中国に対する「支那」という呼び名は、今日では差別用語とされ、使用する事は非常識であると認識されている。しかし、アジア太平洋戦争に敗北するまでの神聖天皇主権大日本帝国では使用されていた。それはなぜだろう。実は「支那」という呼び名は神聖天皇主権大日本帝国政府が1913年に閣議決定し国民(臣民)に使用させたものだからである。中国は1911年には辛亥革命によって中華民国が成立していた。にもかかわらずそうしたのである。その理由は、中華民国が憲法(臨時約法)で「中華民国は国民を主人公とする国である」とうたい、共和制であり国民主権の国である事を表明したため、大日本帝国が天皇主権である事に国民(臣民)が疑問を抱かないようにするため、その事を国民(臣民)に知らせないようにする事が目的だったのである。そしてさらには、共和制や国民主権が危険な思想であるように思わせる事が目的だったのである。
(2020年2月26日投稿)