はいはい、後追い、つかまり立ち、人見知り、初めての言葉、バイバイ、拍手にあんよ。
アルバムをめくりながら、駆け足で乳児期を回想したけれど、
一人立ち、一人歩き、一人遊び、自分でできることが たくさん 増えて・・・
昨日までできなかったことが、今日できる。
子供って、無限に広がる可能性だね。
明日は何しようかな、今度どこへ行こうかな。
赤ちゃんといっしょに予定も夢もひろがって、
子供って、未来に向かう希望だね。
ひと匙のおかゆを食べせるのがこんな大変なことだなんて・・・
咳をしただけでこれほど母の胸が苦しくなるなんて・・・
大人の視線で子の誕生から成長を見ながら、時に娘(子)視点で、
お父さん、お母さん、ありがとうだなんて・・・
子供を持つと、感謝に謙虚になれるんだね。
遅ればせながらも、自身の成長が嬉しい。
こんな夢とか希望とかいう言葉を恥ずかし気もなく堂々と綴れるようになって・・・
子供の素直さを分けてもらえたかなと。
人を信頼できるようになるには、まず、自身がむき出しの我をとことん通す経験を
しなければならないものかと。子供に忍耐を培われ。
人によって気づきの経験は様々で、
私にとっては たまたま 子育て だったのかなと。
一日生きることは 一歩進むことでありたい
湯川秀樹の言葉を見て、私自身、もっともっと 大きくなろうと。
Kは将来、何になるのか・・・もっともっと 生きようと。
あ、起きた。息子の寝顔を見ながらふくらむ親心はここまで。
主人は子育てにはまるこんな私を シャア専用ザク と呼ぶ。
ハイハイができるようになって写真に躍動感が出てきたこの頃。
遠くでカメラを構えてもありゃありゃ接写モードに・・・じっとしていられないお年頃。
初節句を前に、初めての写真館に行く。
同期のママ友の「今しか撮れない写真を撮っておいた方がいいよ。
裸の写真なんて撮らせてくれるのは小さいうちだけ、大きくなったら嫌がるから」
の忠告通り、衣装は「金太郎」と「相撲取り」の2着にした。
所詮、よだれかけと腰みの、衣装チェンジは早かった。
撮影開始。
まあ、笑わない・・・
この際、笑顔でなくともせめてじっとしてもらおうとパパママ含め4人の大人たちが
汗だくになって息子をあやす。
写らない苦労、見えぬけれども あるんだよ・・・
結局、満面笑顔の写真が撮れぬまま終了した記念撮影。
これは・・・
衣装のまわしが動いてとれて、ちっちが出たよサイン色のおむつが見えてる状態。
裸の写真撮りたいと思ったけど、これ、マジ裸やし、衣装(代)いらんやん。
一番気に入った写真は、顔のど・アップ。
背景色無地なだけで、これ、いつものKやん。撮影(代)いらんやん。
そんな夫婦絶句の中、
「撮った中からお好きな写真を選択して下さい」と言われても、
どれも可愛いあなたの写真(はい、おバカです) どれも欲しいやぁん。
あれもこれも、これは大きいサイズでと予算オーバー注文に帰りの車内で主人と喧嘩になるも、
親心を感じた日となりました。 おしまい。
首座り、おすわりと順調な発達曲線を描いていたが、
息子の場合、おすわりからハイハイまでが長かった。
立てば這え、這えば歩けの親心。
早く早くと焦っていたわけではなく、その頃、アトピーの痒みもひどくなってきたので、
ハイハイをすれば気が紛れるという言葉にすがっていた。
痒みを忘れるためのハイハイ祈願だったのだが、おすわりの次は、なんと正座だった。
小さい体でかしこまって正座する様はさらにちいさく、
畳半畳あれば、事足りた。不動の畳半畳育児。
児童館に行けば、「わぁ、正座してるぅ~」と小さい点ながらも目立ち、
先輩ママさんの方から話しかけてくださることも多かった。
小坊主みたいでしょ。苦労人で。とか、その日によって私も返答を変えていたが、
なかなかハイハイしなくてねぇ~と話すと、
「うちもハイハイしなかったわよ」
「うちは座ったまま飛ぶように進んで、ハイハイなしで、歩けるようになったわよ」
とみなさん励ましてくれた。
成長の仕方は様々な子供たちが、一斉に児童館を走り回っている姿を見ると、
過程は違うがゴールは一緒。3歳になる頃にはみぃんな一緒。
小さな生き証人たちに、おおらかな気持ちになれた。
横から見るのではなく、上から見ると、小さな問題になるから不思議。
ある日突然できるようになるなんて言うけれど、
他の子のハイハイを目で追っていたり、手を前に出すのを怖がっていたり、
思うようにできないはがゆさに泣いたあなたを ママは知ってる。頑張ってるんだね。
早く大人にならなくていい。赤ちゃん期を思う存分楽しんでねという思想に変わった頃、
ハイハイ、した!!
最初は1、2歩ぽつぽつと生まれたての子ハイハイも、あっという間に高速ハイハイ。
キャー、そこ、危ない。キャー、それ、触らないで。
あぁ、懐かしき畳半畳育児。カムバック、寝たきり育児・・・去って後知る幸せの時。
息子の場合、おすわりからハイハイまでが長かった。
立てば這え、這えば歩けの親心。
早く早くと焦っていたわけではなく、その頃、アトピーの痒みもひどくなってきたので、
ハイハイをすれば気が紛れるという言葉にすがっていた。
痒みを忘れるためのハイハイ祈願だったのだが、おすわりの次は、なんと正座だった。
小さい体でかしこまって正座する様はさらにちいさく、
畳半畳あれば、事足りた。不動の畳半畳育児。
児童館に行けば、「わぁ、正座してるぅ~」と小さい点ながらも目立ち、
先輩ママさんの方から話しかけてくださることも多かった。
小坊主みたいでしょ。苦労人で。とか、その日によって私も返答を変えていたが、
なかなかハイハイしなくてねぇ~と話すと、
「うちもハイハイしなかったわよ」
「うちは座ったまま飛ぶように進んで、ハイハイなしで、歩けるようになったわよ」
とみなさん励ましてくれた。
成長の仕方は様々な子供たちが、一斉に児童館を走り回っている姿を見ると、
過程は違うがゴールは一緒。3歳になる頃にはみぃんな一緒。
小さな生き証人たちに、おおらかな気持ちになれた。
横から見るのではなく、上から見ると、小さな問題になるから不思議。
ある日突然できるようになるなんて言うけれど、
他の子のハイハイを目で追っていたり、手を前に出すのを怖がっていたり、
思うようにできないはがゆさに泣いたあなたを ママは知ってる。頑張ってるんだね。
早く大人にならなくていい。赤ちゃん期を思う存分楽しんでねという思想に変わった頃、
ハイハイ、した!!
最初は1、2歩ぽつぽつと生まれたての子ハイハイも、あっという間に高速ハイハイ。
キャー、そこ、危ない。キャー、それ、触らないで。
あぁ、懐かしき畳半畳育児。カムバック、寝たきり育児・・・去って後知る幸せの時。
昼夜問わずの授乳地獄に陥っていた頃、
いつ見てもおっぱいを出している。そんな状況でした。
仕事から帰ってきた主人に「・・・部族みたい」といわれ、
自分でも時々「まさか私が はじめ人間ギャートルズのかあちゃん状態になるなんて」
とか
「なんかフォロー・ミーって感じ(世界史の教科書に載っていたジャンヌ・ダルク図)」
という自覚症状はありましたが、ショックでした。
4ヶ月の頃、新生児訪問を受けました。
色々と助産師さんに相談しながら話は上記に移り、その助産師さんが、
優しく微笑みながら「私は主人に 早く人間に戻ってくれと言われました」と。
こんな綺麗な方に、そんな時代が?! 2人で笑いあって、ふっきれた。
どうぶつだもの。
一時だけ、一時だけ・・・? 色気を忘れ、この獣道をつきすすませてください。
ご主人様。どうか この妻の原始返り、大目にみてはくださいませんでしょうか?
いつ見てもおっぱいを出している。そんな状況でした。
仕事から帰ってきた主人に「・・・部族みたい」といわれ、
自分でも時々「まさか私が はじめ人間ギャートルズのかあちゃん状態になるなんて」
とか
「なんかフォロー・ミーって感じ(世界史の教科書に載っていたジャンヌ・ダルク図)」
という自覚症状はありましたが、ショックでした。
4ヶ月の頃、新生児訪問を受けました。
色々と助産師さんに相談しながら話は上記に移り、その助産師さんが、
優しく微笑みながら「私は主人に 早く人間に戻ってくれと言われました」と。
こんな綺麗な方に、そんな時代が?! 2人で笑いあって、ふっきれた。
どうぶつだもの。
一時だけ、一時だけ・・・? 色気を忘れ、この獣道をつきすすませてください。
ご主人様。どうか この妻の原始返り、大目にみてはくださいませんでしょうか?
今、生後1年間を振り返って話を綴っているのだが、
あの頃はどんな感じだったのか? 記憶を呼び起こすためにアルバムをめくる。
生後5ヶ月ころになると、表情が出てくる。
際限なく飲んだミルクのおかげで体はぷにゅぷにゅのむちむちになり、
あやせば笑うという実に赤ちゃんらしい「これぞ、赤ちゃん」になる。
この笑顔を写真に残したい! カメラを握ると、
笑いが消える。
カメラ目線は目線なのだが、
それは初めてカメラを見たかのようにカメラを凝視するためで、
お口はぽかん、目は怪訝。
どうしていつもカメラを初めて見る幕末の村人のような顔になるのか・・・
カシャッ。
散切り頭をたたいてみれば、文明開化の音がする。
無欲だなと思う。
可愛く写ろうという欲がない。
どちらかといえば息子はニコニコ赤ちゃんというよりは、むすっと赤ちゃんタイプ。
笑っている顔が撮れなくて、笑っている時はその希少価値にみとれてしまって。
気がつけば、初めての子なのに生い立ち記録用写真が実に少ない。
大きくなって俺の写真なんでこんな少ないねん。
俺って愛されてないとか思うかなぁ・・・
みとれてただけって、片時も目が離せなかっただけって、わかってもらえますように。
あの頃はどんな感じだったのか? 記憶を呼び起こすためにアルバムをめくる。
生後5ヶ月ころになると、表情が出てくる。
際限なく飲んだミルクのおかげで体はぷにゅぷにゅのむちむちになり、
あやせば笑うという実に赤ちゃんらしい「これぞ、赤ちゃん」になる。
この笑顔を写真に残したい! カメラを握ると、
笑いが消える。
カメラ目線は目線なのだが、
それは初めてカメラを見たかのようにカメラを凝視するためで、
お口はぽかん、目は怪訝。
どうしていつもカメラを初めて見る幕末の村人のような顔になるのか・・・
カシャッ。
散切り頭をたたいてみれば、文明開化の音がする。
無欲だなと思う。
可愛く写ろうという欲がない。
どちらかといえば息子はニコニコ赤ちゃんというよりは、むすっと赤ちゃんタイプ。
笑っている顔が撮れなくて、笑っている時はその希少価値にみとれてしまって。
気がつけば、初めての子なのに生い立ち記録用写真が実に少ない。
大きくなって俺の写真なんでこんな少ないねん。
俺って愛されてないとか思うかなぁ・・・
みとれてただけって、片時も目が離せなかっただけって、わかってもらえますように。
忘れられない光景がある。
まだお腹が大きかった頃のこと。
東京出張の折、私は帰りの新幹線のチケットを買うため窓口に並んでいた。
少し前に3、4歳くらいの男の子とパパがいた。
男の子は退屈しのぎにそばにある誘導ポールで遊んでいた。
突然、何の前触れもなくポールが浮き上がる。
鉄のポールだったので元に戻る時、ひどく大きな音がしたが、
男の子がとっさに手を離したので、倒れることなく少し浮いただけだった。
ポールが倒れなくてよかった。
そう思って向きなおそうとした瞬間、男の子の父親が子供の頬を打った。
その瞬間の出来事に私は驚き、
子供の泣き声をきくに耐えず、目をそむけた。
男の子は何が起こったのか事態がつかめず、びっくりしていた。
悪意があって、大きな音を響かせたわけではないだろう。
もちろんポールは遊び道具ではないから、彼のしたことはいけないことかもしれない。
でも・・・。
遊び続けている間じゅう注意せず、
びっくり固まっている彼に、ポールが倒れなくてよかったと身を案ずるわけでもなく、
言葉なく、たたいた。
たたかれ泣く子へも、言葉なく。
いたたまれなかった。
先日、お風呂に入ろうと息子のおむつを脱がせた。
脱いだ後におしっこが出て、ちっちの水溜りができた。
あっと思ったが、息子もあっと身を固くしている。
とっさに私はかっとならず、大丈夫だよと声をかけることができた。
お茶をこぼした時も、食べ物を落とした時も。
私は怒らず済んだ。
息子が驚いていたからだ。わざとしたわけではないから。
今となっては男の子の顔も着ていた服も映像としては思い出せず、
光景といっていいのかどうかわからないが、
驚いているかどうかをとっさの判断に一呼吸おけるのは、
あの光景のおかげだと思っている。
まだお腹が大きかった頃のこと。
東京出張の折、私は帰りの新幹線のチケットを買うため窓口に並んでいた。
少し前に3、4歳くらいの男の子とパパがいた。
男の子は退屈しのぎにそばにある誘導ポールで遊んでいた。
突然、何の前触れもなくポールが浮き上がる。
鉄のポールだったので元に戻る時、ひどく大きな音がしたが、
男の子がとっさに手を離したので、倒れることなく少し浮いただけだった。
ポールが倒れなくてよかった。
そう思って向きなおそうとした瞬間、男の子の父親が子供の頬を打った。
その瞬間の出来事に私は驚き、
子供の泣き声をきくに耐えず、目をそむけた。
男の子は何が起こったのか事態がつかめず、びっくりしていた。
悪意があって、大きな音を響かせたわけではないだろう。
もちろんポールは遊び道具ではないから、彼のしたことはいけないことかもしれない。
でも・・・。
遊び続けている間じゅう注意せず、
びっくり固まっている彼に、ポールが倒れなくてよかったと身を案ずるわけでもなく、
言葉なく、たたいた。
たたかれ泣く子へも、言葉なく。
いたたまれなかった。
先日、お風呂に入ろうと息子のおむつを脱がせた。
脱いだ後におしっこが出て、ちっちの水溜りができた。
あっと思ったが、息子もあっと身を固くしている。
とっさに私はかっとならず、大丈夫だよと声をかけることができた。
お茶をこぼした時も、食べ物を落とした時も。
私は怒らず済んだ。
息子が驚いていたからだ。わざとしたわけではないから。
今となっては男の子の顔も着ていた服も映像としては思い出せず、
光景といっていいのかどうかわからないが、
驚いているかどうかをとっさの判断に一呼吸おけるのは、
あの光景のおかげだと思っている。