我が家の、ガレージ側の庭の隣りに、クリーム色の壁の、ちょっと素敵な家がある。
土地が傾斜していて、その家のほうが1m半ぐらい高くなっているのと、双方に立ち木や植え込みがあって、
はっきりと家の様子は見えないのだが、夜になって、家の中の灯りがつくと、
品のいい調度品がおかれた居心地のよさそうな部屋が、ちらりと見える。
その家には、5年前に奥さんを亡くした高齢の男性が一人で住んでいる。
私がガレージの床を掃いたりしている時に、なにげなくその家に目をやると、時折、
植木に水遣りをしていたり、テラスで本を読んでいたりするおじいさんと目が合うことがある。
そうすると、おじいさんは、胸の横辺りに上げた手をゆっくりと振る。
私も同じように、手を振り返す。
おじいさんの表情は、遠くてよくわからないんだけれど、笑っているような気がする。
だから私もしっかり笑い返す。
私は勝手にその人を「ハイジのおじいさん」と呼んでいた。
体型とか、なんとなくアニメのハイジのおじいさんに似ていたから。
その家には、ハウスキーパーの女性が来ているらしかったが、ここ1ヶ月ほどは、遠くに住む娘さんがよく来ていた。
ハイジのおじいさんの具合があまりよくないのだという。
娘さんも、あまり長くはいられないし、ナーシングホームに入れる話も出ていると聞いた。
それでも、ハイジのおじいさんは、先週も家の中から私に手を振ってくれたし、
ゆっくり養生すれば大丈夫なんだろうと思っていた。
ハイジのおじいさんが亡くなったと聞いたのは、今朝だ。
私は、いつもおじいさんがいた場所を目を凝らしてみた。
先週、正確にはたった5日前には、確かにそこにおじいさんはいたのだ。
そこにいて、ゆっくりと私に手を振ってくれたのだ。たぶん笑顔で。
おじいさんが水遣りしていた植木もそのままで、座っていた椅子も、家具もみんなそのままなのに、
ハイジのおじいさんだけがいなかった。
夜になって、家に灯りがついていたのでハッとして、もう一度よく見てみた。
たぶん、自動的に夜になると灯りがつくようになっているだけ。
話したこともないのに、顔かたちだってよく知らないのに、
あのおじいさんがもう、この世界にいないことが不自然な気がするのだ。
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