★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

バングラデシュ難民救済コンサート

2025年01月10日 07時30分20秒 | ビートルズ
 バングラデシュ独立戦争の真っ最中、1971年8月にマディソン・スクエア・ガーデンで開催された、バングラデシュ難民救済コンサート。
 そのコンサートには、ジョージ・ハリスンの呼びかけに、フォークの神様ボブ・ディラン、ギターの神様エリック・クラプトン、盟友リンゴ・スターなど大物アーチストが集結した。
 当然、ビートルズ・ファンはもちろん、ディランやクラプトンのファンも集客できたことだろう。

 サイレント・ビートルと半ば揶揄されていたジョージが、その人望の厚さを世に知らしめたコンサートだ。
 これがポールやジョンの呼びかけだったら、果たしてディランやクラプトンは応じただろうか。
 
 ビートルズ解散の翌年で、当然、ジョージはポールやジョンにも声をかけたようだ。
 ジョージにしてみれば、チャリティもさることながら、これを機にビートルズ再結成にわずかな望みを託したようだ。

 リンゴの快諾は得られたものの、ポールとジョンは最後まで悩んだ末に出演を見送ったらしい。
 解散をめぐる法廷闘争の最中でもあり、ジョンはプラスティック・オノ・バンド、ポールはウイングスを、軌道に乗せるのに忙しかったのかもしれない。

 翌72年に発売された化粧箱入り3枚組アルバムを、当時高校2年だった私は、貯金をはたいて買ったものだ。
 しょっぱなのラヴィ・シャンカールによる『バングラ・チューン』には面食らった。
 延々と続くインド音楽の演奏は、マリファナをキメるか、瞑想でもしながらでないと、聴けないような難解さというか、退屈さだった。

 3枚目のA面(E面?)は全面ボブ・ディランの楽曲だ。
 格の違いというか、ジョージのディランに対するリスペクトの表れだろう。
 その選曲もツボを押さえた、なかなかのものだった。
 そこから私はボブ・ディランも聴くようになった。
 
 ビートルズ時代の3曲『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウイーブス』、『ヒア・カムズ・ザ・サン』、『サムシング』は、言わずと知れたジョージの曲だ。
 当時の私は、その3曲のためにアルバムを買ったようなものだ。
 しかし、メンバー構成の違いや、ライブ音源ということもあり、ビートルズ時代とは全く異なるサウンドだった。

 何はともあれ、その後のロック・ミュージシャンによる、チャリティ・コンサートの先駆けとなったコンサートのライブ・アルバムで、ビートルズのラストアルバム『レット・イット・ビー』とともに、ある意味、いろんなエピソード含みの歴史的な名盤と言えよう。


ビートルズのジョージ、ストーンズのキース。どちらもヘタウマギタリストだ。キースに至っては、歳をとってその素人顔負けのヘタさに、磨きがかかってきた気もする。でも、そのサウンドには、他のギタリストには出せない独特な味わいがあるんだよね。 そんな味わいの小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから、またはプロフィールのQRコードから買えます。
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