ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

朝青龍の自伝から

2009年09月28日 | 政治
<1991年民主化>
 社会主義政権が崩壊して、民主主義に変わるときがひどかった。
食べ物がなかったから。
モンゴルの政治情勢が変わったのは、オレが10歳か11歳のころ、一番食べる時期だからね。
店からあっというまにいろいろな食べ物がなくなっていく。
パンとか飴とかあったけれど、一日一日減っていく。
最後に残ったのが岩塩。
塩だけで後は何もない。

社会主義は素晴らしい、と書いてある教科書は間違っていたと言われ、そう教えていた先生から、新しい教科書が配られた。
先生たちも悩んだろうな、辞めた先生も多かった。
でもオレたち生徒はもっともっとショックだった。
学校へ行くのがバカらしくなって、不登校になったり、やめた生徒も多かった。
何もかもなくなったのに、アルヒ(モンゴルのウオッカ)だけはあって、街には酔っ払いが増えていった。

<幕下優勝でのコメント>
 「賞金は全部両親に持って帰ります。」
神様が見ていてくれたのか、名古屋で約束通り優勝した。
その前の年のモンゴルの寒波で、ウチの馬が全部死んでいた。
それで、父に馬を買ってあげるという約束をしていた。

☆「一番一番 真剣勝負」(NHK出版)1600円
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朝青龍のガッツポーズ

2009年09月28日 | スポーツ
朝青龍をかばうわけではないけれど、今度の「ガッツポーズ」はマスコミで言われていうような「つい、うれしくて」だけではないような気がするのです。
初場所のような感激のあまり、という表情でなく、何かに挑戦するようなつきつめた表情に見えたのです。

もういいじゃない・・・朝青龍はたくさんストレスを受けて、あることないこと言われながら・・・29歳ですよ。
朝青龍は複雑な気持ちだったのじゃないかしら。
稽古だってものすごくやっているのに(彼なりの方法で)、そう書かれない。
あれだけバッシングされて、書かれて、よくがんばったと思います。

白鵬だっていろいろあっても書かれない、白鵬は双葉山にあこがれている、と言っていますが、彼の解釈では「双葉山の先祖は蒙古来襲のときの兵士、だから双葉山は九州出身なんだ。そして僕は双葉山の生まれ変わり」とか楽しいことを言っているそうな。
もしこれを朝青龍が言ったらどうなる?きっと凄いバッシングでしょう。

私は朝青龍の天真爛漫さが好きです。確かに傲慢なところもあるでしょう。
でも傲慢さなんて、誰にもあること。
彼もいっぱいいいことしているんです。
それにお母さん思い、給料のほとんどを親に仕送りしているし、感謝していて実にほほえましく、昔、ソ連の支配下で食べるものがなかった時代、パンひとつで殺人事件が起こるという困窮したときも、母親は自分は食べずに子供に食べ物をなんとか与えた、それを忘れない彼。

白鵬の父は当時モンゴル相撲の最強の横綱であり、オリンピックのレスリング銀メダリスト、これはモンゴルで始めての快挙、そして国立体育大学の教授、母は脳外科の医者、そんな時代でも客に肉をふるまう裕福さに、そのご馳走にありついた先輩力士が幼い白鵬に肉料理をわけてもらった思い出を書いています。
もちろん、白鵬も素晴らしい横綱ですが、育ち方が違います。

それにしても日本では子が親を、親が子を殺すという地獄のようなニュースが絶えない、昔は日本も子は親を大切にし、親は子を思った・・・バッシングを受けている朝青龍に父親は日本の仕打ちを怒ったが、母親は「その国に入ったらその国の水を飲みなさい」と諭したといいます。

またモンゴルは有名になった者が一族を支える、という族社会でもあり、父親が事業に夢中になり、母親が苦労しないようにマンションを買い、その家賃で食べていけるよう、朝青龍は考え、実行に移します。
母親は、今回も父親をおいて来日、朝青龍のために手料理をふるまい、朝青龍は一切外食せずに、母親の手料理だけを楽しんだといいます。

離婚にしても、朝青龍が母親に送金するためのお金を、夫人が無断で自分の親に送ったこと、しかも夫人の母親は娘より若い青年と交際、・・・こんなことは報道されていない、マスコミはドーッと同じ方向に進むのが気になります。
選挙で大切なときもずっと酒井法子、・・・もうあきあきです。

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