オリンパスE520/ZD14-42
漢字の訓読が日本の発明であり、これに対して音読は中国由来のものである。
しかし、一つの字の音読が何種類もあるのは、日本だけである。
中国には、一つの字に対して一つの読み方しかないのが普通である。
ここにも日本の漢字の独自性がある。
たとえば、「行」という字には「コウ・ギョウ・アン」と三種類の音読が存在している。
行動や銀行なら「コウ(カウ)」、行状や修行なら「ギョウ(ギヤウ)」、行脚や行灯であれば「アン」と読み分ける。
「経」という字にも、経験の「ケイ」、読経の「キョウ(キヤウ)」、看経の「キン」という具合に三通りの読み方がある。
このように、日本の漢字には複数の音読が並行して存在するわけだが、これは中国から入ってきた時代の違いによる。
最初に入ってきたのは「呉音」と呼ばれる音で、「行」は「ギヨウ」、経は「キョウ」という読み方だった。
ところが、奈良時代後期遣唐使や留学僧たちによって、当時の最新の読み方だった唐の都・長安や洛陽の音にもとづく「漢音」が持ち込まれる。
漢音では「行」は「コウ」、「経」は「ケイ」である。
漢音は中国の北方のの読み方で、呉音は南方の読み方と言われる。
両者の最も大きな違いは、呉音の濁音が、漢音では清音になることだ。
「行」の呉音「ギョウ」が、漢音では「コウ」となるように、である。
また、呉音にはあるマ行音、ナ行音が、漢音にはない。
それで、呉音のマ行音、ナ行音が、漢音ではバ行音、ダ行音になる、という違いもある。
この場合には、逆に漢音のほうに濁音が現われるのだ。
「万」という字で説明すると、一万の「マン」が呉音で、万歳の「バン」が漢音なのである。
「万」の場合、数字の単位として使われるときは呉音の「マン」で読み、千客万来、万国博覧会、万里の長城のように「いっぱい」という意味で使われたら「バン」と読むのが原則になっている。
「万華鏡」のように、多いという意味なのに「マン」と読むケースは例外である。
平安時代中期から江戸時代にかけてはさらに、禅宗の僧侶を中心に「唐音」という読み方が取り入れられて、「行」を「アン」、「経」をキンと読む読み方が加わった。
このように、最初に伝わってきた読み方も、新しく入ってきた読み方も、並行して使いこなしてきたのが、日本語のスゴイところだと思う。
対照的に中国では、漢字の読み方は一定の時代、一定の地域には原則として一種類しかない。読み方は時代とともに移り変わっていき、古い読み方が保存されるということはない。
もちろん、日本でも、すべての漢字に三種類の読み方があるわけではない。
漢音、呉音、唐音がすべて共通の漢字もあるのである。
理論的には、呉音と漢音については、すべての漢字に与えることができる。
漢字は日本語である 小駒勝美 より