砲する。
中国側は証拠隠滅のため船長が漁船に火をつける。5人逮捕するが、1人は銃撃で死亡した。
その後の裁判で、不法漁に2年間の実刑と5万米ドルの罰金が科された。
2020年12月15日。海上保安当局は違法操業の中国漁船を拿捕し、乗組員28人を拘束する。
▲アルゼンチン:
2016年3月14日。EEZ内で中国漁船が違法操業。停船を求められるが無視して逃走した。沿岸警備隊が追跡する。
中国船は警備隊の艦艇に繰り返し体当たりしようとする。警備隊が射撃を加え沈没させる。
終わりに:どこの外務大臣かと問いたい
2023年9月、日中平和友好条約締結45周年と中国の建国記念日を祝う在日中国大使館主催のレセプションが開かれた。
日本の政財界などから約1400人が参加した。駐日大使は条約が規定する反覇権や紛争の平和的解決に触れ、「双方が条約の精神を再確認し、矛盾と相違を適切に管理することが求められる」と挨拶している。
誰が覇権を志向しているのか、紛争の種を蒔いているのかと問いたいくらいであるが、厚顔無礼な発言をするのも中国の常套である。
その中国が、尖閣諸島ではブイの設置という大きな一歩を踏み出した。
2023年11月19日放映のフジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」で、コメンテーターの橋下徹氏が「日本も中国側にブイを設置し、向こうが撤去するならこちらも撤去するなど何かアクションがほしい」と発言。
すると林芳正前外相が「いろいろなオプションの中でこちら(日本)が撤去するのも含めてしっかり検討したらいい」と。
松山俊行キャスターが「中国側に通知せずに日本の判断でブイの撤去を着々と進めるということか」との確認に対して、前外相は「国際法には『やっちゃいけない』とも『やっていい』とも書いてない。それくらいの姿勢で臨むことが大事だ」と勇気ある発言をしている。
ところで現上川陽子外相は約4年ぶりに開かれた日中外相会議後の臨時会見で「ブイについて即時撤去を求めました」語っている。
また別のところではブイの撤去について聞かれ、中国側の解釈・見解もあるという主旨の、煮え切らない答えをしている。
死刑執行を拒否する法務大臣もいた中で、敢然として多くの囚人の死刑執行を行ってきたことから、中国に向き合う姿勢も歴史に照らして厳しいのではないかと予想していた筆者であるが、腰を折られた感なきにしも非ずである。
かつて石原慎太郎都知事が主張していたように、日本の領土であることを宣明した上で、環境保護や灯台、非常時の船泊り設営など、関係省庁の要員を送り込む時節に至っているのではないだろうか。
中国の戦術は基本的に毛沢東の遊撃戦論である。それは16文字で表される「敵進我退、敵駐我撹、敵疲我打、敵退我追」である。
尖閣諸島における中国船舶の動きを見ると、まさしくこの原則通りではないだろうか。
日本が前に出れば下がる(敵進我退)し、日本が下がれば出てくる(敵退我追)。
そして日本の動きをじっと見ながら領海から出る素振りをするが出ない撹乱(敵駐我撹)や、巡視船の隙を見ては漁船を追っかける(敵疲我打)行動を繰り返している。
しかし、ここで忘れてならないことは、「昔から中国の領土である」とか「自国漁船の乱獲を監視する」などと称して居座り続け、時間の経過とともに言を濁らせて常駐状況を作り出すことだ。
その例を我々は南シナ海における人工島に見ることができる。
尖閣諸島についてもこれまではEEZ(排他的経済水域)や領海への侵入や居座り日数の多寡であったが、2023年ついにブイの設置に踏み出した。
EEZや領海への侵入(第1歩)に始まり、同域への侵入頻度や滞在日数の増大でほぼ常駐状態(第2歩)にした。
そうすると、ブイの設置はどうしても日本が撤去など「中国のもの」に手を触れざるを得ない行動(第3歩)に出てきたのではないか。
中国は「日本よ、どうする」と見ているに違いない。
拳の振り上げは常套手段
国際機関であるIAEA(国際原子力機関)が日本の処理水は国際基準を満たしていると認めたにもかかわらず、中国は「核汚染水」と称して日本からの魚介類を全面禁輸とした。
中国は自国の都合で国際仲裁裁判所の判定を認めないなど、これまでしばしば行ってきたことである。
他方で国内的に困難に遭遇すると、恥も外聞もなく前言を翻して近寄ってくることもある。
天安門事件で世界の総スカンを食うと日本に近づき、日本の歴史上かつてなかった天皇訪中まで引き寄せた。
経済の急成長で米国を超すのも時間の問題と見られ、世界の覇権国に名乗りを上げてきた。
米ソの時代にはソ連の覇権を封じるため日米に接近し、覇権反対条項を強引に求めたことも今では全く念頭にないかのようである。
しかし、世界に君臨する中国の夢も全体主義国家のゆえか経済の停滞が顕著になり、またまた日本接近が見られようになってきた。
すなわち、国内的に行き詰まったり、政権維持が危うくなったりするたびに「日本利用」をしてきたのである。
しかしその一方で、全面禁輸は依然として続けているし、尖閣諸島への侵入も続けている。
日本は利用されていると知りながらも、隣国にある地勢(地政)からくる宿命でもあるとして受け入れることが多かった。
経済的なことはともかく、領土はそうはいかないことを明確にすべき時ではないだろうか。
尖閣諸島に関しては、過去の歴史の中でも中国は日本の領土と認めてきた。
にもかかわらず、経済発展に石油が欠かせなくなり、東シナ海が石油の宝庫と見られると、「古来中国の領土」であったと臆面もなく公言してやまない。
共産党国家となって以降の中国は、日々の行為の中で歴史を捏造して侵略まがいのことを繰り返し、今日に至っている。
こうした中国にいかに対処するか、日本の過去を振り返り、現在の世界の対応などを見てみよう。
元・清への返書に見た日本の威厳
中国といってもここでいうのは日本に散々脅しをかけてきた元とその後の清である。
元は臣従していた高麗国(朝鮮)を使って日本も臣従せよと盛んに脅してきた。高麗国王は元に臣従すれば平和に豊かに暮らせる、そのことは現にわが国が体験しているから間違いないと使いに持たせてきた。
しかし、日本(北条時宗)は信じないで、しばしばやって来る使いをうるさいと斬り、強硬な返事を送った。
元は高麗軍を従えてやって来た。蒙古襲来であり、日本は勝利した。
蒙古に代わった清も日本の臣従を要求してきた。以下、内藤湖南の『日本文化史研究』による。
後醍醐天皇の時代であるが南朝はかなり衰微し、東の宗良(むねなが)親王、西の懐良(かねなが)親王らの働きが必要であった。
征西将軍として九州にいた懐良親王は清の使節に、自分が日本の国王だといって対応するが使節は京都に天子がいることを聞いており、日本国王の不恭を責めて征伐の意を示したという。
これに対し懐良親王は一文を草する(「日本の上表」と呼ばれる)。これは概略、次のような内容だった。
「日本はあなたの国に較べると国が小さい。しかしもし戦争でもしようというならば決して辞するものではない」
「あなたの方から兵を遣わして我が国を侵すということがあっても、その兵隊が来たからといって跪いてこれを受け入れるということはしない」
「従ったところで生きると決まってはおらぬ。逆らったところで死ぬと決まったものでもない。なんぞ恐るるに足らんや」
「しかし、こちらが勝ってあなたの方が負けたら自分の国の恥である」
国内的には南朝の政権は弱っていたが、清国に対しては気炎を吐くことが蒙古襲来以来はやっていたらしい。
付言すれば、内藤湖南はこの時期の動きをもって、「外国に対する思想の独立、日本の文化の独立」が出来上がったと見ている。
中国に対峙する小国
経済力の発展とともに中国は国内需要の増大をきたし、日本ばかりではなく他の国のEEZや領海を侵してまでも資源を求め続けるようになってきた。
特に小国が犠牲に晒されている。いくつかの事案とその対応概要をみてみよう。
▲フィリピン:
2023年12月10日。中国海警局の船舶がフィリピンの漁船に放水。非難合戦となっている。英国が比国を擁護すると、中国は英国に介入すべきでないと警告した。
比国は仲裁裁判所に提訴し2016年に勝利しているが、比国の対応は中国にダメージを与えるほどのものではない。ゆえにか中国は比国を最も頻繁に妨害しているようである。
▲マレーシア:
2023年5月29日。海上法令執行庁はジョホール州東海岸沖のマレーシア領海内で無許可停泊中の中国船籍の貨物船を拿捕した。
中国船は第2次世界大戦で日本軍に撃沈された英国のプリンス・オブ・ウェールズの残骸から遺物を不法回収した疑い。
▲インドネシア:
2015年5月。違法中国漁船を検挙して曳航していたところ、中国監視船が体当たりを仕掛けて奪い去る暴挙があった。
そうしたことから、女性のスシ・プジアストウティ海洋・水産相は拿捕した違法中国漁船を沖合まで運び、爆薬を仕掛けて破壊し、海底に沈めた。
世界中で違法操業を繰り返す中国漁船に正面から戦いを挑んでいるスシ氏と評価された。
▲パラオ:
2012年3月31日。不法操業中の中国漁船をパラオ漁業監視船が発見して警告。停船に応じなかった船に警告発砲する。
中国側は証拠隠滅のため船長が漁船に火をつける。5人逮捕するが、1人は銃撃で死亡した。
その後の裁判で、不法漁に2年間の実刑と5万米ドルの罰金が科された。
2020年12月15日。海上保安当局は違法操業の中国漁船を拿捕し、乗組員28人を拘束する。
▲アルゼンチン:
2016年3月14日。EEZ内で中国漁船が違法操業。停船を求められるが無視して逃走した。沿岸警備隊が追跡する。
中国船は警備隊の艦艇に繰り返し体当たりしようとする。警備隊が射撃を加え沈没させる。
終わりに:どこの外務大臣かと問いたい
2023年9月、日中平和友好条約締結45周年と中国の建国記念日を祝う在日中国大使館主催のレセプションが開かれた。
日本の政財界などから約1400人が参加した。駐日大使は条約が規定する反覇権や紛争の平和的解決に触れ、「双方が条約の精神を再確認し、矛盾と相違を適切に管理することが求められる」と挨拶している。
誰が覇権を志向しているのか、紛争の種を蒔いているのかと問いたいくらいであるが、厚顔無礼な発言をするのも中国の常套である。
その中国が、尖閣諸島ではブイの設置という大きな一歩を踏み出した。
2023年11月19日放映のフジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」で、コメンテーターの橋下徹氏が「日本も中国側にブイを設置し、向こうが撤去するならこちらも撤去するなど何かアクションがほしい」と発言。
すると林芳正前外相が「いろいろなオプションの中でこちら(日本)が撤去するのも含めてしっかり検討したらいい」と。
松山俊行キャスターが「中国側に通知せずに日本の判断でブイの撤去を着々と進めるということか」との確認に対して、前外相は「国際法には『やっちゃいけない』とも『やっていい』とも書いてない。それくらいの姿勢で臨むことが大事だ」と勇気ある発言をしている。
ところで現上川陽子外相は約4年ぶりに開かれた日中外相会議後の臨時会見で「ブイについて即時撤去を求めました」語っている。
また別のところではブイの撤去について聞かれ、中国側の解釈・見解もあるという主旨の、煮え切らない答えをしている。
死刑執行を拒否する法務大臣もいた中で、敢然として多くの囚人の死刑執行を行ってきたことから、中国に向き合う姿勢も歴史に照らして厳しいのではないかと予想していた筆者であるが、腰を折られた感なきにしも非ずである。
かつて石原慎太郎都知事が主張していたように、日本の領土であることを宣明した上で、環境保護や灯台、非常時の船泊り設営など、関係省庁の要員を送り込む時節に至っているのではないだろうか。
遊撃戦論は、16文字で表される「敵進我退、敵駐我撹、敵疲我打、敵退我追」。
尖閣諸島における中国船舶の動きを見ると、まさしくこの原則通りではないだろうかと、森氏。
日本が前に出れば下がる(敵進我退)し、日本が下がれば出てくる(敵退我追)。
そして日本の動きをじっと見ながら領海から出る素振りをするが出ない撹乱(敵駐我撹)や、巡視船の隙を見ては漁船を追っかける(敵疲我打)行動を繰り返している。
しかし、ここで忘れてならないことは、「昔から中国の領土である」とか「自国漁船の乱獲を監視する」などと称して居座り続け、時間の経過とともに言を濁らせて常駐状況を作り出すことだと、森氏。
尖閣諸島についてもこれまではEEZ(排他的経済水域)や領海への侵入や居座り日数の多寡であったが、2023年ついにブイの設置に踏み出した。
ブイの設置はどうしても日本が撤去など「中国のもの」に手を触れざるを得ない行動(第3歩)に出てきたのではないか。
中国は「日本よ、どうする」と見ているに違いないと。
また中国は、国内的に困難に遭遇すると、恥も外聞もなく前言を翻して近寄ってくることもある。
天安門事件で世界の総スカンを食うと日本に近づき、日本の歴史上かつてなかった天皇訪中まで引き寄せた。
米ソの時代にはソ連の覇権を封じるため日米に接近し、覇権反対条項を強引に求めたことも今では全く念頭にないかのようである。
世界に君臨する中国の夢も全体主義国家のゆえか経済の停滞が顕著になり、またまた日本接近が見られようになってきたと、森氏。
中共は、国内的に行き詰まったり、政権維持が危うくなったりするたびに「日本利用」をしてきた。
しかしその一方で、全面禁輸は依然として続けているし、尖閣諸島への侵入も続けている。
日本は利用されていると知りながらも、隣国にある地勢(地政)からくる宿命でもあるとして受け入れることが多かった。
経済的なことはともかく、領土はそうはいかないことを明確にすべき時ではないだろうかと、森氏。
尖閣諸島に関しては、過去の歴史の中でも中国は日本の領土と認めてきた。
にもかかわらず、経済発展に石油が欠かせなくなり、東シナ海が石油の宝庫と見られると、「古来中国の領土」であったと臆面もなく公言してやまない。
共産党国家となって以降の中国は、日々の行為の中で歴史を捏造して侵略まがいのことを繰り返し、今日に至っている。
経済力の発展とともに中国は国内需要の増大をきたし、日本ばかりではなく他の国のEEZや領海を侵してまでも資源を求め続けるようになってきた。
特に小国が犠牲に晒されている。
2023年9月、日中平和友好条約締結45周年と中国の建国記念日を祝う在日中国大使館主催のレセプションが開かれた。
駐日大使は条約が規定する反覇権や紛争の平和的解決に触れ、「双方が条約の精神を再確認し、矛盾と相違を適切に管理することが求められる」と挨拶。
誰が覇権を志向しているのか、紛争の種を蒔いているのかと問いたいくらいであるが、厚顔無礼な発言をするのも中国の常套である。
その中国が、尖閣諸島ではブイの設置という大きな一歩を踏み出した。
橋下徹氏が「日本も中国側にブイを設置し、向こうが撤去するならこちらも撤去するなど何かアクションがほしい」と発言。
すると林芳正当時外相が「いろいろなオプションの中でこちら(日本)が撤去するのも含めてしっかり検討したらいい」と。
「国際法には『やっちゃいけない』とも『やっていい』とも書いてない。それくらいの姿勢で臨むことが大事だ」と勇気ある発言。
しかし、言うだけで行動はなし。
現上川陽子外相は約4年ぶりに開かれた日中外相会議後の臨時会見で「ブイについて即時撤去を求めました」語っている。
しかし、別のところではブイの撤去について聞かれ、中国側の解釈・見解もあるという主旨の、煮え切らない答え。
死刑執行を拒否する法務大臣もいた中で、敢然として多くの囚人の死刑執行を行ってきたことから、中国に向き合う姿勢も歴史に照らして厳しいのではないかと予想していたが、腰を折られた感なきにしも非ずであると、森氏。
かつて石原慎太郎都知事が主張していたように、日本の領土であることを宣明した上で、環境保護や灯台、非常時の船泊り設営など、関係省庁の要員を送り込む時節に至っているのではないだろうかと。
中国の漁船団が「海警」の擁護と共に襲来予測が高まった時期、日本の実効支配策が、自民党内も含め姦しく議論されましたが、喉元過ぎればなんやらの日本の風習。すっかり沙汰止みとなってましたが、今は台湾海峡危機で、海峡の危機は尖閣(≒沖縄≒日本)の危機と、抑止力の強化に、グレードアップし切迫感が高まってきていますね。
林官房長官にしても、上川外相にしても中国がなすがままを傍観と言ってよい対応。
ひとえに優柔不断な、口先だけの岸田内閣!中国のやりたい放題になされるがまま!流石は宏池会系(岸田派≒左派)!
自由民主党の派閥 - Wikipedia
# 冒頭の画像は、マニラ港に入港する米空母・カールロビンソン
この花の名前は、アンズ
↓よろしかったら、お願いします。