ひょんな話から、夫がユタ州の、ユタ大学に通っていたことがわかった。
夫はハワイ大学を出たあと、結婚して、元妻の出身地であるユタ州に引っ越したことは知っていた。
ユタ州では、教師として働いていたことも知っていたけれど、ユタ大学で勉強していたことがあるのは初耳だ。
「何年ぐらいユタ大学にいたの?」
「2年」
「それって離婚する前?」
「その2年の間に離婚した」
そうだったのか。
私より古く夫を知っている友人に、そのことを知っていたか聞いてみたら
「日本に行く前にそんなこと言っていた気がする。
ハワイ大学からトランスファーしたんじゃなかったかなあ」
と言う。
ユタ州に行ってから、ユタ大学に入るまで何年かブランクがあるはずだから
ハワイ大学は卒業してからなんじゃないかな、と私は思う。
思うけど、それを確認はしないと思う。
夫の過去について、知りたくないわけではないのだけど、
べつにそれほど興味もないので、たとえ聞いたことがあったとしても忘れてしまう。
夫も、自分からそういうことをペラペラ話すほうではないし、
私も中途半端な認識を放置しておくものだから、こんなふうに「へえー!!」ということがぽろぽろ出てくる。
結婚してしばらくして、義兄がシアトルに住んでいると知って驚いたこともあった。
てっきりハワイに住んでいるのだとばかり思っていたのだ。
それは、当時の私の英語力の問題のほうが大きかったとは思う。
日本のアメリカ大使館で、グリーンカードの面接時に、夫が離婚した西暦を聞かれて答えられなかったという記事を最近書いたけれど、
私はずーっとそんなふうで、夫に限らず、私が興味のあること以外は右から左に流れていってしまう。
小学校1年の担任の先生に、
「シロちゃんをもっといろんなところに連れて行って、いろんなものを見せてあげてください」
と言われて、顔から火が出そうだった、と母が言ったことがある。
両親は毎週のように子供たちをいろんなところに連れて行ってくれたのに、
まるでどこにも連れて行かないようなことを言われて恥ずかしかったのだろう。
私はといえば、たとえ熱海の温泉に出かけたとしても、
1番思い出に残っているのは、電信柱の下でぺっちゃんこになっていたカエルだったとか、
そういう、親としては非常に残念な子供だったのである。
「見合いじゃないから釣書を取り交わすわけじゃないし
興味がなければ聞くこともないし、興味がないのは知っても意味がないということだろうし・・・
ま、14年たっても知らないことがあるって、新鮮でいいやん!」
友人は、ちゃんと良さそうなところに落とし込んでくれた。
私って、どこかが変人なんだろうか、とうっすらと思ったりするが
興味がないものを、あるようにすることもまた、できそうにないのである。