ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

内藤陽介氏「寺ちゃん」で解説、ドイツ 、ハインリヒ13世 擁立し帝国再興企む」/ゼレンスキー大統領訪米/「大掃除」その2

2022年12月25日 | 政治

内藤陽介(郵便学者)「#ドイツ #国家転覆画策容疑 25人拘束 #ハインリヒ13世 擁立し帝国再興企む」ウィークエンド寺ちゃん



前回「チャンネルくらら」でUPした内藤陽介氏の解説があまりにも面白かったので、今回は「ウイークエンド寺ちゃん」でハインリッヒ13世の事件の解説を貼った。
やはり面白い、「格が落ちるにしてもトノサマはトノサマ」、「陰謀論にはまってしまった」など笑わずにはおられない。
「それだけだったら変な人なんだけど彼はおカネを持っている、結構かれらは本気でクーデターを起こそうとしている」そして実行のために人を集め、実際に軍事訓練をし、ℚアノン(トランプはディープステートと闘っている、彼は我々を救う」などと妄想し、その「陰謀論」もロシアが一枚噛んでいる、だから面倒なのだ。「反グローバリズム」「反EU」「反ワクチン」などの勢力もいる。陰謀論をクイモノにし「ウクライナが悪い」という。これは右派に多いという。また今回のメンバーは警察や軍部もいて、大きくなると大変なことになる。
数は増えつつある、警察や軍、特殊部隊出身者や現役もおり、裁判官や貴族の子孫もいる。ロシアは関与を否定。
ハインリッヒ13世は実際にロシアの支援を受けようとして動いてきた。このように「暴力革命」を目指す団体がでてきたことが危険。

もしシェイクスピアが今の時代にいれば、ハインリッヒ13世をどのように書くのか、想像してしまう。
「今のドイツはディープステートに操られた傀儡の国家だ、今こそ第二帝国にもどろう(もちろんヒトラーの第三帝国は論外)、暴力革命を目指しているので、軍部や警察、裁判官、政治家を内部に入れたこの勢力は放置すると大変なことになっていたと思う。
同時に「ナチスが目指した暴虐の第三帝国」の完全否定は、揺るがないものであることは言うまでもないが、一方でその他の面で「言論の自由が制限される」ことの歪も、ドイツ国内では何も言えない副作用に苦しんでいること。

また芸術では不自然で一方通行的な「政治的な演出」でオペラの公演が多くなっていること、それがますます宗教や人権への別の方面からの指図を一方的に強制されている感が否めない。
今やオペラ愛好家は「音楽より演出」を見に行っているのではないか、と思わずにはいられない。
オペラの分野ではヴァーグナーの「マイスタージンガー」でベックメッサーが夜中に大声でセレナータを歌ったことで、町中の人々が起き、大騒ぎになる、これが「集団悪意」として舞台上側から憎悪の顔の絵が降りてくる。。。こじつけだ!!

それだけではない、ヴェルディのオペラの演出にも「政治的な」歪んだものが、最近になって目に余るのである。
例えば「アイーダ」は古代エジプトが舞台だが、当時はイスラム教がまだ存在していなかったのに、イスラム風によく似た服装の僧侶や尼僧が出てくる・・・演出家はユダヤ系というが・・・
「アッティラ」でも英雄エツイオはナチス風?の「制服」に似た衣装を着けているのだ。ローマ時代の衣装ではない。
イタリアの精神とは相いれないものだ。当然ブーイングが飛ぶ。


それはオペラのためのものではなく、意図的に歪んだ演出の押し付けでしかない。
これについて私は音楽関係の公の場でそのように発言したのだが、「時代が要求するものです」という「知ったかぶり」の返答に本当に音楽家の言うことか!!と怒った。世界的なはずの歌手たちもこのへんの知識はない。オペラというと若いアベックの悲恋と思っている。バカにも程がある。
カップッチッリなどかつての名歌手は「こんな演出では歌いません!!」とハッキリ言ったものだったが、今はかなり高名な歌手でも「出演したい」ために自分の考えを持たないようにしているようだ。


[深層NEWS]ゼレンスキー氏の議会演説、「民主主義」多用は米国民の心つかむため

ゼレンスキーが訪米・・・彼はやはり胆力がある。メルケルもドイツを裏切った。そんな中でゼレンスキーのウクライナを救いたい熱意は心を打つ。現地で在任中「何もしなかった」元ウクライナの大使の寝言では太刀打ちできない。

ゼレンスキー氏、米連邦議会で演説 支援は慈善ではなく投資だと



【LIVE】ゼレンスキー大統領 米議会で演説(2022年12月22日)※日本語通訳なし | TBS NEWS DIG




そうだ、今日はクリスマスなんだ。25日にクリスマスを祝うのが欧州風ならウクライナも25日に祝うと言っていた。
私はクリスチャンではないので、クリスマスは日常通りだ。大掃除もしている。それにクリスマスは母の命日なので静かに過ごす。

タカギ(takagi) ホース ホースリール マーキュリーIIツイスター 30m ねじれに強い 巻き取りやすい RT330TNB
タカギ製 6500円 (持ち運びが重いので大変)もう何年も使っています。

本日の「大掃除」(その2)は家の雨戸・外壁を全部シャワーで水洗いした。夏だったら水がかかっても爽快だが、狭いところでは後ろに下がれず、二階を洗った水がまともに私の頭上に落ちてくる、いわばズブヌレ状態、寒いし冷たい。終わると後片付けし、入浴し温まり着用していた衣類は全部手洗いし、干す。
門も洗った。・・・今日はこれだけ、その後スーパーに買い物、日経新聞(指揮者ムーティの文を読むため)を買い、帰宅するとクラインさんから国際電話あり。ハインリッヒ13世の話をする。

またパソコンを開けるとチャンネル桜の水島氏が「八紘一宇を」と言っているyoutubeを見つけた。
それだけではない。「ウクライナが悪い」と言っている。チャンネル桜には元ウクライナ大使のマブチ氏や元政治家志望の林氏が頻繁に出演している。水島氏も同じ考えか?たとえディープステートの力があっても子供じゃないんだ、自国のことを決めたのはプーチンだ。子供ではない。・・・(812) 【直言極言】現実的な救国救民への道ー八紘一宇[R4/12/24] - YouTube
安倍批判は正しい。しかし「八紘一宇」を自信たっぷりと。
思わず笑いそうになった、いや笑った。「私は保守なんだけど、そういう保守じゃないんだ、そこから外して!」と。
・・・皇室も昔からこうではない。「皇室」は・・・これについてはまた書こう。これもシンジャがいる。
「ホシュ」は皇室を神の如く絶賛する。いつものように異論は許さないようだ。
しかし私はそうした頑なさを醒めた目で見てしまう。決して「皇室不要」と言っているのではない。

これは難しい問題だから、安易に書くと誤解を受けるが、私はそういう考えだ。


それと戦争で日本の為に戦った方々を尊崇するのとは、分けて考えている。
父は生前に「みんな最後はおかあさん!!と叫んで死んだ。天皇陛下万歳と言って亡くなった人はいない」と言った。
そのことで某自称ホシュの政治家Nは「みんな天皇陛下万歳と言って死んだ、お母さん、と言って死んだのは病院で死んだ兵士たちだ」と「時事通信」に書いていた。私が書いたコメントのことを書いたのだろう。

私は心からそのいいかげんさに怒った。適当なことを言うときはその某政治家の論はガタガタになって軋む。
言葉は勇ましいが、彼は決して「強い人間」ではないのだ。

「レイテのジャングルのどこに病院があるか!!父は指を弾丸で打ち砕かれてボールのように腫れても川に浸して冷やすだけだった。薬はない。夜になっても気温は下がらない。食べ物がなくて蛇を食べた。
マラリアその他の病気になっても治療などする軍医もみんなほとんど亡くなっていた」、と反論したかったが、あの嫌な表情を思い浮べるだけでゾッとした。最近あっさりと公明党議員の選挙応援ハガキを出してバレていた。
この人に誠はない。目が泳ぐのが見えるようだ。
(この人物は私は一生許さない)

戦地に行くまでに船が沈没、また戦地で食料もなく戦う前に飢え死にという悲惨な状況、今まで立派に育てた母はたまらなかっただろう・・・これは言葉で言い尽くせるものではない。(ロシアで「母の会」がプーチンを追い詰めるのも当然だ。)私はこれは断じて曲げない。愛国者だから言うのだ!!

レイテで戦った父はずっと「いいやつばかりが死んだ」と嘆いていた。
娘の私は「レイテ激戦の勇士」として父を讃え、老後の介護も喜んでした。



ブログのティールーム


今、日本経済新聞で「私の履歴書」のコーナーにて指揮者リッカルド・ムーティが記事を寄せている。
その中で、ヴェルディ「トラヴィアタ」をスカラで上演することを企画、このオペラはマリア・カラスの主演以降、スカラでは他の歌手による上演を決して許さず、ムーティは新人歌手を自らオーディションで選び、なおも長期間レッスンを繰り返してついに上演した。

しかし最初から聴衆は冷たく反応はなかった。そこで主演歌手のソプラノに超高音のミ・フラットを一か八かで出させる。(とムーティは書いているが、このミ・フラットはほとんどのソプラノが歌っている。)
これで聴衆は喜び、大拍手、というくだりがある。(ムーティの楽譜至上主義をこの時あきらめたことで喜んでいたのであろう、このころの聴衆はそれくらいは承知の上だ)

若き日のムーティが主演のソプラノのティツィアーナ・ファブリッチー二とテノールのロベルト・アラーニャにレッスンしているフィルムがあった。「パリを離れて」という二重唱の場面。(2分40秒からご覧ください)

La Traviata, Parigi o cara - R. Alagna / T. Fabbricini - Rehearsal with R. Muti




マリア・カラスが異常なまでの大成功を収めたオペラは数多い。その中でもドニゼッティ「アンナ・ボレーナ」は後にモンセラ・カバリエが歌っても聴衆の怒声はやまず、危険を感じたスカラは鉄のカーテンを閉めたのだった。
ヴェルディ「シチリアの夕べの祈り」もあのレナータ・スコットが素晴らしく歌っても怒号とヤジだった。
「トラヴィアタ」はカラヤンがフレーニやモッフォを歌わせてもやはり怒号、もはやこれらのオペラは上演不可能となっていた。
そこでムーティは無名の新人ソプラノを歌わせたが、聴衆は一切反応せず。そこで最高音を歌わせることにした。
ムーティは「楽譜外の音」を絶対に歌わせない主義だったが、はじめてこれを破った。聴衆は大拍手だった。

しかしあの天才マリア・カラスにも「トラヴィアタ」では苦い経験がある。スカラでのレコーディングで、カラスは自分が選ばれるものと思っていた。ところが指揮者セラフィンはアントニエッタ・ステッラを選んだのだった。こともあろうにセラフィンはマリア・カラスの育ての親といわれるほど、彼女を育成してきた。老指揮者セラフィンは自分の思う通りにし、カラスはセラフィンと絶交し、その下にいた凡庸なヴォットの指揮で多くのオペラを録音、やがてセラフィンと和解するがその時は声が衰えかけた時だった。

セラフィンがアントニエッタ・ステッラを「トラヴィアタ」に選んだ録音がある。
バリトンはティト・ゴッビ、スカラ


La traviata: Act II Scene 1: Ah! Dite alla giovine (Violetta, Germont)



ソース画像を表示

アントニエッタ・ステッラ


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする