ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

『石井准教授、香港への道場破り歴史戦報告①』

2017年11月16日 | 政治

★ 以前にも石井望長崎純心大学准教授が香港大学にて講演されたことを当ブログでご紹介しましたが、今回チャンネルAJIERで報告をされています。

『石井准教授、香港への道場破り歴史戦報告①』仲村覚 AJER2017.11.9(3)

今年9月に香港大学にて講演をしたことを仲村覚氏から要請され、仲村氏から出された7つの質問に答えながら説明。

古い地図や資料を見ながら石井先生の説明をお聴きください。 なお当日は録画録音が許可されなかったので、今回の石井先生のご報告は大変貴重である。

なお、チャンネルAJIERにはこの続きもあって、それは「有料動画」になる。私は急遽、有料会員になりこの続編である動画を視聴した。それは大変感動的でスリリングなお話だった。香港の人たちは約90パーセントがチャイナからの独立を望んでいるが、実際にそれは不可能、また香港大学の首脳部は独立を願う学生たちとは相容れない。そこへ行かれて講演されたのだから、石井先生はその後も学者の精神で正論を仰ったのだが、はたして無事に帰国できるのか、石井先生はもし拘束などがあればネットで拡散してほしいということをフェイスブックなどでお書きになっていた。いつ帰国されるかというのも《予定通りなのかどうかも)私たちは無事に帰国されるまで不安だった。ドイツのクライン孝子女史も石井先生のご活躍を期待されるも心配され、無事に帰国されることを願っておられた。(本当によかった!!)

石井先生の勇気ある行動を今の政治家に示したい。またこの続きの有料動画で香港独立についてすごいことを思い切って仰っていて、大変感動した。残念ながらチャンネルAJIERの有料動画なので書けない。書けるときが来たらお知らせしたいと思う。

話題の本、ぜひご覧ください。

 

ブログのティールーム

本日はドヴォルザーク作曲「交響曲第8番」カラヤン指揮 ウイーン・フィル

A. Dvorák | Senfoni No. 8, Sol Majör, Op. 88

超名演奏!!

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日本という「容器」の底があちこちぬけている。なのに修理せずどんどん水を足していくことの勘違い

2017年11月13日 | 政治

サンフランシスコ市の慰安婦像について、丸山穂高議員がツイート

丸山ほだか認証済みアカウント @maruyamahodaka

サ市公有地慰安婦像の件は、相手側中華系慰安婦正義連合の方が何枚も上手で厳しい状況。吉村市長からの電話でもお話ししましたが、市長がかなり頑張ってくださっても政府予算や人員も含めた根本的対策がなければ同じことを繰り返す質疑で散々指摘したジャパンハウスに数百億かけている場合ではない(以上)

★ 私はいろんなことから自民党は「ホシュ」であり「保守」ではないと思っている。

この件で国民への説明もないし、何もしないのはわかっている。そして最もらしい理屈をつけるのだ。憲法改正などできるはずがない。仮に出来たとしても前よりも悪くなっている可能性がある。

職を投げ打って「尖閣」のビデオを流した一色さんは次のようにツイートしている。

一色正春 @nipponichi8

 

 

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O patria! o patria, quanto mi costi! ~おお、祖国よ、何という代償を私に!

2017年11月13日 | オペラ

いつもはエントリの終わりに「ブログのティールーム」でクラシック音楽をご紹介していますが、本日はザルツブルグで上演されたヴェルディ「アイーダ」について書きました。

O patria! o patria, quanto mi costi! (おお、祖国よ、祖国よ、何という大きな代償を私に!)

 アイーダを歌ったネトレプコを心より礼賛

ヴェルディの「アイーダ」をNHKBSで視聴した。今年のザルツブルグで現代最高のソプラノとされているロシア出身のアンナ・ネトレプコ(今はオーストリア国籍)が主演、やはり見事であった。音楽的にはあの1950~60年代の偉大なソプラノたちに比べると、音程の狂いというよりも大まかさ(彼女の性格かもしれない)があり、経過音など次の音と同じ音程で歌っているところが目立ち、あの「黄金期」であったカラスやテバルディの時代であれば、ブーイングを誘ったかもしれないとヒヤヒヤしたり。

しかしあの堂々とした歌唱はやはり大柄で、「肉食系」ソプラノだった。彼女はもともとレッジェーロ(軽やかな)役の歌で注目を浴び、正直言ってあまり上品とは言えないものを感じていて、好きではなかった。これは超一流としてはかなり目立つ欠陥と思っていたが、年月を経て体格も堂々として歌のスケールも大きくなり、今やそのような欠陥も「おおらかさ」で人を包み込むようで円熟の境地を思った。「好き嫌い」などどこかに吹っ飛ぶほどの圧倒的な実力だ。

彼女はロシア出身で貧しく劇場のトイレ掃除のアルバイトなども経験、そしてやっと大きなサンクトペテルブルグのマリンスキー劇場に出演するようになったが、テロで支配人が射殺され、マフィアが出入りして恐怖の生活だったという。

 その他、問題点  イラン人の演出内容に現在のヨーロッパの媚びか?

しかし、今回のオペラは他に問題を感じた.イタリアの至宝、リッカルド・ムーティが指揮をするのでおかしな演出はないと思っていたが・・・演出家がイランの人で、「ジェンダー」の研究家であり、「しいたげられた女性」をこのオペラであらわそうとしたらしい。そしてエジプトの神官たちの衣装が「中東風」と「ロシア正教の聖職者風」の間のように感じた。神官のランフィスを歌ったバス歌手はロシア系と思われるが、この姿は古代エジプトの神官ではない。ムスルグスキーのオペラ「ホヴァンシチナ」の分離派教徒の長であるドシフェイと言ってもそのまま通るような・・・。

 

 重要なエジプト王女アムネリス役の非力さ

またエジプトの王女アムネリスを歌うセメンチュクは、もともと豊かな美声でもなく、しかもすでに声が衰えており、権高い美女アムネリスには声もヴェルディの強靭なカンタービレに乗れなかった。彼女はかつてロシアオペラの「ボリス・ゴドゥノフ」のマリーナや「ホヴァンシチナ」のマルファを歌ったのを知っているが、そのころもオブラスツオーヴァやシニャフスカヤの後継者どころか、同じころ注目されたオリガ・ボロディナにも舞台での魅力や声にも及ばなかった。なぜアムネリスにこの歌手を登用したのか理解に苦しむ。かつてはアムネリスには気品豊かなシミオナート、そしてダイアモンドのような強靭な美声のコッソットなどが魅了し、今も彼女らに及ぶアムネリスはない。

 

 イタリアオペラの「声のジャンル」を崩すテノーレの登用

理解に苦しむのはラダメスを歌ったフランチェスコ・メーリというリリコ的なテノーレで、武人ラダメスを歌うには声の質が違い、まるで「ボエーム」の貧しい詩人ロドルフォが出てきたような繊細さで冒頭のアリア「清きアイーダ」を歌うのだから違和感ありすぎた。そういえば世界的にもドラマティックな力強いテノーレがほとんどいなくなったことが気になる。

フランチェスコ・メーリが歌うラダメス「清きアイーダ」・・・これはひどい、tu sei ReginaのRegiで息継ぎしてnaと続けている。これは解釈ではなく単に「息の配分ミス」である。それに最後の高音がかすれ、雑音入り、かつてのイタリアでは激しいブーイングで即退場、決して許されないことだったが、ザルツブルグの聴衆はイタリア語わからないのか興味がないのか。声を弱めてテクニックのように思わせているなんて小細工だ。もともと「声」が立派でないくらいはわかる。堂々と誤魔化さずに歌うべきだ。この曲はケレン味がない「声の重量あげ」であり、武骨なラダメスの純情が示されるところだが、このメーリは何をナヨナヨと!! ミスキャストである。かつて指揮者などのお気に入りであっても舞台では客席の厳しい審判があった。お客は隅から隅までオペラを知り抜いていた。聴衆に観光客が多い現在、耳のある客が途絶えたのか?

 Francesco Meli- Se quel guerrier... Celeste Aida (Salzburg 12-08-2017)「清きアイーダ」

 武人「ラダメス」は壮大な声を要求する役であり、かってはマリオ・デル・モナコをはじめ、フランコ・コレッリ、カルロ・ベルゴンツイなどが朗々たる声を響かせたものだ。メーリは抒情的にラダメスを歌い、とても一国の軍を率いる英雄を感じさせないし、これは昔のスカラだったら絶対にこの役を歌うのをミスキャストとされたと思うが、巨匠の指揮者ムーティのお気に入り(これがよくわからない)だそうで、ガッカリだ。このごろヴァーグナーの歌い手も同じ傾向、これはドラマティックな声を持つ歌手がいなくなったのか?それともそれを理解しない風潮か?(ムーティ指揮するオーケストラも音を抑えている)

 往年の圧倒的なフランコ・コレッリのラダメス、もうこのようなドラマティックで壮大なラダメスは聴けないのか・・・今生きていたら100歳近いのだけれど。このころの名歌手はすごかった!!

 往年の名歌手、コレッリが歌う「清きアイーダ」Franco Corelli - Celeste Aida (1962)

 

  「日本語字幕」の問題点。なぜパートリアを「祖国」と書かず、「お父様」なのか?これはかなり昔の武石氏の和訳だがそのままになっているのか。

最後に「字幕」だが、なぜ「祖国よ」を「お父様」にしたのか、アイーダが祖国を助けるために恋するラダメスを騙すところの苦悩を歌うこの歌詞に、「パートリア(祖国)」という単語がいつのまにか「お父様」になっているとは・・・。脚本のイタリア語は「パートリア」(祖国)である。

もうひとつある。イランの演出家が「しいたげられた女性」を描くような演出をしたというが、どうかヴェルディの音楽のジャマをしないでいただきたい。しいたげられたのは女性だけではない。勝者もまたしいたげられているのである。本当の「勝利」とは?「敗北」とは? それは音楽で感じることだ。安易な理屈をつけないでほしい。

 

 ヴェルディの音楽におかしな「同調圧力的思想」は不要。これを「蛇足」という。

圧倒的な大国エジプトの強さや富をいやというほど「凱旋の場」で見せつけられる聴衆は、その壮大なマーチの中でエジプトの壮麗さが強ければ強いほど、敗戦国の悲劇を心の中に刻むのだ。何も特別な「思想」は不要だ。ヴェルディの音楽が全てを語っている。それにおかしな解釈をするのは音楽のジャマをするだけだ。ヨーロッパは、このようにして古代エジプトの話を「中東問題」として試すのか? ヴェルディの音楽が泣くであろう。

下記の動画が今回のザルツブルグでの「アイーダ」凱旋の場である。合唱もバレエも少ない・・・。(エチオピアの捕虜の顔に白い線があるが、これは何? 不要だと思うけれど

Gloria all'Egitto - Aida - Salzburg Festival - 2017 (HD) - Anna Netrebko - Triumphal Finale

Aida: Anna Netrebko
Radames: Francesco Meli
Amneris: Ekaterina Semenchuk
Amonasro: Luca Salsi
Ramfis: Dmitry Belosselskiy
Il re: Roberto Tagliavini
Direttore: Riccardo Muti
Regia: Shirin Neshat

 あるオペラファンの言葉が愉快だ。もちろんネトレプコのファンらしい。今回の「アイーダ」以前に書かれたもの。

太ろうが、ヘアスタイルがチリチリのおばさんパーマで見た目が、サザエさんそっくりでも 私は魅力的なの v(^^)v という、揺るぎない自信がオーラとなって全身から発散している 。

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【クライン孝子氏】トランプ大統領のアジア歴訪を欧州はどう見ているか・「討論」トランプ大統領アジア歴訪後の世界

2017年11月12日 | 政治

【言いたい放談】トランプ大統領のアジア歴訪を欧州はどう見ているか[桜H29/11/9]

トランプ、その前にイヴァンカが来日、欧州でもテレビで紹介されていた。韓国に行った時は少しだけ放映されたが、ドイツではみんな敏感に感じ取っていたようだ。慰安婦など出してきたところで、情報は知っていたので心の中では嗤っていたことだろう。礼儀知らずの国ということを知らしめただろう。

中国での歓待はスゴイ、安倍さんの政治はしぶとい。

日本に核武装は許さない、台湾は中国のものだ。と習近平はトランプに言っているだろう。北朝鮮は自国民に「人工肉」を食べさせているらしい。朝鮮有事になると難民が増えて、日本に来てその結果犯罪が増えることだろう。

メルケルは「グリーン」とも政治をやっている、家族まで呼びつけても良いとしている。年齢を誤魔化して犯罪をした者の話をしたがドイツでは「歯」を調べたらわかるという。彼らが逃げてくる人に対しておカネが高くなっている。EUが厳しくしだしてから。それにパスポートを落としてくる。日本人は優しいし、そういうのを見破る訓練をすべき。(以上、走り書き)

★ クライン女史がいつも日本に警告し続けているのは「難民・移民」問題である。日本側はまだ何も検討されていない。おかしな同情で彼らを入れてはならない、欧州でどうなっているのかまだ知らない人が多い。実は私もそういうお花畑で善意の塊のようなご婦人たちと話をすることがある。彼女らはキリスト教精神でそれらの問題を美化するので、困ったことだと思っていた。クライン女史の話をすると彼女らも欧州でどんな事件が起こっているのか「事実」を見るようになってきた。私が説明するよりも自分で真実を見つけてくれば話は違ってくる。

それよりももっと困るのは「保身」を第一にする政治家たちだ。

このごろずっと当ブログに吉村大阪市長がサンフランシスコ市が公に認める「慰安婦像」を強く反対している件をお知らせしているが、大阪市議会では自民・公明・共産党らが吉村市長に反対、吉村市長のツイッターにひどいことを書きこむ人がいくらかいる。左派ではない。おかしな「ホシュ」だちだ。日本を思うよりも自分たちの縄張りの為に前後を忘れている人たち。左派も困ったものだが、自称「ホシュ」のわけの分からない連中、このごろ増えている。何としても吉村市長を支えなければならないと思う。

下記は吉村大阪市長のツイート

吉村洋文(大阪市長)‏認証済みアカウント @hiroyoshimura 11月11日

サ市議会において、慰安婦像の審議に関し、「日本の大阪市長は、サ市が慰安婦像を受け入れれば、姉妹都市を解消すると言ってる。それでも慰安婦像を受け入れるのか。やめるべきだ。」と言ってくれる勇気ある人もいる。行動を起こし、明確な意思表示をする。でないと、世界中、慰安婦像だらけになる。

 

 

★ 本日「討論」のyoutubeを見た。メンバーはいつものお馴染だが、佐藤健志・西部邁先生もお願いしたかった。

なかなか面白い話である。最初からトランプの発言「日本は武士の国だ」・・・これって・・・

◆トランプ大統領アジア歴訪後の世界

パネリスト:
 潮匡人(評論家)
 加瀬英明(外交評論家)
 高英起(デイリーNKジャパン編集長)
 古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員・麗澤大学特別教授)
 関岡英之(ノンフィクション作家)
 西村幸祐(批評家・ジャーナリスト・関東学院大学講師)
 馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
 ロバート・D・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表)・・・この人の話は興味深い。
司会:水島総

【討論】トランプ大統領アジア歴訪後の世界[桜H29/11/11]

 

ブログのティールーム

 

 本日はドイツの往年の名歌手、エリーザベト・シュヴァルツコプフが歌うモーツアルトの歌曲「離るる歌」

Elisabeth Schwarzkopf; "Das Lied der Trennung"; KV 519; Wolfgang Amadeus Mozart

 

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松井大阪府知事、「希望の党」代表選を語る~政治家は恐ろしい動物 ・ 他に 「ホシュ」の劣化

2017年11月10日 | 政治

★ この頃、「ホシュ」が「保守」を駆逐するようで苦しい日々だ。

そんな中で松井大阪府知事の「人情」は貴重。  

松井府知事会見 玉木公約守れよ 橋下徹・丸山穂高仲直り

 

日本維新の会の松井代表「政治家は恐ろしい動物」

 希望の党(代表・小池百合子東京都知事)の共同代表選に立候補している大串博志衆院議員が安全保障法制を「容認しない」と明言していることについて、日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は9日、「むちゃな話だ」と批判。「みんなで踏み絵を踏んでサインまでしたのに『知らん』と言うのは、政治家というか人としてちょっとおかしい。政治家は恐ろしい動物やなと思う」と述べた。府庁で記者団に語った。

 松井氏は希望の共同代表選そのものについても、「小池さんが任命権者なんだから、堂々と指名したらよかった。小池さんが気の毒だ」と指摘。衆院選後に小池氏に電話したことを明かし、「『書いたもんも知らん、約束は反故(ほご)にする』という人は追い出した方がええんちゃいますかと言ったけど、小池氏は『うーん、大変なのよね』の一言だった。大変やと思う」と述べた。http://www.sankei.com/west/news/171109/wst1711090092-n1.html

・・・実に恥ずかしい「集団による小池いじめ」、調子に乗るな!!

★ 確かに大変だと思う、あれほど左右の(とりわけホシュを名乗る政治評論家)に、「これでもか」というほどしつこく袋叩きにされ、小池氏に対して「ここまで叩くか!」と反発を感じたほどだった。最近のホシュ系はおかしい。あの詩織さんに対する信じられない卑劣な行為をした山口というジャーナリスト?の「再起」を喜び祝う文を堂々と書くわ、「卑劣な行為」も「よい卑劣?」と「悪い卑劣」があるような分類、これもホシュ系の政治評論家は、詩織氏の「思想信条」によって叩き方が強くなる。最近、ホシュおかしくない?

松井大阪府知事とは直接お会いしたことはないが、今まで知る限り人情のある人だと思う。橋下氏が丸山穂高議員を「ボケ連発ツイート」でエスカレートし、丸山氏は維新を離党表明したが、松井氏は橋下氏にも反省を求め、橋下氏は丸山氏に詫びを入れ、また若い丸山氏も自分の至らないところを申し訳なく思うと答え、両者は了解したようだ。

「許容度のない世の中」となった日本、ひとつ違うとボコボコに叩いたり、ののしったり・・・。これでは「ホシュ」がチンピラのように思えて私はすっかり嫌気がさす。

教養高かった「次世代の党」(狡猾な「老舗偽ホシュ」という例外はいるが)に比べ、「維新はアホが多いから」という大阪の人の言葉を思い出す。この場合の「アホ」というのは「バカ」とは違って?「仕方ないなあ」という大阪の独特の表現も含まれていたのかなあと思う。

そんな中でやはり納得がいかないのが、吉村大阪市長がサンフランシスコ市慰安婦像について強く抗議した時に、なんと自民党・公明党・共産党が大阪市議会でそれに反対したことだ。口では色々言っているが、自民党自身「ことなかれ主義」に浸って来たのではないか、そして所属する議員の多くはリスクをとらない方針?で今までやってきたのではないか、ということだ。「維新」の支持者ではない私だが、今回の吉村大阪市長が四面楚歌になっていることに対し、政府は何もしないのか、吉村大阪市長を見殺しにするつもりか?と怒りをおぼえる。

今まで国連・ユネスコのこと等、あの軍艦島のことでも何も目立った抗議はない。こうしたことで「見て見ないふり」をしてなぜ外国に立ち向かえるのか?次回の選挙に「公認」されなかったら困るから?まさかそんなことはないだろうとは言えない。テレビはトランプ大統領やイヴァンカ大統領補佐官の来日は大きく取り扱うが、日本国内のことに関しては冷たい。

「尖閣」「竹島」のこともそうだ。ここは日本ではないのか?

北方領土についても、長谷川幸洋氏はプーチンに理解を求めるように書いていたが、「願望」としか思えないことは先のエントリにも書いた。どうも「ホシュ」がおかしい。本物の「保守」は四面楚歌に追い込まれる。リスクを恐れ「公認」を得られないことに敏感でその他大勢の中に隠れ、勇気のない政治家が多い。また評論家は勝手に「忖度」して競うようにはやしたてるしか出来ないのか、と残念に思う。吉村大阪市長を支援し、壊されないように護る必要があるので、私は私にできること(非力であるが)をする。

 

ブログのティールーム

 

 本日はイタリアの作曲家、トスティの歌曲「もはや君を愛さず」

テノーレは戦前の大歌手、アウレリアーノ・ペルティレである。今の歌い手にはない激しい情熱をぶつけるようにして歌う。(1928年の録音)

 

Aureliano Pertile "Non t`amo più" Tosti

 

 

 

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