著者 白石 一文
出版 徳間文庫
674頁
著者の作品を読むのは初めてである。なので、まず巻末の解説を読んだ。WOWOWのプロデューサー岡野真紀子がその冒頭に書いていた。「なぜドラマの制作者たちは白石一文の小説に魅了され、自らの手で映像化したいと切に願うのか」と。
「そういえば、NHKが宣伝していた番組の原作だった」かと期待のうちに読み始めたのだった。読み進むうちに描いていたイメージとは異なっていった。リズムあるテンポでシークエンスがハッキリしてリアルな会話表現などの今風の他作家の作品群とは異なっていた。
心理解説というのか行動解説というのか、読者の納得や合点への過程をきちんと踏んでいるからだろうと私は理解した。回りくどいというかモタモタの印象はそのためではないかと。
それにしても、読んでいて茫漠たる不安というか先の見えない不気味さが消えない。読者の予測しえない展開が待っている。加能が疑惑を抱く妻夏代の言動は、読者を「アッ」と云わせるインパクトがある。
ところどころに、世情への警句があるのは面白い。年頃の娘と息子それぞれのもつれた結婚のために福岡と長崎と鹿児島を結んでスカイプで家族会議やろという若者世代、「お金だったら幾らでも欲しいだけやる、きみはもう一生お金で苦労することはなくなったんだ」と断言してやれば、どんなうつ病患者もたちどころによくなる、などの話だ。
会議の時間と回数が増えれば増えるほど生産性が落ちるというのは、いわば ”会社あるある” のたぐいだった。人間が立ち直るきっかけというのは案外そうした小さな出来事なのかもしれない。大切なのは事の大小ではなく、あくまでタイミングと実感のほうだ、という部分も著者を表す部分だろう。
441頁からの夏代から鉄平宛に書いた手紙は、圧巻である。この部分だけ文庫の活字のポイントが違っている。著者の力が入っているのがわかる。
鉄平に比べ夏代の出番は多くはない。著者が謎に包んでいるのだろう。その構成のためかどうかはわからないが、私は夏代のタイプは好きである。
例によって、キャスティングをして遊ぼう。NHKは加能鉄平を上川隆也、妻夏代を安田茂美。
私の配役は、鉄平役を渡部篤郎、妻夏代を井川遥。
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