旭湯
所在地:中野区本町6-10
構造・階数:木・1F
建設年:1962(昭和37)
解体年:2017〜18(平成29〜30)
備考 :1949(昭和24)創業、2017(平成29)1月廃業
Photo 2013.8.27
中野通りから西に入ったところにあった銭湯。
電柱がそこらじゅうにあるのと前面道路の幅が狭く引きが確保できなかったため、建物正面側の様子を写真に上手く納められなかった。
いわゆる宮型造りと呼ばれるもので、入母屋の大屋根に唐破風の玄関。入母屋の破風内の装飾はなく控えめ。ブロック塀と塩ビ波板の目隠しは後付けのものだがやや残念。

東北側の角にはコインランドリーが併設されていた。大きな高窓も特徴的
ネットで検索すると、昔ながらの雰囲気のある銭湯として知られていたそうだ。また有名な銭湯絵師が描いた富士の絵が浴室にあり、ファンの間ではその点でも有名だったようだ。

光の加減でよく見えないが、上下二つの鬼瓦には縦書きで「旭湯」と書かれていた。手が込んだ懸魚の彫刻も印象的だった。
その後訪れる機会がなかったが、残念ながら2017年1月に廃業したという。
東側のコインランドリーは同年3月末に撤去。宮造りの本体建物の方は、2017年10月時点のGoogle Street Viewにはまだ写っている。ただ、2018年4月のそれでは、既に消失して更地になっており、2019年4月の写真では新しい建物を建設中であることがわかる。
2022.12.30追記
上記、中野経済新聞の記事などには、旭湯は戦後の1949(昭和24)に創業し、1962(昭和37)に写真の建物に建て替えられたと記されている。しかし戦前の1933(昭和8)年発行の火災保険特殊地図で既に「旭湯」の表記があり、同新聞とは創業時期からして食い違っている。同新聞が誤っていたのか、それともなんらかの理由で戦前期の旭湯とは別扱いにしたのか、そのあたりについては不明。