OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

コロナ憎し!

2020-09-16 20:08:08 | Queen

早朝から、ゴッサムシティの仕事関係者がコロナで死亡という、悲報が入り……。

実は先日、ネット会議で話た時は、特段の健康被害も無かったはずが、今にして思えば、その時から潜伏していたんですねぇ~~、故人の体内にはウイルスはがっ!

う~ん、残念無念……。

衷心より、ご冥福を祈るばかりではありますが、早急に体制を整えなければならず、未だ鳩首協議の真っ最中です。

本日の1枚の休載、ご理解くださいませ。

そして皆様も、健康に留意してお過ごしください <(_ _)>

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地獄の沙汰も結果オ~ライ

2016-11-20 18:43:17 | Queen
地獄へ道づれ / Queen (EMI / 東芝)
 
地獄を見たのは初めてじゃ~ありませが、あらためて思うのは、この世の中、綺麗事だけじゃ~済まされないなぁ~~、という当たり前の真実です。
 
もちろん、理想を追求するのは美しいし、素晴らしい事なんですが、だからと言って周囲にそれを強要したところで、何も事態は改善しないわけですよ。
 
そして、なるべくならば嘘は無い方が良いっ!
 
ということで、どうにか地獄から脱出したサイケおやじが本日ご紹介したいのは、クイーンが1980年に放ったメガヒット「地獄へ道づれ / Another One Bites the Dust」であります。
 
皆様ご存じのとおり、この頃のクイーンは雑食性が旺盛で、それはアルバム単位の大作主義から離れた方向性の様でしたから、デビュー以来のファンが違和感を覚えるのとは別に、新しいリスナーを掴む事との折り合いは如何にっ!?
 
そんな雰囲気が滲んでいたのも、前作シングル曲「愛という名の欲望 / Crazy Little Thing Called Love」がロカビリーのパロディを真剣に演じきっての大ヒットになっていましたからねぇ~、続けて世に出た新作アルバム「ザ・ゲーム」のとりとめのない仕上がりが賛否両論だった事は、今でも語り草でしょう。
 
ところが、そこからカットされたこの「地獄へ道づれ / Another One Bites the Dust」には、シングル盤扱いだからこその痛快性が確かにあって、それは驚くなかれのファンキー大会!?!
 
これは実際に聴いていただければ納得されると思いますが、耳に残るジョン・ディーコンのベースラインは、人気黒人グループのシックから完全に頂戴したという疑惑が否定出来ませんし、それでいてギターやドラムスの如何にも白人っぽい感じやクイーンが十八番のSE的サウンド作りの妙があってこそ、フレディ・マーキュリーの押しの強い節回しも冴えまくり♪♪~♪
 
ほとんどメロディらしいメロディが出ないのに、これはクイーンでしかありえないという仕上がりは、忽ちサイケおやじの好みにジャストミートでありました♪♪~♪
 
巷間云われているように、デビュー以来のクイーンはアメリカで成功する事が急務とされながら、1970年代にはそれが果たされたとは言い難い状況でしたから、こ~ゆ~作風への転換も有意義だったのでしょう、そのヒット状況はブラックチャートでも上位にランクされる結果となり、おそらくはクイーンのシングル諸作の中ではベストテン級に知られている楽曲かもしれません。
 
うむ、こんなにイカシたビートとサウンドがあれば、地獄で何故悪いっ!?
 
なぁ~んていう妄言も吐いてしまいそうなのが、現在のサイケおやじです。
 
最後になりましたが、ここ数日の私的地獄行の間、皆様からの応援や励ましのコメントには大いに助けられました。
 
心から、感謝申し上げます。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

虚心坦懐に聴くべきクイーン

2015-02-24 15:33:46 | Queen

手をとりあって / Queen (Elektra / ワーナーパイオニア)

ロックは、そのルーツたるR&Rの時代から、若者特有の反権力意識を刺激する表現技法を持ち合わせていましたから、甘っちょろい連帯意識を歌おうとすれば、それは失笑されていたのが1970年代の実相でありました。

この点については皆様にも多くのご意見があろう事は重々承知しているつもりですが、例によってサイケおやじの独断と偏見に基づけば、本日掲載のシングル盤A面曲「手をとりあって / Teo Torriatte」は、これが世に出た1977年当時のサイケおやじにとっては噴飯物でした。

何故ならば、演じているクイーンこそが、その頃は必殺の「Bohemian Rhapsody」を以て世界最高のロックバンドに駆け上がっていましたからねぇ~~。

その彼等が何が悲しくて堂々の日本語歌詞で、

 手をとりあって
 このまま行こう 愛する人よ
 静かな宵に 光を灯し
 愛しき 教えを抱き

なぁ~んて歌わなければならないんだぁ~~~!?!?

もちろん、世界的に有名なポップス歌手やロックバンドが日本語バージョンのレコードを少なからず発売してきた事は言うまでもありませんが、それは本来の原曲を日本側の要望に沿う形で再レコーディングされたものなのに対し、クイーンの「手をとりあって / Teo Torriatte」は最初っから意図的に日本語で歌っていたというあたりは当時、彼等がブレイクする契機のひとつであった日本での爆発的な人気に感謝の意を込めて!?

等々と喧伝されたのですから、いやはやなんとも、ようやく堂々とクイーンが好き! と言えるようになっていたサイケおやじの胸中は複雑でした。

しかし、逆に言えば、日本のファン層の大部分が婦女子であったクイーンが、ここまでやったのは結局、クイーンもアイドルバンドだったんだなぁ~~~♪

そんな的外れな安心感を抱いていたのがサイケおやじの本音でもあったんですよ、恥ずかしながら。

ところがクイーンの創作意思はもっと大きいっ!?!

ご存じのとおり、この歌は英語詞がほとんどで、日本語の部分は少ないのが本当のところであって、それなのに曲タイトルを日本語の発音にしているというのが、ギリギリのあざとさ!?

一説によると、これを書いたのはブライアン・メイとされていますが、その日本語訳(?)に拘ったのはフレディ・マーキュリーだったそうですからねぇ~~~!?▲■◎? 一応はオリジナルの英語詞に沿っているとはいえ、ここまでやってしまうのは、ひとつの問題提起かもしれませんよ。

以下は全くサイケおやじの妄想なんですが、既にロックにとっても優良なマーケットとして確立されていた我が国の音楽産業に対し、英語が基本的に理解出来ない日本人ファンに更なる浸透を図るには、予め日本語で歌うという姿勢を示すことで、ひとつの優越感を与えるという手段であったのでしょうか。

もちろんそこには前述したとおりの感謝の気持ちがある事も確かだと、思いたいわけです。

そして東日本大震災のチャリティーオムニバス盤に収録されたのもムベなるかな!

しかし、ここまで書いても、当時のサイケおやじには未だ違和感が残っていたのは天邪鬼の証明なのでしょう。

ところが最近になって、ようやくこの歌の持っている役割がなんとなく納得出きるようになってきました。

それが例のイスラム国とか、そんなこんなのテロ事件や報復暴力の連鎖による各地の戦争・紛争の不条理性で、なんとか解決しようと話し合い、妥協点や相互理解のポイントを探りつつも、ほとんどそれが機能していない実態の中では、案外とクイーンの「手をとりあって / Teo Torriatte」が有用な気がしてきたんですよ。

明らかに楽観的志向なのは自覚しておりますが、こういうシンプルなものほど、縺れた事情には効果があるんじゃ~ないでしょうかねぇ~。

なによりも素直に物事を受け取るという基本姿勢が、様々なトラブルには効果的かもしれないという、灯台下暗しのような真相を提示しているのかもしれません。

そして最後になりましたが、この「手をとりあって / Teo Torriatte」は傑作アルバム「華麗なるレース」の大団円を演出していたところから、このシングルは日本独自のカットという特筆すべきものであった事実が、クイーンの最初の黄金期ピークと重なっていた事を忘れてはならないと思うばかり!

それは素直に認めています。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

悶絶! クイーンの狂詩曲!

2014-11-13 15:14:21 | Queen

Bohemian Rhapsody / Queen (EMI / Elektra / ワーナーパイオニア)

以前、音楽好きの年下の友人から、ジョン・レノンよりもフレディ・マーキュリーが死んだショックが大きい!

と言われて、それこそ、こっちは大ショック……。

思わず絶句してしまったんですが、冷静になってみれば件の友人は十代の多感な時期を1970年代後半に過ごしていたので、それはそれで許容するべきなのでしょう。

なにしろその頃のクイーンは向かうところ敵無し!

個人的にはジョン・レノンはフレディ・マーキュリー程度か……!?

という気持ちは否めませんが、しかしだからと言ってフレディ・マーキュリーやクイーンが嫌いなわけではありません。

むしろクイーンはビートルズが活動停止して以降、尤も屹立した存在となり、そこへ至る決定打となったのが、1975年に発表された本日掲載のシングル盤A面曲「Bohemian Rhapsody」でありましょう。

とにかく楽曲については今更サイケおやじが稚拙な筆を弄するまでもなく、冒頭の多重コーラスからピアノの弾き語りによるフレディ・マーキュリーの哀切節、そして欧州オペラ趣味丸出しの大仰な合唱パートを経て繰り広げられるハードロックの醍醐味は震えがくるほどで、しかも盛り上がりきったところで再びフレディ・マーキュリーの刹那の独白(?)で終わる5分50秒ほどの波乱万丈にして奇想天外な構成は、まさにクイーンをして唯一無二の存在と感激させられるものです。

しかも徹頭徹尾作りあげられた様式美の中にはジョン・ディーコン&ロジャー・テイラー組による渾身の力強いロックビートが躍動し、サウンドの要を司るブライアン・メイのギターの鳴りの心地良さがあるんですから、こんなものがシングル曲で堂々の世界的な大ヒットになってしまうという摩訶不思議が、常識を超越したクイーンというバンドの凄さにちがいありません。

当然ながら、サイケおやじもリアルタイムで聴いた瞬間、驚愕と高揚感の高まりに襲われ、完全に虜になりましたからねぇ~~♪

そして恐ろしいのは、これってライブステージでやれるのかっ!?

というのが全くの愚問であったという真実でしょう。特別な難関であろう中間部のオペラ的合唱パートはテープと映像を使って暗転させ、時にはその場でフレディ・マーキュリーが衣装替えまでしてハードロックパートに突入登場するという演出は、クイーンが偉大なるライブバンドとしての証でありました。

あのあたりは実際の巡業に接した皆様ならば説明不要の名場面でしょうし、今でも様々な動画でご覧いただけますので、後は自ずと好き嫌いが分かれるかもしれません。

また、こうしたスタイルは何もクイーンが突発的に始めたことではなく、それまでにもザ・フー、あるいはエレクトリック・ライト・オーケストラ=ELOを率いていたロイ・ウッドやジェフ・リンが、その前身であるムーブの諸作で既にやっていた事がネタ元だと思います。

しかし、ここまで完璧な構成力に歌と演奏の力量が融合した仕上がりは、「Bohemian Rhapsody」が空前にして絶後!

極言すれば、これ1曲だけでクイーンは音楽史にその名を刻したと思うばかりです。

そして、もはやここまでやられては、以降にロックを志すには「パンク」なぁ~んていう大義名分を振りかざす他に駆け出しの道は無かったのも納得!?

ということで、流石に頑迷なサイケおやじも、以降はクイーンを素直に受け入れざるをえなくなり、酒席のカラオケで身勝手に「人間の証明」を歌う時にも、心は「Bohemian Rhapsody」という言い訳は無用でしょうか。

うむ、完成され過ぎたのがクイーンの欠点なのか……。

そんな事まで思ってしまうのでした。 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

悔しいけれどキラー・クイーン

2014-10-16 15:17:32 | Queen

Killer Queen / Queen (EMI / Elektra / ワーナーパイオニア)

拙ブログでは何か今まで逃げている感も抱かれたクイーンではありますが、サイケおやじは決して嫌いなグループではありませんし、ほとんどのレコードを持っている中で、やはり最初は本日掲載のシングル盤A面曲「Killer Queen」でありましょう。

ご存じのとおり、これは1974年秋に本国イギリスで発売されたクイーンの3作目のアルバム「シアー・ハート・アタック」からシングルカットされた、彼等にとっては初めての世界的な大ヒットなんですが、既にして我が国の婦女子ロックファンの間では人気を集めていた現実からすれば、何を今更的な感慨もあったようです。

実際、サイケおやじ周辺のそういう彼女達は「Killer Queen」以前から、特にクイーンの2ndアルバム「Ⅱ」をイチオシのアイテムとして、我々野郎どものロック好きにとっては些か煙たい存在でしたからねぇ~~。

なにしろリアルタイムの某洋楽雑誌ではプッシュに相当の力が入っていましたし、ご推察のとおり、そこにはクイーンのメンバー各々のルックスやキャラクターの明快さが優先されていた事実がありましたからっ!?

説明不要とは思いますが、クイーンはフレディー・マーキュリー(vo,p,etc)、ブライアン・メイ(g,vo,b,etc)、ジョン・ディーコン(b,g,key,etc)、ロジャー・テイラー(ds,vo,etc) のラインナップを正式メンバーとして1971年初頭にスタートしたハードロックのバンドでありながら、後に明らかになるドラマチックな音作りに長けた、ある種の屈折性感度の高さが認められ、その絶対的な証がギターやコーラスの多重録音を積極的に用い、逆にシンセ等々のピアノ以外のキーボード類を初期には排斥していたというあたりに、リアルタイムのロック保守本流から離れた裏街道的な面白さが発見されていたのでしょう。

ところが、おそらくは世界で最初にクイーンを認知したとされる前述、日本の婦女子ロックファンにとっては、「クイーン≒美形のロックグループ」という意思の表明が殊更に大きく、だからこそサイケおやじを含む、大方の洋楽好きの野郎どもは反発を強めていた真相があったんですよ。

しかし同時に、何かの機会にクイーンの音楽に接してみると、虚心坦懐に認めざるを得ない諸々が非常に多く、特にブライアン・メイのギターワークの摩訶不思議な音の出し方や温故知新を踏まえたフレーズ構成の妙は、その気になってコピーしても、なかなかトーシロには分からない事だらけでしたからねぇ~~~。

そんなあれやこれやが一気に噴出したのが、日本では1975年早々からメガヒットになった「Killer Queen」だったように思います。

ただし、それでも天邪鬼なサイケおやじは、こんな「オー・シャンゼリーゼ」みたいな曲って、なんだこれぇ~~~!?

っていう気分を露骨に公言していたのですから、今となっては額に汗が滲みます。

もちろん、本音で好きなんですよ、懐古趣味とビートルズっぽさが化学融合したような近未来的なムードの良さは絶品の完成度ですからねぇ~~♪

とはいえ、「ロックの若き貴公子たち」というキャッチコピーのレコードは、当然ながら経済的な制約を優先すれば個人としては買えるものじゃ~なくて、しかし幸いにもクイーンの布教活動(?)に熱心な大和撫子が近くにいたもんですから、彼女から借りたレコードをテープコピーして、相当に聴いていたのがサイケおやじの本性というわけです。

そして冒頭に述べたようにクイーンのレコードがほとんど手元に集まったのは、売れていたバンドであるがゆえに中古盤が1970年代末頃から溢れるほどに流通し、だからこそ捨て値で漁ったゴミの山とは申しませんが、クイーン関連の私有盤は全て、そのルートでゲットしたものばかりですよ、恥ずかしながら。

ということで、クイーンはやっぱり凄いバンドで、その発生と成立において殊更反体制をひとつの大義名分にしていたロックという音楽形態を大衆娯楽に堂々と屹立させた功績は計り知れません。

平たく言えば、ロックこそが大衆音楽の王様という位置付けを決定的にし、それが所謂ブリティッシュロックの伝統から誕生したクイーンというバンドによって成し遂げられたんじゃ~ないか?

と、いう事です。

つまり、何処をど~切っても、クイーンのやっている事はロックに他ならず、しかし多方面のリスナーを惹きつけてしまう音楽的な幅の広さ、奥行きの深さはケレンの塊ながらも、決してイヤミになっていませんからねぇ~~♪

正直に言えば、そういう部分を悔しいほど痛感させられていますので、クイーンについては、これからもちょっとずつ書いていきたいと思います。

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする