著 者 佐々 涼子
出版社 早川書房
定 価 1500円+税
震災文学というジャンルがあるのだろうか。あればこの分野の傑作の一冊と言えるだろう。
激震をやり過ごせた安堵の後に襲いかかった数派の大津波。その生死を分けた惨状と奇跡の復興と再生を追ったドキュメント。そのシンボルとして日本製紙石巻工場。
登場するベテラン編集者が述懐しているように、多くの日本人は、サーモンがノルウェーで獲れることやバナナがフィリピンで採れることを知っているが、出版用紙が何処で出来るかを知らないで来た。何と我が国のそれの四割を、水没した日本製紙石巻工場が担っているのである。
2013年4月12日に発売された『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は発売7日目にして100万部に到達し最速の記録を打ち立てた。従業員たちの凄絶な死闘によって奇跡の復興を遂げた8号抄紙機の蘇生があったればこそである。
また、N6抄紙機を救うドキュメントも胸を打つ。このマシンは幅が9.45メートル、毎分1800メートルの抄造スピード、1日の生産量超1000トンの世界最大級の超大型設備。630億円かけた最新鋭設備。ちなみに東京スカイツリーの総工費は650億円といから日本製紙の生死を握る。
数々の教訓や言説が汲み取れる。一旦「現場」がやり遂げると腹を括れば、どんな困難も乗り越えて仕上げてくることを信じるリーダーの決断というものが如何に大事か伝わってくる。
ある従業員の証言。「書店で自分で作った紙に会ったらどう思うかって?『よう!』って感じですね。震災直後、風呂にも入れない、買い物も不自由。そんなささくれだった被災生活の中で、車に乗って家族はどこへ行ったと思う?書店だったんですよ。心がどんどんがさつになっていくなか、俺たちが行きたかったのは書店でした。俺たちには、出版を支えているっていう誇りがあります。俺たちはどんな要求にもこたえられる。出版社にどんなものを注文されても作ってみせる自身があります」 この矜持が日本文化の危機を救ったと言える。