ハワイは今日が夏至で、父の日。
今朝も、いつもの日曜日と同じように、ビーチに行った。
いつもは、泳いだあとにファーマーズマーケットに寄っていくのだけれど、
今日は先にマーケットに行った。
限られた人数しか1度に買い物ができないので、普段なら20分以上待つところを
早く行った甲斐があって5分ぐらいの待ち時間で済んだ。
海に浸かって、空を見上げる。
「オトウサンがいない、初めての父の日だね」
夫がそう言った。
そうだ。
私の人生で初めて迎える、父がいない父の日だ。
そう思ったら、急に悲しくなってきた。
「お父さん、どこにいるのかな」
「どこにでもいるさ」
父は73の時に手術をした跡を見せたくないと言って、温泉にも入らなかった。
私が強く父に意識を合わせたら、父はここに来てくれるのだろうか。
海で泳ぐ感覚を、楽しめるだろうか。
去年の父の日の、半年後に父は逝った。
両親が75を過ぎたあたりからは、誕生日や父の日、母の日などに書く手紙に、
『今年もこうして元気にこの日を迎えてくれてありがとう』
と書くようにしてきた。
いつか、それが最後になるときがくるのだとわかっていたけれど、
その時点ではいつも元気でいてくれたから、やはりまた来年も書けるのだと高をくくっていた。
そしてとうとう、書く相手がいない父の日がやってきてしまった。
それは3月の、父の誕生日にも感じた寂しさだったのに、私は初めて感じたことのように悲しくなってしまう。
今夜は、家族でBBQをする。
義父には、ブルーのポロシャツをプレゼントした。
義父は昔から早起きで、5時には起きて新聞を読む。
義両親とは互いに気配を感じるだけで、とりたてて訪問しあったりはしないが、
最近、夫は朝、義両親側の家に行って、義父に声をかけることが多くなった。
「Hey 、Pa!!」
呼びかけるときには、DADではなくてPaだ。
その感覚の違いは、私にはよくわからないのだけど、「オトウチャン」に近いんじゃないか、と勝手に思っている。
口に出しては言わないが、元気な両親と過ごせる残された時間のことを、
夫は思っているのではないだろうか。
今日は夏至で、父の日だ。
私のおとうさん、ありがとう。
夫のおとうさん、ありがとう。