「何言ってるの、Tさん!? 君ほど『認められたい』が強い人も少ないと見たが……」
Sから急に強い声が吐き出されたのは、僕が彼の作品批評でこう触れた時だった。
「Sさんの随筆や小説にも、キーワードとしてよく出てくる言葉だけど、これは良くないよ。ちょっとちがう。『同人誌などそもそも物を書くって、他人に認めてもらいたいから』」
対する僕の応えも強い調子に変わって来るが、もう一人のKもいつもの微笑みで身を乗り出して来たなと、目の端に留める程度の余裕は持っていた。というのは、これが、どうしても説明仕切ろうと考え抜いてきた今日の話の最大焦点だったからだ。ここは都心のある酒場で、最近知り合った三つの同人誌それぞれの代表のような男性三人が互いの作品批評を目的に申し合わせた飲み会なのである。Sの著作に多いこの言わば「承認欲求」論こそ、僕がここに向けて最大焦点の一つと構えてきたことだった。
「ただの『承認欲求』を君は人生の本質のように語るけど、ただそれだけのことなら人生の目的なんかになるはずがない。こう考えてみたらいい。あらゆる読者相手に『承認欲求』を重視したら、どんな作品ができる? 僕がそういう作品からは最も遠い書き手だって、これは君にも分かってるはずだ!」
とそう応えて準備した三枚一綴りを二人に手渡した。昔同人誌に載せた原稿用紙十枚程度の「僕の小説方法論」のコピーである。テーマ、構成、表現と三部構成の「テーマ」の中からごく短い一節を読み上げる。
〈人生で本当に大切なものは、押し詰めて言えばそう多くはない。…… 例え一~二%の読者相手でも。僕はそういう事柄を作品にしたい〉
「Sさんがそう語るのは、例えば、僕が自分の政治ブログにランニング、ギターなどの随筆までだしているからなのだろう。そこに「承認欲求」をまず見るのは、曲解だよ。僕は四十五歳頃から、活動年齢を長くしたいということと、何か一つ『音楽』活動とを思い立った。これらは、五十歳過ぎて準備した同人誌活動やその後のブログと並べて、ただ一度の人生を大事にしたいと色々考え、努力してきた結果なんだ。自分に大切な活動を同志と語り合いたいと思うのはこれまた自然な話。もともと少数の読者しか当てにしていず、売るための作品でもないのだから、敢えて文句を言う方がおかしいと思う」
ここで、Sは黙った。「ごく少数相手に書く」という力点が応えたようだ。Kは、相変わらず身を乗り出している。「こういう話自身をしあえる人がそもそもほとんどいない」とは、さっきSの口をついて出たばかりの言葉でもあった。
「もう一つ聴くけど今年の同人誌に僕が書いた『金融世界支配の歴史、現状』は、多くの人が自ら進んで読む作品だと考える? そして、君はあれをどう評価する?」
「そうだな、原稿用紙五〇枚のあーいう経済論文を読み切ろうと臨む人はごくごく少数だろう。内容は、読んだことがないような広がりを有していて、多分世界の本質的なことの一つと読んだよ」
僕の目をしっかりと見詰めて一種厳粛な表情で彼が語ったと、僕には受け取れたものだ。
この夜の飲み会は、二、三次会のカラオケ、喫茶店までと、合計六時間を超えた。「朋ありて遠方より来たる。また、楽しからずや」。人生最大の充実した一時だろう。
Sから急に強い声が吐き出されたのは、僕が彼の作品批評でこう触れた時だった。
「Sさんの随筆や小説にも、キーワードとしてよく出てくる言葉だけど、これは良くないよ。ちょっとちがう。『同人誌などそもそも物を書くって、他人に認めてもらいたいから』」
対する僕の応えも強い調子に変わって来るが、もう一人のKもいつもの微笑みで身を乗り出して来たなと、目の端に留める程度の余裕は持っていた。というのは、これが、どうしても説明仕切ろうと考え抜いてきた今日の話の最大焦点だったからだ。ここは都心のある酒場で、最近知り合った三つの同人誌それぞれの代表のような男性三人が互いの作品批評を目的に申し合わせた飲み会なのである。Sの著作に多いこの言わば「承認欲求」論こそ、僕がここに向けて最大焦点の一つと構えてきたことだった。
「ただの『承認欲求』を君は人生の本質のように語るけど、ただそれだけのことなら人生の目的なんかになるはずがない。こう考えてみたらいい。あらゆる読者相手に『承認欲求』を重視したら、どんな作品ができる? 僕がそういう作品からは最も遠い書き手だって、これは君にも分かってるはずだ!」
とそう応えて準備した三枚一綴りを二人に手渡した。昔同人誌に載せた原稿用紙十枚程度の「僕の小説方法論」のコピーである。テーマ、構成、表現と三部構成の「テーマ」の中からごく短い一節を読み上げる。
〈人生で本当に大切なものは、押し詰めて言えばそう多くはない。…… 例え一~二%の読者相手でも。僕はそういう事柄を作品にしたい〉
「Sさんがそう語るのは、例えば、僕が自分の政治ブログにランニング、ギターなどの随筆までだしているからなのだろう。そこに「承認欲求」をまず見るのは、曲解だよ。僕は四十五歳頃から、活動年齢を長くしたいということと、何か一つ『音楽』活動とを思い立った。これらは、五十歳過ぎて準備した同人誌活動やその後のブログと並べて、ただ一度の人生を大事にしたいと色々考え、努力してきた結果なんだ。自分に大切な活動を同志と語り合いたいと思うのはこれまた自然な話。もともと少数の読者しか当てにしていず、売るための作品でもないのだから、敢えて文句を言う方がおかしいと思う」
ここで、Sは黙った。「ごく少数相手に書く」という力点が応えたようだ。Kは、相変わらず身を乗り出している。「こういう話自身をしあえる人がそもそもほとんどいない」とは、さっきSの口をついて出たばかりの言葉でもあった。
「もう一つ聴くけど今年の同人誌に僕が書いた『金融世界支配の歴史、現状』は、多くの人が自ら進んで読む作品だと考える? そして、君はあれをどう評価する?」
「そうだな、原稿用紙五〇枚のあーいう経済論文を読み切ろうと臨む人はごくごく少数だろう。内容は、読んだことがないような広がりを有していて、多分世界の本質的なことの一つと読んだよ」
僕の目をしっかりと見詰めて一種厳粛な表情で彼が語ったと、僕には受け取れたものだ。
この夜の飲み会は、二、三次会のカラオケ、喫茶店までと、合計六時間を超えた。「朋ありて遠方より来たる。また、楽しからずや」。人生最大の充実した一時だろう。