日経新聞12日朝刊に、AIIBを巡ってこんなインタビュー記事が載っている。政府、外務省などとはちょっと違った見方と感じ、最近の日経にはAIIBについてこういうスタンスもあると読んだのだが、どうだろうか。日本財界の中にこういう意見もあるということだろう。また、この篠原氏がIMF前副専務理事であって、ここの総裁は代々西欧の人。AIIBにいち早く入った西欧諸国にこういう世界情勢分析が多いということでもあろうか。
【 日本、参加で役割果たせ IMF前副専務理事 篠原尚之氏(元財務官)
米中心の一極構造に転機
――中国が準備作業をけん引してきたAIIBをどう評価しますか。
「アジアに新しいスタイルの開発金融機関ができる、という観点でとらえている。世界経済が多極化する中で、新しい構造の国際機関が出てくるのは当然のことだ。1997年のアジア通貨危機に際して、日本が主導しようとしたアジア通貨基金の構想は、米国の反対で頓挫した。今、中国経済は見方によっては米国を追い抜く勢いがあり、米国は抑えようとしても抑えきれなくなっている」
――日米が実質的な筆頭株主であるアジア開発銀行(ADB)と、新設のAIIBは並び立ちますか。
「補完関係にできると思う。互いに補完しながら、ある意味で競争する。インフラ計画を進める利用者の側に立てば選択肢が増えることになり、悪い話でない」
――日本は3月末の段階でAIIBへの参加表明を見送りました。今後どう対応すべきですか。
「タイミングの問題はあるが、参加せざるを得ない。AIIBはアジアの機関であり、アジアの一国である日本は米国と立場が違う」
「中国や韓国との関係は大事だが、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係は日本にとって『命綱』といえる。ASEANから見ると、日本と中国が拮抗し、けん制し合ってほしいはずだ。地域の枠組みの中で日本の役割を増やさないと、どんどん中国にとられてしまう。ましてや、参加しないなんてことになってはダメだ」
――日本がAIIB構想に乗り遅れたとすれば、政府の初動が失敗したとも映ります。実際はどうなのですか。
「答えにくい質問だ。AIIBの統治(ガバナンス)構造や審査について注文を付けるのは重要なことであり、最終的には内部からチェックするのが大事だ。そのためには参加を前提に議論すべきだろう」
――英国をはじめとして欧州の主要国がAIIBへの参加を相次ぎ表明し、日米との対応が明確に割れました。日米欧の主要7カ国(G7)の結束は揺らぎませんか。
「かつてはG7が世界経済における大きなシェアを占め、流れを決めてきた。しかし、主要な議論の場がG7から20カ国・地域(G20)に移ってきたように、G7の比重はかなり下がっている。特に開発や環境といった広いテーマはG7だけで対応できない状況になった。それなのにG7の結束を議論しても仕方ない。米政府は議会との関係でAIIBに否定的なままだが、欧州は是々非々で臨む判断をしたのだろう」
――中国が近年のユーロ危機に積極対応するなど、欧州との関係を深めたことも欧州各国が参加する判断の背景にありそうです。
「欧州と中国は距離が離れているため、両者の関係は地政学的な要素がなく、経済や貿易の比重が大きくなる。中国との関係を考えるとき、日本と欧州のポジションが違うことはある」
――中国は新興国の発言権を高めることを目的とした国際通貨基金(IMF)改革の遅れを批判しています。
「批判は当然であり、中国以外の国々からもさまざまな批判が出ている。加盟国が合意したにもかかわらず、拒否権を持っている米国のせいで実現できないことに対する不満は非常に強い。国際機関は加盟国の相対的な経済力を反映して発言権を与えていかないと有効性を失う。IMFだけでなく、ADBも投票権の配分が変わらず、(見直しに向けた作業を)サボってきた感じがする」
――日本は対米関係を軸とした経済外交の基本を見直すべきですか。
「ブレトンウッズ体制と呼ばれる、米国中心の一極構造の国際金融の枠組みが確立して70年になる。早い段階で先進国の仲間に入った日本は、この体制での既得権益を確保してきた。今は新興国がものすごい力を付けてきており、その勢いはしばらく続く。一極構造から多極構造へこの10年程度で変わった。ブレトンウッズ体制を見直すべき時期に来た」
「我々の頭の中には世界で第2位の経済大国だった日本のイメージが残っている。しかし、昔の栄光を追っても仕方ない。今の状況で日本の立ち位置をどう決めるかは本当に難しい作業だ。まだ答えは無いが、探っていかざるを得ない」
しのはら・なおゆき 通貨外交の要の財務官として金融危機を経験。10年から今年2月まで国際通貨基金(IMF)副専務理事。62歳。
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<聞き手から>対中戦略、思考停止脱却を
AIIBを巡り、中国と日本が接触を始めたのは昨年春ごろだ。それから1年近く、政権内での詰めの議論は乏しく、3月12日に英国が参加を表明してから慌てて間合いを探り始めたように映る。与野党はともに財務省や外務省の対応を批判するが、日本の対中外交そのものが「どうせ中国のやることだから」と思考停止に陥っていなかったか。
巨大な外貨準備を抱える一方、国内の成長力が陰る中国は、資源の確保や安全保障も絡めてアジア全域に活路を求めている。中国に対する好き嫌いに関わらず、その動きは止められない。
日本がAIIB問題で米国に同調することは、中国にとっても想定内だろう。裏返せば、日本の出方は読みやすい。相手の意表を突かないと、戦略に影響を及ぼして自身の利益に転じることなどできない。対中戦略は単に「友好」を唱えるのでも、遠巻きに警戒するのでもなく、現実のリスクと利益を冷静に計算する時代に入っている。
(北京=大越匡洋)】
[日経新聞4月12日朝刊P.11
【 日本、参加で役割果たせ IMF前副専務理事 篠原尚之氏(元財務官)
米中心の一極構造に転機
――中国が準備作業をけん引してきたAIIBをどう評価しますか。
「アジアに新しいスタイルの開発金融機関ができる、という観点でとらえている。世界経済が多極化する中で、新しい構造の国際機関が出てくるのは当然のことだ。1997年のアジア通貨危機に際して、日本が主導しようとしたアジア通貨基金の構想は、米国の反対で頓挫した。今、中国経済は見方によっては米国を追い抜く勢いがあり、米国は抑えようとしても抑えきれなくなっている」
――日米が実質的な筆頭株主であるアジア開発銀行(ADB)と、新設のAIIBは並び立ちますか。
「補完関係にできると思う。互いに補完しながら、ある意味で競争する。インフラ計画を進める利用者の側に立てば選択肢が増えることになり、悪い話でない」
――日本は3月末の段階でAIIBへの参加表明を見送りました。今後どう対応すべきですか。
「タイミングの問題はあるが、参加せざるを得ない。AIIBはアジアの機関であり、アジアの一国である日本は米国と立場が違う」
「中国や韓国との関係は大事だが、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係は日本にとって『命綱』といえる。ASEANから見ると、日本と中国が拮抗し、けん制し合ってほしいはずだ。地域の枠組みの中で日本の役割を増やさないと、どんどん中国にとられてしまう。ましてや、参加しないなんてことになってはダメだ」
――日本がAIIB構想に乗り遅れたとすれば、政府の初動が失敗したとも映ります。実際はどうなのですか。
「答えにくい質問だ。AIIBの統治(ガバナンス)構造や審査について注文を付けるのは重要なことであり、最終的には内部からチェックするのが大事だ。そのためには参加を前提に議論すべきだろう」
――英国をはじめとして欧州の主要国がAIIBへの参加を相次ぎ表明し、日米との対応が明確に割れました。日米欧の主要7カ国(G7)の結束は揺らぎませんか。
「かつてはG7が世界経済における大きなシェアを占め、流れを決めてきた。しかし、主要な議論の場がG7から20カ国・地域(G20)に移ってきたように、G7の比重はかなり下がっている。特に開発や環境といった広いテーマはG7だけで対応できない状況になった。それなのにG7の結束を議論しても仕方ない。米政府は議会との関係でAIIBに否定的なままだが、欧州は是々非々で臨む判断をしたのだろう」
――中国が近年のユーロ危機に積極対応するなど、欧州との関係を深めたことも欧州各国が参加する判断の背景にありそうです。
「欧州と中国は距離が離れているため、両者の関係は地政学的な要素がなく、経済や貿易の比重が大きくなる。中国との関係を考えるとき、日本と欧州のポジションが違うことはある」
――中国は新興国の発言権を高めることを目的とした国際通貨基金(IMF)改革の遅れを批判しています。
「批判は当然であり、中国以外の国々からもさまざまな批判が出ている。加盟国が合意したにもかかわらず、拒否権を持っている米国のせいで実現できないことに対する不満は非常に強い。国際機関は加盟国の相対的な経済力を反映して発言権を与えていかないと有効性を失う。IMFだけでなく、ADBも投票権の配分が変わらず、(見直しに向けた作業を)サボってきた感じがする」
――日本は対米関係を軸とした経済外交の基本を見直すべきですか。
「ブレトンウッズ体制と呼ばれる、米国中心の一極構造の国際金融の枠組みが確立して70年になる。早い段階で先進国の仲間に入った日本は、この体制での既得権益を確保してきた。今は新興国がものすごい力を付けてきており、その勢いはしばらく続く。一極構造から多極構造へこの10年程度で変わった。ブレトンウッズ体制を見直すべき時期に来た」
「我々の頭の中には世界で第2位の経済大国だった日本のイメージが残っている。しかし、昔の栄光を追っても仕方ない。今の状況で日本の立ち位置をどう決めるかは本当に難しい作業だ。まだ答えは無いが、探っていかざるを得ない」
しのはら・なおゆき 通貨外交の要の財務官として金融危機を経験。10年から今年2月まで国際通貨基金(IMF)副専務理事。62歳。
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<聞き手から>対中戦略、思考停止脱却を
AIIBを巡り、中国と日本が接触を始めたのは昨年春ごろだ。それから1年近く、政権内での詰めの議論は乏しく、3月12日に英国が参加を表明してから慌てて間合いを探り始めたように映る。与野党はともに財務省や外務省の対応を批判するが、日本の対中外交そのものが「どうせ中国のやることだから」と思考停止に陥っていなかったか。
巨大な外貨準備を抱える一方、国内の成長力が陰る中国は、資源の確保や安全保障も絡めてアジア全域に活路を求めている。中国に対する好き嫌いに関わらず、その動きは止められない。
日本がAIIB問題で米国に同調することは、中国にとっても想定内だろう。裏返せば、日本の出方は読みやすい。相手の意表を突かないと、戦略に影響を及ぼして自身の利益に転じることなどできない。対中戦略は単に「友好」を唱えるのでも、遠巻きに警戒するのでもなく、現実のリスクと利益を冷静に計算する時代に入っている。
(北京=大越匡洋)】
[日経新聞4月12日朝刊P.11