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随筆紹介  断捨離代執行?  文科系

2016年06月04日 12時11分18秒 | 文芸作品

  断捨離代執行?   H・Sさんの作品

「次男の嫁がいじわるするの」と、四十年の付き合いになる友人信子が言う。何か気になることがあり、朝早くから私宅へ駈け込んで来たはずなのに、両手でこぶしを作り、言葉に出来なくて焦っている様子だ。
「何をされたの。言わないと、わからないじゃないの」と、私は、少しイラついて言い返した。
「最近、嫁さんの母親が亡くなったの。自分の親は死んだのに、ぼけた姑の私が生きていることが憎らしいと思っているのよ」と、どうでもいいことを繰り返し、肝心なことを言わない。
 私が知りたいのは、今、信子の身に起こっていることなのだ。最近の信子は認知症と診断され、きちんと言葉を繋ぎ人に伝えることが下手になってきている。信子の家で何かが起こっているようだ。
「貴女の家に一緒に行こうかね? そうした方がいいでしょう」と、信子の返事を待った。信子は、こっくり頷いた。

 信子の家が近づいて来た時、私の目に飛び込んできたのは、家の車庫に止まっているワゴン車だ。大量の荷物が運べる大型車だ。信子の家族の持ち物ではない。
「誰の車なの」私は聞いた。
「この車、息子と嫁さんが乗り付け、二階にすごい勢いで上がって来たの……。桐ダンスから上物の着物を引っ張り出し、売り払うと言うの。お母さんがね、苦労して作ってくれた大事な着物なのに、ひどいでしょう」と、やっとの事で状況を話してくれた。
「貴女が処分をお願いしたの。そんなはずないよね。大事なものは、貴女が死んでから処分してほしいと、いつも私に話していたじゃないの。そうでしょう」と、念押しをした。
「一言の断りもないの。私をのけものにして、何でもかんでも二人で決めちゃうのよ」と、悔しげに言う。
「二階で、息子たちが、着物を運び出す段取りをしているのね。それを貴女は、止めさせたい。そうなのね」と問い詰めると、信子が大きく領いた。
 一家の事は私が口をはさむことではない。これは、信子自身の問題だ。
「嫌なことは嫌。はっきり言わないとダメ。黙って見ているのは、やってもいいと言っているのと同じことなの。わかる? 貴女にとって大事な品物でも、他人から見ればゴミなのよ。処分されることに耐え切れないと言うのなら、嫌だと大声をあげなさい。はっきり言わない貴女が一番馬鹿だわ」と、きつい言葉で信子に告げ、
「今だよ。しっかり声をあげて知らせなさい」と、信子の肩をつかんで言い聞かせた。

 涙でぐしょぐしょになった顔を正面にして私と向き合った信子は、勢い余って玄関のガラス障子を開けっ放しにしたまま、八十歳の人とは思えない足取りで二階へと駆け上がって行った。
「いやだ。嫌だ……。着物に触るな……うおう……。うおう……。」、ありったけの声を絞り出して泣きじゃくる信子の声が、窓ガラス越しに私に届いた。

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