今回の企画はヴァンクーヴァー在住で九州・沖縄作曲家協会の会員であるY氏の発案でもある。
Y氏は日本生まれの日本育ちで日本語ができるのは当然として、宿泊先は兵庫県出身の日系人が経営する民宿のようなところ。経営者のご主人は典型的な日本人、そこに滞在する人も半分以上日本人だった。
Vicoとの話し合いにはヴァンクーヴァー在住の作曲家、リタ上田さんが常にいてくれたが、リタさんも不自由なく日本語を話される。
そして、ミニコンサートの演奏会場になったのが日系聖公会の教会で、会員の半数以上が日系人、牧師のイム・テビンさんもコリアンだが関西なまりが混じる日本語でしっかり対応され、教会内の掲示物や書籍も日本語が半分以上。
Vicoのゲネプロと本番の間に、軽いミーティングを持ったのだが、Vicoの音楽監督が案内してくれたところが、中華料理店かと思いきや、家系(いえけい)という横浜のラーメン屋だった。
店員がまた日本人、最初は英語だったけど、ほどなく日本語に切り替わると、もう本当に日本のどこにでもいるアルバイト店員さんにしか見えなくなってくる。
しかも壁一面、日本語しか書いてない。
私は、どこに何しに来ているのか忘れそうになって大変だった。
Y氏は日本生まれの日本育ちで日本語ができるのは当然として、宿泊先は兵庫県出身の日系人が経営する民宿のようなところ。経営者のご主人は典型的な日本人、そこに滞在する人も半分以上日本人だった。
Vicoとの話し合いにはヴァンクーヴァー在住の作曲家、リタ上田さんが常にいてくれたが、リタさんも不自由なく日本語を話される。
そして、ミニコンサートの演奏会場になったのが日系聖公会の教会で、会員の半数以上が日系人、牧師のイム・テビンさんもコリアンだが関西なまりが混じる日本語でしっかり対応され、教会内の掲示物や書籍も日本語が半分以上。
Vicoのゲネプロと本番の間に、軽いミーティングを持ったのだが、Vicoの音楽監督が案内してくれたところが、中華料理店かと思いきや、家系(いえけい)という横浜のラーメン屋だった。
店員がまた日本人、最初は英語だったけど、ほどなく日本語に切り替わると、もう本当に日本のどこにでもいるアルバイト店員さんにしか見えなくなってくる。
しかも壁一面、日本語しか書いてない。
私は、どこに何しに来ているのか忘れそうになって大変だった。
逆に、ひょっとしたらヴァンクーヴァーはそういう面白さしかないのかもしれません。
と、知ったようなことを口走りましたが、まだまだ未知の世界です。