朝鮮半島がひとまず、と観えたら、「中東・積年のアメリカ・イラン問題」がにわかに世界最前線としてクローズアップされてきた。今や、トランプ政権最重要のブレーンの一人・娘婿ジャレド・クシュナー(有名なイヴァンカの夫)はユダヤ教徒。トランプ政権発足後すぐにエルサレム首都宣言とか、トランプとサウジ新皇太子との相互訪問とかが起こったのも、このクシュナーの助言もあってとか。そして、今の中東問題を理解するのに不可欠なのが、長年続いた米英のシリアへのこだわり。これらのことは、ここでも紹介したトランプ政権初の内幕物「炎と怒り」(この本の内容紹介は、今年4月8日から5回連載があります)の通りです。
去年7月に掲載した4回連載の書評、内容紹介を再掲します。
『 書評 「シリア情勢」(1) 文科系 2017年07月16日
青山弘之著「シリア情勢 終わらない人道危機」(17年3月22日第一刷発行)の要約第一回目である。東京外大アラビア語科と一橋大学院社会学研究科を出て、日本貿易振興会付属アジア経済研究所などを経られた、シリア研究30年という東京外語大教授という方だ。
この本全6章と「はじめに」「おわりに」の8つのうち、今日は「はじめに」と1章を要約する。ここはこの本の概要が最もよく分かる箇所だ。世界を騒がせているが日本政府は冷淡な難民問題の最大震源地。かつ、イラクと並ぶ21世紀の悲惨極まりない世界史的大事件国。こういう地点には、現代世界史が集約されているということも可能と愚考した。
はじめに
ダマスカスという世界最古都市の一つを有し、かつては中東随一の安定、強国を誇ったシリア。その面影は、2011年3月「アラブの春」(この作者が括弧付きで使う言葉は全て、「そう呼んでよいのか?」という疑問符付きと、ご理解頂きたい)の失敗以来すっかり消えてしまった。47万人が亡くなり、190万人が傷を負った。636万人の国内難民と、311万人の国外難民とを合わせると、全国民の46%が家を追われたことになる。
この悲劇の根本的な原因の一つは確かに、このこと。シリア・アサド政権の初動の誤りである。過剰防衛弾圧と述べても良い。ただし、通常言われる所の「内戦」とか「自由と人権を求めた反政府派」などという通常解釈も頂けない。内乱の最大主役、イスラーム国とかヌスラ戦線とかはシリア内部の反乱などとは言えないからである。シリアへの米軍空爆は、2014年8月にイラクで起こった翌9月にシリアでも始まったものであるし、2015年9月にロシアが大々的に始めた空爆が、結局この「内乱」を終わらせる雲行きになっている。2015年はまた、シリア内乱がイスラム国による世界的テロ事件として広がった年でもある。
シリア研究30年の筆者として、この「内戦」をば、可能な限り「冷静」、「冷淡」に記述してみたいと、述べていた。
第1章 シリアをめぐる地政学
シリアの「内戦」は、以下のような5段階を辿った。「民主化」「政治化」「軍事化」「国際問題化」「アル=カイーダ化」である。そのそれぞれを記述していこう。
まず当初の「民主化」は、以下のようにハイジャックされた。
シリアの「民主化」勢力は強い政権に対して小さかったが、2011年8月の「血のラマダーン」で1000人ほどの国民が虐殺されると、一挙に急進化した。「アラブの春」のどこでも軍の離反が起こり、シリアも例外ではなかったが、2~6万とも推計される「自由シリア軍」では、すぐに海外亡命が始まっている。以降、反政権政治勢力3派による「政治闘争化」していくのだが、これらのうちクルド民族関連を除いては通常の社会生活とはほとんど接点を持たず、海外在住でお金持ちの「ホテル革命家」など夢想家たちの団体ともいえる。
シリア国民連合は、カタールはドーハでアメリカの金と支援により結成されたものだし、国民調整委員会はダマスカスで結成されたが、古くからのアラブ主義者、マルクス主義者などから成っていた。民主統一党だけが、5万人の人民防衛隊や女性防衛隊を持つなど社会との接点を持っているが、これはクルド民族主義政党なのである。
この政治化混乱は2011年後半から内乱に発展していき、政府支配地がどんどん縮小されていく。諸外国の猛烈な「援助」があったからだ。①欧米とサウジ、カタール、トルコなど「シリアの友グループ」は、政権を一方的に否定し、「国民を保護する」と介入したし、②ロシア、イラン、中国は、「国家主権は尊重されねばならぬ」という立場だった。③インド、ブラジル、南アフリカ(今で言うBRICS諸国の一角である)は、アサドの過剰防衛を批判はしたが、国家主権尊重という立場であった。
世界史的に見てシリアの地政学的位置が極めて大きいから、こういう事態になったという側面がある。まず、東アラブ地区というのは、反米・反イスラエルのアラブ最前線基地であった。冷戦終結後に米の強大化から、親イラン・ロシアの性格を強めた。レバノンのヒズボラ、パレスティナ諸派とも結びついていく。ロシアは、地中海唯一の海軍基地をシリア内に有しているし、2015年以降にはラタキア県フマイミール航空基地に空軍部隊を常駐させている。イランとは、1979年王制打倒革命以降フセイン・イラクを共通の敵とした味方同士である。
つまり、各国がせめぎ合う地点における前線基地として、「それぞれの正義」が飛び交って来た国なのである。「自由と人権」「国家主権」そうして残ったのが「テロとの戦い」。
この混乱の中でそもそも一体、誰が「悪」なのだろう。
アル=カーイダとは総司令部という意味だが、イスラム原理主義に基づくこの組織はアフガンにおいてビンラディンが創始し、ザワーヒリーを現指導者としている。この性格は以下の通りである。
① 既存社会を全否定し、イスラム化を図る。
② ①の前衛部隊として武装化を進め、ジハードを行う。
③ 目標はイスラム法に基づくカリフ制度の復興である。
なお、著者はこの勢力は他の反政府派とは全く違うとして、こう断定している。この点は極めて興味深い。
『懐古趣味や「神意」を引き合いに出して展開される利己主義がそれを下支えしている点で異彩を放っていた』
シリアのアル=カイダはヌスラ戦線とイスラーム国が主だが、これ以外にもいわゆる過激派は多く、また、無数の反政権派軍事勢力からこの二つへの流入流出も多いのである。なお、「自由」「人権」よりも、「イスラーム」を提唱した方が義援金や武器取得で有利という特徴が存在し続けてきたのも大きな特徴だ。
外国人戦闘員の数は、2015年末の推計で約100カ国から3万人。多い国はこんな所である。チュニジア6000人、サウジ2500人、ロシア2400人、トルコ2100人、ヨルダン2000人などだ。なお、これらの外国人戦闘員はサウジ、カタール、トルコなどに潜入支援をされて、トルコ、ヨルダン経由などでやってくる。
(あと数回続きます。途切れ途切れになるとは思いますが、頑張ります。なんせ21世紀世界史の最大悲劇の一つですから) 』
去年7月に掲載した4回連載の書評、内容紹介を再掲します。
『 書評 「シリア情勢」(1) 文科系 2017年07月16日
青山弘之著「シリア情勢 終わらない人道危機」(17年3月22日第一刷発行)の要約第一回目である。東京外大アラビア語科と一橋大学院社会学研究科を出て、日本貿易振興会付属アジア経済研究所などを経られた、シリア研究30年という東京外語大教授という方だ。
この本全6章と「はじめに」「おわりに」の8つのうち、今日は「はじめに」と1章を要約する。ここはこの本の概要が最もよく分かる箇所だ。世界を騒がせているが日本政府は冷淡な難民問題の最大震源地。かつ、イラクと並ぶ21世紀の悲惨極まりない世界史的大事件国。こういう地点には、現代世界史が集約されているということも可能と愚考した。
はじめに
ダマスカスという世界最古都市の一つを有し、かつては中東随一の安定、強国を誇ったシリア。その面影は、2011年3月「アラブの春」(この作者が括弧付きで使う言葉は全て、「そう呼んでよいのか?」という疑問符付きと、ご理解頂きたい)の失敗以来すっかり消えてしまった。47万人が亡くなり、190万人が傷を負った。636万人の国内難民と、311万人の国外難民とを合わせると、全国民の46%が家を追われたことになる。
この悲劇の根本的な原因の一つは確かに、このこと。シリア・アサド政権の初動の誤りである。過剰防衛弾圧と述べても良い。ただし、通常言われる所の「内戦」とか「自由と人権を求めた反政府派」などという通常解釈も頂けない。内乱の最大主役、イスラーム国とかヌスラ戦線とかはシリア内部の反乱などとは言えないからである。シリアへの米軍空爆は、2014年8月にイラクで起こった翌9月にシリアでも始まったものであるし、2015年9月にロシアが大々的に始めた空爆が、結局この「内乱」を終わらせる雲行きになっている。2015年はまた、シリア内乱がイスラム国による世界的テロ事件として広がった年でもある。
シリア研究30年の筆者として、この「内戦」をば、可能な限り「冷静」、「冷淡」に記述してみたいと、述べていた。
第1章 シリアをめぐる地政学
シリアの「内戦」は、以下のような5段階を辿った。「民主化」「政治化」「軍事化」「国際問題化」「アル=カイーダ化」である。そのそれぞれを記述していこう。
まず当初の「民主化」は、以下のようにハイジャックされた。
シリアの「民主化」勢力は強い政権に対して小さかったが、2011年8月の「血のラマダーン」で1000人ほどの国民が虐殺されると、一挙に急進化した。「アラブの春」のどこでも軍の離反が起こり、シリアも例外ではなかったが、2~6万とも推計される「自由シリア軍」では、すぐに海外亡命が始まっている。以降、反政権政治勢力3派による「政治闘争化」していくのだが、これらのうちクルド民族関連を除いては通常の社会生活とはほとんど接点を持たず、海外在住でお金持ちの「ホテル革命家」など夢想家たちの団体ともいえる。
シリア国民連合は、カタールはドーハでアメリカの金と支援により結成されたものだし、国民調整委員会はダマスカスで結成されたが、古くからのアラブ主義者、マルクス主義者などから成っていた。民主統一党だけが、5万人の人民防衛隊や女性防衛隊を持つなど社会との接点を持っているが、これはクルド民族主義政党なのである。
この政治化混乱は2011年後半から内乱に発展していき、政府支配地がどんどん縮小されていく。諸外国の猛烈な「援助」があったからだ。①欧米とサウジ、カタール、トルコなど「シリアの友グループ」は、政権を一方的に否定し、「国民を保護する」と介入したし、②ロシア、イラン、中国は、「国家主権は尊重されねばならぬ」という立場だった。③インド、ブラジル、南アフリカ(今で言うBRICS諸国の一角である)は、アサドの過剰防衛を批判はしたが、国家主権尊重という立場であった。
世界史的に見てシリアの地政学的位置が極めて大きいから、こういう事態になったという側面がある。まず、東アラブ地区というのは、反米・反イスラエルのアラブ最前線基地であった。冷戦終結後に米の強大化から、親イラン・ロシアの性格を強めた。レバノンのヒズボラ、パレスティナ諸派とも結びついていく。ロシアは、地中海唯一の海軍基地をシリア内に有しているし、2015年以降にはラタキア県フマイミール航空基地に空軍部隊を常駐させている。イランとは、1979年王制打倒革命以降フセイン・イラクを共通の敵とした味方同士である。
つまり、各国がせめぎ合う地点における前線基地として、「それぞれの正義」が飛び交って来た国なのである。「自由と人権」「国家主権」そうして残ったのが「テロとの戦い」。
この混乱の中でそもそも一体、誰が「悪」なのだろう。
アル=カーイダとは総司令部という意味だが、イスラム原理主義に基づくこの組織はアフガンにおいてビンラディンが創始し、ザワーヒリーを現指導者としている。この性格は以下の通りである。
① 既存社会を全否定し、イスラム化を図る。
② ①の前衛部隊として武装化を進め、ジハードを行う。
③ 目標はイスラム法に基づくカリフ制度の復興である。
なお、著者はこの勢力は他の反政府派とは全く違うとして、こう断定している。この点は極めて興味深い。
『懐古趣味や「神意」を引き合いに出して展開される利己主義がそれを下支えしている点で異彩を放っていた』
シリアのアル=カイダはヌスラ戦線とイスラーム国が主だが、これ以外にもいわゆる過激派は多く、また、無数の反政権派軍事勢力からこの二つへの流入流出も多いのである。なお、「自由」「人権」よりも、「イスラーム」を提唱した方が義援金や武器取得で有利という特徴が存在し続けてきたのも大きな特徴だ。
外国人戦闘員の数は、2015年末の推計で約100カ国から3万人。多い国はこんな所である。チュニジア6000人、サウジ2500人、ロシア2400人、トルコ2100人、ヨルダン2000人などだ。なお、これらの外国人戦闘員はサウジ、カタール、トルコなどに潜入支援をされて、トルコ、ヨルダン経由などでやってくる。
(あと数回続きます。途切れ途切れになるとは思いますが、頑張ります。なんせ21世紀世界史の最大悲劇の一つですから) 』